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性癖破壊幽霊と少年⑥

「それたぶん私だわ少年」


「は?」



 シンプルな反応の中に、「お前ふざけてるのかなに考えてるんだバカなのか」という軽蔑を検知した。


 ここへきて彼の方がまともであるというポーズをとられるのはまったくもって不服だった。


 だからあえてもう一度言ってやる。



「私が、その悪霊だよ」


「なにトンチキ言ってんですか! あなたみたいな悪霊がいますか! 僕に天国を見せておいて!」



 どこから来るんだその自信は。さっきから天国ってなんだ、お前が勝手に見たんだろう。


 俺の太ももが透けた理由はこいつの中ではどう処理されているのだろう。


 しかし祟りを起こせる悪霊と呼ばれて、俺にも俄然自信が湧いてきた。


 悪霊たる所以に全く身に覚えはないのだが、まだふよふよ漂うオーブだった頃の一番古い記憶にしても、この陰気臭い木立のものだった。


 俺が記憶しているのはせいぜい一〇年間やそこらだが、あの下積み人魂オーブ時代の記憶からその後自我を確立して年月を数え始まるまでの間に、何年、何十年経過していたとて不思議ではない。


 生前の記憶がないとはいえ、例えば俺が実はこの地で凄惨な最期を遂げた男だったとすれば。


 悪霊となることを恐れられて慰霊碑が建ち、村民が寄りつかなくなったのだとすれば、一応合点がいく。



 なんだ、思ったよりいけそうじゃないか。



 あの日から顔も見せない義妹が、まだ俺のもとに足しげく通って教育を施してくれていた頃の口癖を思い出す。



 ──立派な怨霊になってください、お義兄(にい)様。




「落ち着きなよ。少し手伝ってくれれば祟りはしない」



 そもそも祟り方を知らないので単なるハッタリなのだが、祟ることができると信じられているこの状況はなんだか気分を高揚させた。



「出ようにも出られないんだ。二つ石塔が立っているだろう? それによって私はここに封じられているんだ」



 俺は石碑を中心に一対建っている、ささやかな石の祠を指し示した。



「なに言って……」



 端まで進み出て、手を道路の空中へ差し出すと、指先が白く光って空気中に少しずつ溶け出すかのように粒子が瞬いた。


 お馴染みの苦痛が襲ってくるが、不思議と俺の顔が歪むことはなかった。



「……マジ?」



 それは彼が初めて見せる表情だった。


 驚きでも焦りでも怒りでもなく、かといって恐怖と呼ぶにはなにかが足りない。


 なんて言うんだっけこういうの。


 ──ああ、“畏怖”か。


 超常的な存在に対して恐れおののく人間の念。


 そう理解した途端、不思議と身体の奥から全身へと力が漲っていく。


 これが霊としての持ち前の特性なのか、ようやく優位に立つことができた安堵からなのかは判然としなかったが、目の前の人間が自分に恐れをなしているという状況に身体の端々がピリリと甘く痺れるようで、いずれにせよ不快ではなかった。



「忘れ物だよ」



 彼の上着と鞄は、いまだ木立の中、スチールモデルのように斜め四五度のポーズで立つ俺の足元にあった。


 

「なんだか大切そうな工具がたくさん入っていたねえ。それに──」


 察するに自転車用品であろう、車輪マークとCO2の文字が刻まれた小型ボンベをつまんで掲げて見せた。


「君がナントカカントカ言って自主的に気絶するのに使用するツールは、ここにすべて収まっているんだろう? こうなったときにまたやられると困るから、寝てる間に全身を改めさせてもらった」


「な、なにが目的なんですか。……くそ、悪霊と交渉なんてバカげてる」



 その言い様ではまるで俺がテロリストのようではないか。


 義妹の言うように、俺が将来的に怨霊として村を滅ぼすことになるのならほぼ同義ではあるが。


 不意に自然と、頬が緩んだ。


 彼が荷物を放って踵を返してしまえば、恐れていたように作戦は失敗だ。


 彼はもう俺に近づかないだろうし、もしかすると神職を引き連れてお祓いに来るかもしれない。


 相手に分がある危機的状況だというのに、慌てる気持ちは一切なかった。


 いま俺は、思い描いてきた妖艶なお姉さん像を完璧に体現できているという確信があった。



「太ももに埋めるやつ、あれ、またやってあげるから」



 目を細めてあだっぽい表情を作って見せる。



「くっ……! 舐めないで下さいよ。一度味わった感触は脳内で再現可能なんだ。今日家に帰ったらもうすぐさま反芻しますよ僕ァ!」



 せめてもの当てつけとばかりにそう吐き捨てる彼。

 

 堂々とオカズにする宣言をするな。



「勘弁してください。こんな……こんな、子供が近づこうもんなら親にバチクソ怒られるマジヤバスポットで物壊すほど僕も不信心じゃないんですよ」


「誰も見ていないし、危害は加えないよ。約束する。それに、悪霊に脅されて不信心もないだろう。というか、君は最初に私と会った時には、そんなマジヤバスポットの作法を教えてくれなかったね。信心以前に薄情じゃないか?」


「う……だって、もしかしたらやばい人かもと思ったから……前にも警察沙汰があったし……」


「ひどいなー傷ついたなー。あんなにイイ思いをしておいて……」


「だ、だ、だいたいそんな、性癖破壊お姉さん姿の悪霊の封印が解かれて、町に呪いを振り撒き始めつつ美少女の妖怪とかいっぱい出てくるホラー風味のラブコメの導入みたいなことに加担する気はありません!」


「……」



 この短時間の交流で彼についてわかったことは、良識があり理性もあるが、多少妄想癖があり、思ったことを整理もせず口にしすぎるきらいがあるということだ。


 そして性癖という単語を性的嗜好だけを表す言葉だと思い込んでいる。


 ……あいにく美少女妖怪の知り合いはいない。


 強いて言えば先輩幽霊である義妹は、俺から見てもそこそこ器量がいい。


 いや、それは控えめな表現だ。正直世界一可愛い生き物、もとい死霊だと思っている。


 いまどこでなにをしているのかもわからないが、ラブコメ展開に巻き込んでたまるか。そんなにお安くないぞ。



「つれないなぁ少年……それなら、こんなのはどうかな?」


 言って俺は、両手を見せびらかすように肘から先を半透明に明滅させる。



「な、なんだってんですか?」


「見ての通り私が透明にできるのは脚だけじゃあないんだ。太もものあれ、手を使ってやったら愉しいと思わないかい?」


「くわーーーーッ!!」



 アヒルの断末魔のような叫び声をあげて、彼は頭を抱えてのけぞった。


 その倒錯的な快楽を想像するがいい。すでに仕掛けは完了していたのだ。


 まったくもって偶然の産物だが。


 しかし冷静ぶっていた人間が取り乱している様というのは、こんなにも快く見ていられるものなのか。


 道徳には反しているのだろうが、あるいは道徳など問題にしようもない怨霊としての資質なのかもしれなかった。


 もしくはそういった“性癖”が俺の中で目覚めた、とでもいうのだろうか。



「さらにだねぇ」


「あ……あ……!」



 少年が悶える様を嘲笑いながら俺は続ける。


 身体のあちこちをビカビカと明滅させて殺しにかかる。


 見てな、お義兄ちゃんは怨霊らしく、いま男子を殺すぞ。性的に。



「全身でできるのだよ!」



「汚い大人がよォーーーー!!」



 かくして我々の性癖とともに石塔は破壊され、もう二度と元には戻らなかった。



【やりたいことリスト】

 ✓外へ出る

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