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ロボットお姉さんと心霊コンサル⑤


 ものの五分で泥酔した。


 それはもうベロンベロンに酔っ払い、一番星に見降ろされた鼎家こと秘密の人形工房の縁側にぐったりと寝っ転がってもなお、湯呑を口に運んでは琥珀色の幸福を嚥下するのを止められなかった。


 まさか酒がこんなにも旨いものだとは。


 まさか酩酊状態がこんなにも心地いいものだとは。


 顔を両サイドから柔らかいふわふわしたものでゆっくりと押しつぶされるような暖かい不自由さの中で、視界が上下にゆっくりと揺れている。


 これまでの不幸、今日の数々の失敗や羞恥が取るに足らないことに思えてくる。


 前後すらおぼつかないままひんやりとした床に身を投げ出すことのなんと気持ちのいいことか。


 可笑しくもないのに口の端が勝手に吊り上がってしまう。


 決して健康によくないにもかかわらず多くの人間が飲酒を是とする理由はおそらくこれだ。


 記憶はないが、生前の俺もこのどこか後ろ向きな欲望に身を浸していたに違いない。



《お気に召したようでなによりです。……失礼ですが、アライバさまはお酒を召し上がるのは初めてでいらっしゃいますか?》


「えぇ? ええ、はい、恥じゅかしながらー」



 急激に酔っぱらったことで文字通り前後不覚になって快楽を貪ってしまっていたが、苦心して練り上げた〈お姉さん像〉にあるまじき醜態をさらしていたことに気づき、居住まいを正した。



《申し訳ございません。わたくしは経験がありませんもので、配慮が足りませんでした。同量のお水をお召しになるとよいと聞きます》



 ロッテさんはそう言って奥から二リットル入りのペットボトルを持ってきてくれた。


 さっき“最低限の水しかない”と言っていたが、そんなものまで出させてまったく情けない。



「なんだかどーも、しゅいません」



 胡座をかいた俺はそれを一回反対側に体を振って反動をつけてからグイと腕を伸ばし、横着にもその場を動かず片手で受け取ろうとした。


 言われずともわかる。飲酒による判断力の低下。明確な判断ミスだ。


 水は一リットルでイコール一キログラム。つまりゴールデンハムスターにして約一〇匹分の重さがある。


 この時の俺は限界まで伸ばした右手に二〇匹のゴールデンハムスターを鷲掴もうとしたのだ。


 やけに軽そうに持ち上げてしまうあのロボットアームのビジュアルに騙された。


 だからこそ、その水を見事に取り落としてしまうのは避け難い必然だったと言わざるを得ないのではないかとワタシは問いたい。



「アアーー!?」


《あら、あら、まあ、まあ》



 水浸しになったロッテさんは口調を崩しつつも、機体上部横のハッチから素早く布巾を取り出した。


 ほぼ同時に、側面のなにもなかった部分が往年の自動車のリトラクタブルヘッドライトのようにせり上がり、温風が吹き出した。


 どちらも本来は掃除用の機能なのかもしれない。が、いまはそれどころではない。



《問題ございません。この外装はすべてIPX8相当の防水性能を備えておりますので》



 慌てふためく俺を見かねてか、布巾を頭上? に掲げてどこか誇らしげなロッテさんだったが、その絵面そのものが俺を戦慄させる。


 電子機器に水。ほとんどの場合歓迎されない組み合わせである。


 俺の脳裏には物言わぬ板と化したかつての機械の友達の姿がフラッシュバックし、一気に頭が冷えるのを感じた。



「お、俺にやらせてください!」



 せめて外装の拭き上げくらいはこの下手人めが担当せねばなるまいと、急いで立ち上がる。


 腰を上げながら同時に布巾を受け取ろうと、というかなかば引ったくろうと前方へ重心を素早く移す。


 頭は冷えたといえど、先ほどまで床で転がっていた、無意識に一人称が乱れていることにも気づかない酔っ払いが急にそんな動作を精密に行うことは可能であるか否かは、火を見るより明らかである。



《どうかお気遣いなく。実を申しますと私はもともと水中にいるようなものでゥオ゛オ゛オ゛オ゛ッ》



 だからこそ、見事にけつまづき、動揺で透明化した腕がロッテさんの頭上? からずっぽしと突き刺さってしまったのは避け難い必然、もはや運命、因果律の束縛からは決して逃れられない結末だとみるのが妥当ではないか、情状酌量の余地が東京ドーム一個分とは言わないまでも、学校のグラウンドくらいはあると言わざるを得ないのではないかとワタクシは問いたい。問い詰めたい。


 まずいまずいまずいまずい。俺の中に感じたことのないような焦燥と失望と喪失感と悲しみと申し訳なさがあふれ出て、一秒でも早く動くべきなのに身体が硬直してしまう。



「だああ大丈夫ですかロッテさんんん!!」


《ア゜ッ、ォォおきづかアッ、なくォオ゛ッ》


「すみませんすみませんすみません」



 尻餅をつきながらなんとか腕を引き抜いた瞬間、彼あるいは彼女が発しているとは思えぬ野太い雄叫びのようなノイズはぷっつりと途絶えた。


 ぬかるんだ土に手を突き入れたような感触があったため自分の手を見ると、こぼした水なのか酒なのか、透明な液体でうっすら濡れているばかりだった。


 そんなことよりロッテさんだ。新しい機械のトモダチの安否だ。


 至れり尽くせりおもてなししてくれていたロッテさんは、いまやボディの継ぎ目から煙をうっすらと吐き、デカめの業務用炊飯器にしか見えない物体になってしまっていた。


 見たこともない高性能なロボットだ。壊してしまったのなら修理費がいくらくらいになるのか想像もつかない。いまや所持金ゼロの俺なのだ。



 どうしよう。


 ……いやマジでどうしよう。



 とりあえずリンとユキを呼んだほうがいいと思って腰を上げ、言うことを聞かぬ足先をなんとか運んで手近な障子に手をかけまさにその時。



「開けないほうがいい」



 本日二度目の、不意の低い声だった。




【やりたいことリスト】

 ✓酒を飲む

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