ロボットお姉さんと心霊コンサル⑥
人間が暗闇に浮かぶ顔を見て恐怖を感じるとすれば、かつて夜を恐れて暮らしていた時代に外敵から身を守ろうとしていた動物的本能に由来するものと、社会生活の中で見聞きした経験──似たような怪談やトラウマ、未知のものや死への恐怖、よくないものへの忌避感などによるものがあると思う。
では俺がいまの一瞬怖いと感じたのは生来の、つまり生前の感覚なのだろうか。
あるいは幽霊としての本能と呼べるかもしれないそれは、酒に口をつける瞬間の不安など比べるべくもない、巫女に金属バットで身体を吹っ飛ばされたときのような「こいつ、俺を祓ってしまうつもりだ」という強烈な危機感となって俺を襲っていた。
◇
「キミ、もうこんなところまで来てしまうとは……あの子の“なんちゃって放任主義”にも困ったものだね。放任とは本来、当事者か保護者が責任を負える状態においてのみ成立するものだ。彼女のは過保護の反動、拗ねた子供の所業に過ぎない。そう思わないか?」
いつからそこにあったのだろう。
鼎家の門口には闇に溶け込む小山のような黒くて大きい車が停まっており、車と俺との間に女が一人立っていた。
それは人ならざる俺の目から見ても常軌を逸しており、むしろ幽霊か妖怪であってくれたほうが自然なほどに、和装らしき黒装束に目鼻を隠す仮面という人間ならば変質者に違いないであろう出で立ちだった。
「えーっと、わざわざご用意いただいたようですみませんが、私は〈ツアー〉の客ではなくてですね……」
「わかっているよ、忌み地より出でし鼎の血脈。あの木立から来たのだろう?」
せめて因習村体験ツアーの出し物であってほしかったのだが、無情にも否定されてしまった。
まるで気を遣った俺の方が、言うまでもないこと言った間抜け、みたいな空気にされてまったく納得ができない。
少年といい、巫女といい、この町の人間は客をもてなす心をどこに置き忘れてきたんだ?
そんなことでよくツアービジネスをやっていたな。ロボットであるロッテさんが一番丁寧にもてなしてくれたぞ。比較対象がいないので一番もなにもないのがまた嘆かわしい。
ツアーの見せ物でもなく、俺のことを知っている謎の女。何者だろう。ていうかツアーの演出でないのならその服装はなんだ? まさか普段着ではない……よな?
しかし、新キャラか。
……大丈夫だろうかなあ。
事故とはいえ、もちろんのこと俺のせいというわけではなく、すべてが不可抗力のやむを得ない事象の結果、いわば自然現象とはいえ、今日俺が出会った人物は大体がひどい目に遭っているような気がするんだよなあ。
いや、そんなことはどうでもいい。急に話しかけられて危うく聞き流しそうになった文字列を引っ掴むように、アルコールに浸されて微睡んでいた精神を無理やり覚醒させる。
さっきこの不審者は、「あの子の放任・過保護の反動」と語っていた。
“キミ”というのが未だ見ぬ北欧人男性の名前である可能性もゼロではないが、まず間違いなく俺に語りかけているのだろう。
俺に関して放任を行っている人物といえば、あの場所に閉じ込めて長い間放ってくれやがった愛しい愛しいわが義妹だ。
甲斐甲斐しく俺の世話を焼いていた頃と、まったく会いに来なくなった現在。
俺のことだけでなく義妹のことまでも少なからず知っているというのか。
「あの──」
「キミの望みを言いたまえ」
「は? 望み?」
「“こうあってほしい”“こうありたい”という願望だ。キミの行動指針を把握させてほしい。わからないままだとあとで苦労することになるかもしれないからね」
言動も風体もおいそれと受け入れられる要素を持たない女は、こちらへ一歩足を踏み出した。思わず後ずさろうとして背後の障子を鳴動させてしまう。
「ああ、勘違いしないで。私はキミを歓迎しているんだ。今日まで苦労してコンサルティングしてきたこの村の締めくくりに、キミほどふさわしい存在はいない」
「コンサルティング? じゃああなたがこの町のコンサル……?」
「そう。リンから聞いているんだね? あの子のおしゃべりは愉しいけども、言わなくていいことまで余すことなく口走ってしまうのは悪癖だよね。いつか取り返しのつかない大ポカをやらかすんじゃないかと心配だよ」
それは本当にそう思う。すでに傷多き暗めの青春を送ってしまっているようだし。
「少年については完全に同意。だけど聞く限り、あなたのコンサルとしての手腕には大いに疑問が残るね。ビジネス因習村は閑古鳥が鳴いているそうだし、ポテトフェスティバル? とかいう祭りも、この土地と人々のためになっているとは思えない。やることなすこと詰めが甘くて、町はあなたが衰退させたようなものだ。この仕事向いてないんじゃないの?」
少年のだだ漏れトークの中に登場したコンサルタントの存在について思うところがあった俺はこの機を逃すまいと畳みかけた。
この見るからにヤバい女に心身ともに近づいてほしくないというポーズついでに直接文句も言えて一石二鳥だ。超すっきりした。
しかし俺の批判を聞いた女は意外にも、「ふむ」と仮面の下に見えている口元を満足そうに緩ませた。
「キミにはそう見えているんだね。いやいや、ここまで想定通りだと指揮者として冥利に尽きる。いろいろと大変だったんだよ? 町のやつばらは思ったより根性があってね。野球で町おこしをし始めたときは正直驚いたよ。まさかまさか、うまくいってしまいそうだったんでね」
想定通り? うまくいってしまいそうだった?
顧問だとか相談役という立場の人間は、興行だの施策だのを成功させるために乞われて手を貸すものではないのか?
「じゃああなたはなにかい? わざと町おこしを失敗させたってのか?」
彼女は無言で微笑むばかりだが、俺は肯定の意と捉えた。
うーーーーん。尋常ではない。
少なくとも俺のイメージするまともな人間には、容姿、行動、思考のどれもが当てはまらない。
やつばら、などという漫画の中の武士しか使わないような三人称も嫌でも引っかかる。
にこやかに話す女の言葉の端から漏れ出たなにかの感情は無音の稲光のように感じられた。
それは俺が今日初めて味わった感覚に似ている気がする。
騎士道野球スカジャン巫女と戦ったときに脳裏をかすめた謎の感情。
もしかすると、俺が求めてやまない──
「怨みでもあるのか?」
「怨みか。──ふふ、そうか、キミは怨霊を志しているんだったかな」
なにがそんなに面白いのか、女は仮面が上下するほど笑っている。
怨みを獲得して怨霊になるという俺にとってメインクエストと呼ぶべきToDoを義妹以外が知っているということは、こいつとあいつがなんらかの理由で知り合いであるから、とでもいうのだろうか。
意外な関係性であるという前に、俺が苦痛によって孤独に閉じ込められむせび泣いている間にあいつが他者と交流を持っていたことにシンプルに嫉妬した。
むせび泣いたというのは比喩というか、誇張だが。俺は生まれて──もとい、死んでこのかた泣いたことがないのだから。




