ポンコツ系幽霊と二郎系巫女①
少年を背負った女子大生幽霊こと〈俺〉は、舗装の傷み激しい農道を軽やかに歩いていた。
首からかけた少年の学生鞄が、一歩ごとに揺れて俺の腹を打ち、ボンボンと間抜けな音を荒れた田畑に響かせる。
痛みはないが、胸の起伏が無駄に大きいせいで揺れ幅が増していると思うと、少年に対するアドバンテージと考えていたそれも案外邪魔に感じるものだ。
月宮凛二郎と名乗ったその学生服の少年は、石のかたまりを全力で蹴飛ばしたことにより足首をひどく痛めた様子だったので、晴れて自由の身となった俺は、長らく囚われていた結界の外の農道を解放感にまかせて高らかに笑いながら一〇本ほど全力ダッシュしたのち、歩行困難な彼を背に負うことを申し出た。
どこかへ急ぐ彼を呼び止め、俺の望みを叶えてもらった結果で生じた怪我でもあるし、そのくらいの恩を返すことはやぶさかではない。
それに農道ダッシュ中に判明したのだが、道の一端の用水路のこちら側の岸にはまた別の結界が施されており、俺の村外への脱出を阻んでいたので、気付かず突っ込んだ俺は発光しながら激しく伸び縮みして転げまわるハメになった。
脱出の最大目的であった、故障したタブレットの修理を達成するのはこのさびれた村の中では不可能だろうこと請け合いだ。
ほかのやることリスト上位陣もタブレットが健在であることを前提としていたので、当面リストのほとんどは白紙に戻ってしまったのだ。
リストの下の方にある〈義妹を探す〉という項には、ヤツが村内にいる可能性もあるので一応望みが残ってはいたが、土地勘もなければどこを探すかアテがあるわけでもない。
ほかには「実店舗で買い物をする」というのもあるが、果たして商店が存在するのか不明であるし、これといって必要でもない買い物がしたいがために、心身ともに傷ついた少年を放置してサヨナラするほど不人情な俺でもない。
人情、というと将来的に怨霊になるつもりの俺に似つかわしくない感があるが、俺はいまだその存在理由となる“怨み”というものを獲得できていなかったので、無所属ノンポリの単なる木っ端死霊としては、多少慈しみの心を発揮しても罰は当たるまい。
「しかし素晴らしいローリングソバットだった。全盛期のタイガーマスクもかくや、というしなやかさだったぞ、凜二郎君」
「リンでいいですよ。この辺の男は名前に二郎が付くんで、だいたい省略されるんです」
変わった風習だ、と思った。田舎っぽくて大変よろしい、とも。
少年ことリンは、俺をもっと警戒したり忌避して当然と思われたのだが、立て続けに特殊な体験をしすぎて感覚が麻痺したのか、それとも賢者タイム的にすべてを受け入れる大らかな心持ちだったのか、ともかくそれこそ拍子抜けするくらい短時間でこちらに気を許したようだった。
おんぶする、しないで一悶着あったのだが、彼はたとえ幽霊であろうと女性に物理的に力を貸されることを遠慮しているようだったので、真の一人称が〈俺〉であり、素人女子大生は世を忍ぶ仮の姿だと早々に告白した。
その看板の偽りの開示は、当初考えていた「お姉さんが少年を篭絡して嬉し恥ずかしあれやこれやと協力してもらう」という計画が跡形もなく砕け散ったので、プランBも考えてなかったしもうどうなってもいいかと思っての半ば投げやりな判断だったのだが、これもまったく意外な作用を発揮し、かえって彼との距離を縮めたかもしれなかった。
というか急になれなれしくなってちょっと引いた。
こんなに劇的に態度が変わるものかと不安になり、もしかして俺っ娘幽霊とかいう素敵な属性だなんて勘違いしているのではと、過去に義兄と呼ばれていたためおそらく生前は男だったこともいっぺんに告げてしまった。
俺が好みのお姉さんだから協力的なのかと一抹の不安もあったが、いざすべてを打ち明けると、彼はあっけらかんと「大丈夫、僕はTS物もいけますから」と言い放った。
この場合、いけてくれてよかったんだろうか。反応に困る。
そして驚いたことに、彼の方から俺の義妹探しなど、やることリストの達成に協力するとまで言い出したのである。
協力者のアテのない俺にとっては願ってもない展開なので突っ込みこそしないが、ゆくゆくはこの地を滅ぼさんとしている初対面の怨霊予備軍に対し、まるで旧知であるかのようにこの地域特有であろうしきたりの話を朗々と語る彼は、いったい如何様なメンタリティなのだろうかと、いっそ幽霊や妖怪よりある意味怖かった。
そう、地域特有の名付けの話だ。
聞けば、由縁は不明だが昔からこの集落で生まれた男児は名前に〈二郎〉もしくは〈次郎〉を付ける習わしだという。
もっともその習わしは、東の川と西の用水路に挟まれたごく限られた地域でのみ適用されるそうで、用水路のはるか向こうに見える新興住宅地においては、そんな古めかしい決め事と無縁だとか。
なるほどその住宅地には、真新しい大きな商業施設がいくつか建っているのが見え、“風習”というホコリっぽい響きは似つかわしくないと感じられた。
「つまり僕らは選ばれし〈二郎系男子〉というわけですよ」
ずいぶんと不健康そうなレッテルだ。
「イチローとかサブローはいないのかい? 一人も?」
「サブローはどうだかわかりませんけど、イチローはたしか付けちゃいけないんじゃなかったかな。なんか……宗教的なアレで」
「アレねえ」
名付けという人間社会において当り前の、当たり前すぎてどんな生物・非生物に対して行われようが違和感すら覚えない行いが、限られた狭い地域で、宗教的ななにがしかで縛られているというのは、理由がポジティブだろうがネガティブだろうが言いようもないひっかかりを感じてしまう。
こと日本においては、あえて宗教的と称する場合にはネガティブなイメージを伴うものではなかろうか。
それはいかにも──
「なんというか、話だけ聞くと因習村ってかんじだけど」




