ロボットお姉さんと心霊コンサル④
初めての場所で迎える日暮れとはいえ聞き慣れた虫の音が俺を包み、あの狭いねぐらから大して離れていないことを俺に思い知らせていた。
縁側からの鼎邸の庭の眺めは、暗がりにあってもよく手入れがされていることが見て取れる。
さっきはロボットに気を取られて気が付かなかったが、屋内の電灯の漏れた光に浮かび上がるそれは、なかなか見事な庭園だった。
塀際には大きな数本の立派な木と石灯籠が並び、その根元を埋め尽くす大量の細い熊手のような花がそよいでいた。
たぶんアニメで見た彼岸花というやつだと思う。昼間であれば鮮やかな色彩に目を奪われたことだろう。
《恐れ入ります》
先ほどのテレビ頭の状態からさらに分離して、いまや商業施設をさまよっていそうな大きめのロボット掃除機の如き円筒形の物体と化したロッテさんが湯呑を積載してやってきた。
「庭の手入れもあなたが? たった一人で?」
《はい。一通りは》
ロッテさんの言葉と同時に、軒先に残されたロボットの駆動部分から折りたたまれたアームが数本飛び出して、先端のワニ口クリップのようなマニピュレーターや草刈り機と思しきワイヤーを高速回転させた。
「なるほど……“手”は足りてるわけか」
《とは申しましても、いまの季節は花は造花ですから、それほど手間もございません》
「え、そうなの?」
いまは初夏の頃。聞けば、いくら近年平均気温が上がっていようとも、彼岸花が咲くどころかつぼみさえあるかどうかという季節なのだそうだ。
造花の彼岸花の設置理由はもちろん因習村ビジネスのためで、「とりあえず空いたスペースには彼岸花を置きまくれば現実離れしたそれっぽい雰囲気を演出できる」というコンサルティングの結果であるという。
《いまやお役目を果たせない単なる飾りですので。お嫌であれば撤収いたします》
それはなに一つ強調されず硬質でひんやりとした口調のままだったが、なにか虚しさに似たもの哀しさのようなものを、いまだ怨みを思い出せぬ幽霊の胸にほんの一瞬去来させた。
そういえばユキは、ツアーの客が来なくても日々自販機の真似を練習していると言っていた。
この庭を預かるロッテさんも、そして造花たちも同様に、いつ来るともしれない客人のためにずっとここに変わらずあるのだろう。
「とんでもない、全然あっていいよ。明るい時間に見たかったくらいだ」
《……恐れ入ります》
実際のところ、あの精巧な疑似彼岸花たちは俺を愉しませる役目を果たすに十分そうである。
なにしろタブレットが壊れてからの俺ときたら、あの狭い木立の中の植物に名前を付けて話しかけることを貴重な娯楽にしていたのだ。
植物の種類についてはまったく知識はないが、あの場所にない草花ならいくらでも見ていられる自信がある。
案外人間より物言わぬ植物との方がうまくやっていけるかもしれない。
俺が仲がいいと思い込んでいるだけだとしても、植物の方から俺に嫌悪を表明することはないからな。
「あなたたちは、ずっとここに?」
《はい。お嬢様が坂を下ることはほとんどございません。お客人も凛二郎殿と、たまに商店の御用聞きの方がいらっしゃるくらいで》
言いながらロッテさんはアームを蜘蛛の糸のように無尽に伸ばし、俺の周りに飛ぶ蚊を弱い電撃で駆除している。
俺には血液もなければ皮膚表面の細菌など蚊を誘引する要素も持たないのでそもそも刺されないのだが、自分の周りをフォンフォンとしなりながら飛び交うアームが面白くて黙っていた。その気遣いも単純に嬉しかったし。
《学生さんとお聞きいたしましたが、しばらくはこちらに?》
「ええ……まあ」
しばらくもなにも、出ていく方法が不明なのだ。
身分は詐称、住む家もなし、明日の予定もなし、おまけに生命もなしではどうしても歯切れが悪い。
少年ともっと詳細なキャラ設定を詰めておくべきだった。
気まずくて飛び交うアームを目で追うのに夢中なフリをする。
《アライバさま。初めてお会いする、それもお客様にこのようなお願いは大変不躾かと存じますが……》
ロッテさんは蚊を駆逐する動作を一切緩めず、気まずそうな声色を発した。
ユキもそうだったが、こういった異なる動作をスムーズに両立できるのは彼あるいは彼女らの特権かもしれない。
《もし機会がありましたらお嬢様をまた訪ねてくださいませんか?》
「はあ、はい、それはもう」
少ししか話してはいないが、ユキは別に人見知りとかでもなさそうだし、ロートーンから急にテンション高くなるのは少しびっくりするが、基本的には気安そうな感じで、会って話すこと程度はなんら抵抗はない。なにより暇だし。
《そしてもし……もし機会がありましたら……お嬢様を下へ連れて行ってくださいませんか?》
「下?」
下とは、坂の下? あるいは町のことを指しているんだろうか。
しかし、“連れて行ってほしい”とは、いったいどうして?
彼女の見せた変形と力強い駆動は多少の荒道くらいものともしないだろうし、助力は必要ないだろう。どこだろうと行きたければ自分で行けばいいのではないか。
こちらとしては、あのロボットボディのメンテナンスをどうやってこんなポツンと一軒家でしているのかということのほうが気になるところである。
《お願い……できませんでしょうか》
悲しげな声色に伴って、アームのスピードが目に見えて落ちた。
ユキを伴って町へ……か。
お嬢様というくらいだから、気軽に一人で出歩けない事情があるのだろうか。
人権も戸籍も、責任を取る資格もないという先ほどの発言とも関係があるのかもしれない。
「いやあ……自分で言うのもなんだけど、私はそんなに信用が置けるように見えるかねえ?」
《恐れ入ります。私も、どなたでも構わないということはございません。特に悪意を持った方にはお嬢様の存在すら知らせたくはありません。──あなた様は他のどなたとも……失礼を承知で申し上げますが、普通の人間の方とは、センサーの反応が、その、少し……》
予想外の事態。そしてそのことについて気を遣われているという事態に、情けない顔で硬直してしまった。
幽霊であることがバレていた。
なんてこった。自己紹介以前に、カメラに捉えられた時点で暴かれていたのだ。
そうとは知らず女子大生面して振舞っていたとは……二重で恥ずかしくなる。
《ですが、なにもそれが理由というわけではございません。言うなれば、凛二郎殿があなた様をここまで連れてきたこと、お嬢様や私を奇異の目で見ることなく接してくださったことが理由なのです》
「ふうん、そんなもんですか……」
時間差で効いてきた羞恥ダメージが癒えていない俺は両手で顔を覆っていたが、なんとか身を起こして咳払いし、開き直ってキリっとした表情を作り直した。
「ていうか、同伴者であれば、少年に頼めばいいのでは?」
《彼はダメです》
「ダメですか」
不意の低い音声だったので思わずオウム返ししてしまった。
《凛二郎殿には大変お世話になっております。ですが、彼にはこれ以上の余裕がありません。彼の至上はお嬢様の停留、保守、現状維持なのです》
「はあ」
《クルーズコントロール状態の全自動お掃除ロボットのようなものなのです》
「……」
これさあ、「お前が言うな」的なツッコミをしたらなにかしらのハラスメントか差別かデリカシー欠乏症案件だったりする? だとしたら罠だぜ。
タブレットという小窓から世界を見ていただけの俺にも、昨今の“気遣い三すくみ”のような世相は伝わってきていたので、努めて言葉を飲みこんだ。
《幸か不幸か、町にはいまツアーのお客様も、野球のお客様もめったにいらっしゃいません。好機なのです》
ロッテさんは機体上部のみをこちらへ回転させた。正面の小さな突起部分がカメラなのだろうか。
《お嬢様の時間も無限ではありません。僭越ながら親心と申しましょうか、私はこの家でこの先もずっと変わらず暮らすばかりのあの子を見ていられないのです》
「なるほどねえ……」
一つところに長年居続ける退屈さというものは嫌というほど身に染みて知っているので協力はやぶさかではない。
しかしなあ、本人はどう思っているのだろう。
俺との決定的な違いは少年が足しげく訪ねてきている点だ。
俺だって、タブレットが沈黙した後に義妹が訪ねてくれて会話に花でも咲かせていれば、外へ出ようと思い立つのはもっと後だったかもしれない。
《彼にしても私にしても同様に、向こう何年も変わらずいられるわけがありません。人生の最も色鮮やかな頃、彼はもっと自分のために生きるべきなのに、他人のために尽くしすぎてしまっている……試験の成績も思わしくなかったようですし……凛二郎殿のことも、できれば負担を減らして差し上げたいのです》
「ふむ……」
まあ、話を聞く限りこの家は少年の自宅とは離れているようだから、俺が代わりに訪ねるか、ユキが町へ行き来できれば両得か。
もしかしたら外の知り合いができて少年が頻繁に会いに来なくても寂しくなくなるかもしれないし。
町に出るくらいで不安が少しでも晴れるのであればいいかもな。それに嫌だったら帰ってくればいいわけだ。
帰る家があるというのは思えばうらやましいものだ。俺にあるのは木の下のレンガの箱だけだから。
「本人がいいなら、そうだね、いずれ私が付き添ってもいいよ」
《本当ですか!?》
蚊取りアームの速度が倍増した。顔の近くに風を感じてちょっと怖い。
《なんとお礼を申し上げれば……ああ! 私としたことが、なにもお出しせずにこんなお話を……! あああ! お茶が、私としたことがお茶タンクがエンプティに! ただいま淹れてまいります!》
アームを振り回しながら声を上げつつ家の奥へ急加速で引っ込んでいく。器用だ。
まだなにもしていないのにお礼を言われてしまって少しむず痒い。
どうせ明日以降の予定はない。少年のお勤めとやらが終わったらユキと話をしてみようか。
《お待たせをいたしました》
「いや、一〇秒くらいだったけど──んん? ロッテさん、それは?」
《お恥ずかしいのですが、実は……お客様をお迎えするのは本当に久しぶりで、お茶を切れしておりまして……いまこの家に人間の方向けの飲料は最低限のお水かこれしか……器も用意がございませんで……》
湯呑にはお茶が注がれるものと思っていたが、彼あるいは彼女が持ってきたのは透明な液体で満たされた大きな瓶だった。
一升瓶というやつだろうか。すなわち中身は日本酒か焼酎か、いずれにしてもアルコール類ということになる。少なくともマンゴーラッシーということはあるまい。
たとえお茶を出されたとしても幽霊の身で飲むことができるか自信がなく、さっき大喜びで買ったペットボトル入りの水にも口をつけていない俺である。
この世でのお食い初めならぬ“お飲み初め”がよりによって酒でいいものだろうか。
《手前味噌でもございませんが、地元の酒屋が海外向けに造った上等なお酒と聞いております。せっかくのお客様にお水や白湯では失礼かと存じまして……》
古くは消毒に使われ、現代もお清めにも使われる酒を口にして、忌まわしき怨霊予備軍である俺が無事でいられるのかと不安もないではないが、しかしそう言われると断りづらい。
実を言えば“飲酒”もやりたいことリストに入っているのだ。
映画やドラマ、漫画やアニメでたびたび描かれる酩酊状態の人間の姿は、草木にまみれて快楽と縁遠い一人ぼっちの幽霊にはひどくうらやましく思えていたのだ。
もっとも俺が夢想していた飲酒とは、甘くて飲みやすいわりにやたらとアルコール度の高いいわゆるストロング系缶チューハイと呼ばれるもので、その俗っぽさにあこがれを抱いていたのだが。
しかし俺のあこがれる“一般”に贅沢であるとされる“お酌”というやつをしてくれる存在もいることだし、いただいておかねばもったいないという気持ちが強い。
もしこれで哀れな幽霊が浄化され消滅してしまったとしても、顛末を聞けばリンなら因果を理解できるだろう。性格に多少問題はあるが察しのいい賢い少年だ。
《もしよろしければ、一献》
蚊を取っていたそれとは別の太い金属製アームが重そうな一升瓶を楽々とクランプして、俺の前へ突き出した。
薄茶色のラベルには〈大吟醸 出鱈目〉と筆文字が躍っている。
……なんつーネーミングだ。手間暇も人員も金もかけて造った大吟醸に普通そんな名付けをするかね。
そんなふざけた名前の酒にお清めされてたまるか、酔っ払いすらしてやるものかという気持ちが湧いてきた。
それで少し気が楽になった俺は、意を決して湯呑を構えたのだった。




