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濡れ衣の怨霊と霊能者おじさん②

 そもそもまったく、事実無根の濡れ衣だ。


 封印を脱しはしたが、怨霊になる足がかりすらつかめていないし、いまのところこの町の不幸を望んでもいないし、こいつの義兄とやらに会った記憶はおろか、倒した記憶ももちろんない。


 こいつの言うことが勘違いでないとすれば、この近所にそんな恐ろしい怨霊がいるということになる。


 探してみようかな?


 唯一の既知の幽霊は行方不明の義妹なので第一容疑者となるが、どっちにしろ探しているのだし、赤ちゃん並みの初心者幽霊にとっては、先輩幽霊の知見はあって困るものではない。


 会うことができたら、「あなたはどのようにして怨霊になることができたのですか?」と質問して……待てよ、その人が怨霊になりたくてなったわけではない場合──なりたくてなった人がいるのか知らないが──ブチギレて心霊バトルに発展してしまうかもしれない。


 ガチの怨霊相手に俺の透明化スキルと浮遊スキルで対抗できるとは思えないし、それ以前に会話が成り立つかも不明だから、この案はナシだな……。


 ──そうだ、スキルといえば、試したいことが一つあったのだった。



 俺は、「臨! 兵! 闘! 者!」と大声で印を切り始めた源舟の隙だらけの頭を、透明な両手で包み込むように挟んだ。



「ぬわーッ! なん……!? だッッお嬢さん下がって! 悪霊の攻撃を受けているッ!」



 そして手のひらの真ん中で小さな稲妻を発生させるイメージで……こう!



「あっ」


「ホアアァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!????」



 源舟の全身が激しく振動した。


 まったくそんなつもりはなかったのだが、角度的に彼の両耳の穴から頭の中心を貫くような形になってしまった。


 大丈夫だろうか? えーと……まさか死んだりしないよな?


 おそらく苦痛を感じているのだと思うが、これは断じて攻撃ではない。


 ただ、手から出るなにかを人に触れさせたらどうなるか知りたかっただけなのだ。


 こんな風になるなんて想像もできなかった。したがって俺は悪くない。裁判ではそう弁護してもらおう。



「え……?」



 人権がないと裁判を受けられないのでは、そもそも罪に問われないのではと考えを巡らせていたそのとき、俺の視界が彼の痙攣に合わせるかのように明滅し、まもなく身に覚えのない風景が脳内に流れ込んできた。



「なになになに?」



 ここではないどこかの、いまではないいつかの、俺ではない誰かの──視界?


 いや、わずかな熱や触感、感情のようなものも感じ取れる。


 これは、記憶なのか? いままさに頭の中になにかを突っ込まれ激しく痙攣している中年男性の?


 孤独と虚無と怒りと後悔が色濃く感じられ、視界はいくつかの修羅場を映して目まぐるしく移り変わっていく。


 これが源舟の記憶なのだとすれば、彼の語っていた自分史が誇張ではなく、むしろより並大抵ではない人生を歩んできたことがうかがえた。


 母親らしき慈愛の象徴のような存在との離別と、なにか背中が総毛立つような恐怖体験、そして決死の覚悟を燃やして歩んだ修行の日々の印象の奔流を見た俺は、彼の感情に同調し少なからず感動を覚えていた。



「ははあ……」



 人間の世の中には辛いことがそれなりにあると聞いてはいたが、それにしたって想像していたよりポジティブな感覚が少ないのだ。


 それが人の世においてままあることなのかは俺にはわからない。しかし率直に言って同情に値した。


 こんなに頑張ってきたのに……充実感はどこを探しても感じられない。報われたり、褒められたことはほとんどないようだ。


 ……なーんか悪いことしちゃったなあ。


 これでもし死なせてしまったら俺は正真正銘の悪鬼羅刹だよ。


 不意打ちで、それも思いつきで実験台にした負い目を感じた俺は、解放する前にせめて、彼の強く求めているらしい母性的な労いを施してやることにした。


 髪を過剰な量の整髪料で固めた頭部を腕全体で柔らかく抱き込む。



「よしよし、大変だったね」


「あ……温かい……バカな……!? これは……! ぱら、のすたる……?! まさか、あなたなのですか……!? そんなはずは……!」



 錯乱して意味不明なことを口走っている男の頭から、ゆっくりと手を引きはがす。



「ママァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」



 中年男性が白昼の空に雄叫びを轟かせ、滂沱の涙を流しながらゆっくりと崩れ落ちた。



「誰がママだ」



 こちとら自称女子大生だぞ。


 俺はどうやらまだ源舟の息があるのを見て安心しつつ、手に付着した彼の体液を人斬りの侍が刀の血をそうするかの如くピッと振り払った。



 ◇



 そう、手からなんか出た。


 少年や巫女、ロボット少女と出会ったあの日、鼎邸であの女に攻撃されて次に目覚めたときから、手のひらから半透明なビリビリというかニョロニョロが出せるようになっている。


 そしてそれで相手の頭を触ると、その人の記憶の断片が見えるらしい。


 源舟の襟首を片手で持って引きずりながら、俺は安堵のため息をもらす。


 ……少年で試さなくてよかった。


 いくら小学生レベルの道徳教育しか受けていない俺でも、頭の中をのぞくというのは人間関係の距離感とかを関係性もろとも粉砕してしまう恐れがあるというのはわかる。


 だれしも失敗や恥の記憶はあるものだろうし、見てしまったらこっちも気まずい。


 ただでさえあの少年は自らの行いによって暗い青春を過ごしているのだから。


 しかし、“人に歴史あり”というが、他人の人生を知ることにめちゃくちゃ面白味を感じてしまっている俺もいる。


 そこへいくと、危険を承知で怨霊おれを祓いに来た霊能者(霊違いなのだが)というのはカモネギというか夏の虫というか、この上なくおあつらえ向きだった。結果オーライと言えよう。


 源舟の反応を見るに、相手が感じているのは苦痛だけではないらしいのが不幸中の幸いか。


 義妹の結界を強行突破した時に受ける激痛と快感に近いものだとすれば、あれは慣れるとなかなか悪くない。クセになる。


 少年には……秘密にしておいたほうがよさそうだ。


 子供にはまだ早い。そんな気がする。


 顔中から液体をこぼしながら白目をむいて笑顔で失神する男を用水路の脇へ転がしながら、そう思った。

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