ロボットお姉さんと心霊コンサル③
薄闇に包まれながら、白く四角い塊によって平屋の日本家屋へと誘われた。
もうどうにでもなれだ。疲労とも傷病とも無縁だと思っていたが、いまはかすかに頭が痛い気がする。
鼎唯生と名乗ったあの自販機の化け物は「因習村にロボットがいては雰囲気台無しだから」などと言っていたが、しゃべる自販機も大概因習村に不釣り合いだろうと思う。
「相変わらず見事だよね、ユキおねの自販機の真似」
《まあまあ、プロですからー? お客さんが減ったといっても、日々の素振りは欠かしてないもんね》
自称プロ自販機は前進しながら器用に三六〇度回転する。
摩擦と駆動が混ざったミュラミュラという奇怪な効果音を響かせて門戸をくぐり、どう見てもその巨体ではくぐれないであろう通常サイズの玄関前に到着した。
引き戸の脇には〈鼎〉と筆文字で書かれた木製の表札が掲げられている。
俺の仮称の元ネタとなった“カンエ様”は鼎家の土地だということだったが、古い石碑しか立っていない寂しい木立からしててっきりと──
「鼎さん家は絶えてしまったとばかり思っていたよ」
「ギリですね。最後の砦です。ここ一軒だけなので」
《厳密には鼎姓の住民はいま一人もいないんだよね。ボクには人権も戸籍もないし。だからそう、絶えていると言って差し支えないかな》
「すまない、失礼なことを言った」
見上げた液晶モニターには微笑んだ顔のみが映し出されている。
思わず謝ってしまうほど自然な対話能力だが、彼女は見ての通りのロボットで、この顔と声は作りものなのだろうか? いったいなんのために?
そして彼女自身はそんなことを自ら口にして、一切の感情も躊躇もないのだろうかと少し気になった。
《いんやあ、まだボクは目ェつぶっちゃいない。鼎家の復興は可能だよ!》
ユキは少女が決意を込めて胸の前でグッと両手を握るように、ガッションガシャンと全体を上下させ、ウィンウィンとマニピュレーターを稼働させた。もっとも胸というより、顎下にも見える。
いずれにしても前言撤回だ。感情は大いに動いているらしい。
《人間のお婿さんさえ来てくれれば万事解決! 嫁でも可》
「また始まった……」とリンが駄々っ子を見守るような調子で言う。
「はあ、えーと、ロボットと人間は結婚できるってことかい?」
「真に受けないでください……何年か前に養子だか内縁関係が事実上認められた……だったかな? 日本だと」
「ふむ、……私が結婚したら鼎かなえになってしまうな」
《おやあ、かなえさんは結婚願望をお持ちで? ──ぜひ我が家の戸籍への編入をご検討ください!》
自販機の真似をした時のように過剰にかわいらしい声の唐突なプロポーズだった。
「いや、私も戸籍が無……自由な独り身を愛しているんだ」
そもそも本名すら不明であるし、戸籍どころか命すらないのでユキの希望には適いようもない。
「だれでもいいってわけでもあるまい。さっき会ったばかりだよ?」
《その気のない人をその気にさせるのって……最高じゃん? 個人的にはドスケベ……いやドストライクなんで……前向きな検討を希望します》
ユキは後頭部? 腹部? とにかく機体後部を数回上下させながら頬を染めた顔をモニターに表示した。
「ユキおねは可愛い少年少女とエロくてかっこいいお姉さんが癖なんですよ」
「癖なんですよじゃないよ」
人に向かってエロいとはなんだセクハラだぞ。──人じゃないが。
人の性的嗜好を軽々しく開示するな。──人じゃないのか。面倒くさいな。
幽霊とロボットの人権を要求するデモを起こすのをやりたいことリストに追加してやろうか。
《なので、鼎になりたければいつでも家族にウェルカムというか、戸籍謄本に掲載確約重版出来というか──》
《お話し中失礼いたします、お嬢様》
ヒヤリとさせる硬質さをまとった声が、モジモジと……いや、ギュリギュリとモーター音を響かせて身を捻るユキの勧誘に割り込んだ。
ユキと同じくスピーカーを通して発せられているらしいその声は、男性にしては高く女性にしては低い中性的なトーンだった。
《すでに日が暮れてしまっております。早くお勤めをしませんと、凛二郎殿のご帰宅が遅くなります》
《それならそれなら、また泊まって……》
《そうしていただきたいのはやまやまですが、なりません。何度も言いますが彼は未成年なのです。万一の事態に際して我々には監督責任を負う資格がありません》
《じゃあじゃあ、かなえさんが保護者ってことで。成人でしょ?》
《なりません。彼女もまた……いえ、お早く。──凛二郎殿》
「はいはい。ほらユキおね、わからないこと言ってないでさっさと行くよ」
少年が歩き出すとそのあとを追従するように、ユキの機体がバゴンと音を立てて前後で分割され、後ろ三分の二くらいの長細い箱が自走して右手の縁側へ向かっていった。
目まぐるしい変形に思わず目で追っていると、縁側でさらに上下で分離し、車輪のついた下部を残して箱だけが縁側を滑って障子の向こうの部屋へ入っていった。
知育玩具でこんなの見たような気がする。はたらくくるまが自動でうごくやつ。
《先ほどはお嬢様が失礼いたしました》
「うわッ」
一人残されたと思い込んで気を抜いていた俺のすぐ横で、残置されていたロボットの前部が突如動き出した。
《ロッテと申します。唯生お嬢様の身の回りのお世話をしております》
古めかしいテレビに細長い両手と一本足がついているような状態のそれはどこか優雅な所作でガッションと一礼した。
「あ、あ、これはどうもご丁寧に」
アアー! なんということだ。ロッテと名乗る高性能テレビに意表を突かれて普通の人間臭い反応をしてしまった。
いまこそ一度も成功していない格好つけた自己紹介でもって返礼すべきではなかったのか?
いや! まだ取り返せる。思い出せ。ここまでが下振れだったのだ。念願の自販機での買い物もできたじゃないか。
運気は確実に上昇している。
すべてがここに帰結する運命だったのだ。
俺は指先まで神経を集中しながら体幹を意識的に反らせ、肩越しにしなやかな流し目を送る。
ロッテ対アライバ。
いまここに二〇一〇年日本シリーズのリベンジマッチが始まるってわけだ!
「アライバかなえです。よろしく、ロッテさん」
──決まった!
決まった決まった決まった! ついに邪魔も入らず噛みもせず、練習通りの自己紹介を達成した!
待て待て落ち着け、はやるな、慌てるな。相手の反応も含めて初めてご挨拶は成立する。
液晶モニターにはユキがしゃべっていた時のような顔写真は映し出されておらず、わずかに発光しているのみで表情はうかがい知れない。
しかしこの距離で聞き逃すということはないだろう。
やったか?
……
…………
風が吹きすさぶ。
「……あのぅ、ロッテさん?」
液晶画面にはいつの間にか、コンピューターがなにかをロードしているときのようなプログレスバーが表示されていた。
《定期アップデートが進行中です。電源を切らないでください。ご用の方は少々お待ちください。定期アップデートが進行中です──》




