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ロボットお姉さんと心霊コンサル②


「鞄の中の工具は祭具のメンテナンスのためのものなんだろう? 注連縄……いや、神鏡か? わかった、神輿だ!」


「あ、お神輿はポテフェスで立派なのが出ますよ。芋でできてるやつが。最後油に落として丸ごと揚げます」


「逆に気になってきたぞ、ポテフェス……」


「まあ言ってしまうと、いまから見に行くのは人形です」


「出たな、呪いの人形か!」


「祭りだっつってんでしょう。なんで呪われてる人形をわざわざ手入れして使うんですか。そんなもん即お焚き上げですよ」


「隣村に災いをもたらすための忌まわしき儀式かなんかそういう……」


「こっちの過疎っぷりからしたら絶対呪い返し食らってるじゃん……」



 少年は「どっから話せばいいのかなあ」と十秒ほど思案した。



「それなりの歴史があるんですけど、まず初めにいき人形っつーのがありまして」


「“生《《き》》人形”ってあれだろう? 工業デザイナー兼タレントのおじさんの長い怪談だよね」


「幽霊が一昔前の怪談に詳しいってのはどういうわけだ……幽霊だからか? いえ、そっちではなくて、幕末から明治時代に流行った見世物なんですけど。彫刻というか、マネキンの元祖みたいな」



 聞けば〈生人形〉あるいは〈活人形〉と称されるそれは、江戸時代に成立した生身のように精密な造形が特徴の等身大人形細工のことだという。


 基本的に江戸期以降のものを指すが、開祖が室町時代くらいの仏師だか僧侶だかで、その技術が形を変えながらこの地で継承されてきているとか。



「へぇー、伝統工芸ってやつだね。……言っては悪いが意外だなあ。そんなすごい歴史を継承しているなんて、人は見かけによらないと言うが、土地もそうなんだねえ」


「と、思うじゃないですか。いやいや、これがまったく信用できないんですよ。先々代の職人はわりと腕のいい彫刻家なんですけどめちゃくちゃ、もうめーっちゃいい加減な人なんですよ! だからあのおっさんがテキトーこいてるだけだと僕は踏んでいます」


「さ、さいでやんすか」



 よほどホラ吹きな職人だったのだろうか。


 なるほど話を聞く限り少年がほとんど一人で保守しているようだし、歴史あるものとして文化財とかの指定を受けてありがたがられているようには思えない。



「そうして毎日のように自転車飛ばしてメンテに通ってたわけかい」


「あー、メンテは……毎日はしなくてもいいんです。箱にしまってるようなもんなんですけど、その……」


「ん? ほかになにかやることあるの?」



 必要がないならさっさと家まで送って帰りたいのだが?


 彼はすでに口外が推奨されない事柄を「人間ではない」というそれだけの理由で俺に話してしまっているというのに、この期に及んで気まずそうに言い淀んでいる。


 またしても「まあ人じゃないしな……」と小さくつぶやいているが、幽霊のカードはそんなに万能ではないと思うぞ。


 お前の中の幽霊像はなんでも話せるぬいぐるみかペットの柴犬か、口の堅いカウンセラーかなにかなのか?



「相手しないと機嫌悪くなるんですよ……」


「相手? なんの? 柴犬?」


「柴犬どっから出てきた? ……人形です」


「ああ人形……んんー?」


「なんですか?」


「あれ? ちょっと待ってくれ。私がおかしいという可能性もまだわずかに残されているからな……」



 彼がいま「人形の相手をしないと人形の機嫌が悪くなる」と言っているのであれば、それは額面通りの意味ではないのだろう。


 うん、いくら初対面からおかしな言動を繰り返しているとはいえ、詳しく聞かずにヤバいやつ認定するのはさすがに気が引けるしな。


 そうだな、熟練の漁師が海の機嫌を気にするようなものだという線で最大限好意的な解釈をしようじゃないか。



「つまりキミはあれか、生粋の職人気質あるいは信心者しんじんもので、自分が手入れしている人形の機嫌を気にするほど大切にしているってことか」



 で、あればね?


 であれば変というほどのことはない。


 例えば車やバイクを擬人化して語り掛ける連中なんてのもごまんといるはずだ。人前で大っぴらにやるのは勇気がいると思うが。


 そこへいくと最初から人の形をしているのに擬人化しないというのは無理があるというもの。


 過去に命を落としたと思しき俺としては、過ぎ去った時間を丁寧に並べて飾るかのように物を大切にすることには好印象を覚えるところだ。



「いや……前に三日くらい顔を見せなかったらブチギレちゃって……ハグを強要されて、機嫌が直るまで一晩離してくれなくて……」


「……ふぅん…………この話やめよっか?」


「あ!! ちょっと待ってください、いま絶対に勘違いな想像をしている!」


「ハハハ、ハハハ、大丈夫大丈夫。おいおい少年、なにを慌てる? 私たちは癖兄弟じゃないか。キミがどんな《《上級者》》だとしても引いたりしないさ。──さ、そろそろ降りてくれるかな。少々怖いのでね」


「しっかり引いている!」


「いやいやいやいや、ほら、急に怪談を始めるんでびっくりしただけさ。心の準備がいるだろう」



 そうとも、突然の怪談だからちょっと慌ててしまっただけだ。


 人形愛なんてのはもうあれだ、メジャーで古風で伝統的な癖だ。たぶん。


 渋谷で女子高生にアンケートをとったらベスト3に入るに違いない。


 俺が引いたのはそこではない。いやぶっちゃけそこにもちょっと引いてはいるが。


 それよりも、もしこの月宮リン少年の言うことがまぎれもない真実だったとしたらどうなると思う?


 人形が機嫌を損ねて? その硬くて冷たい腕を首元に回して? 抱き着いてくる?


 そんなもんオバケじゃないか。



「違いますよ。仮に怪談だとしても、幽霊なんだから怖くないでしょう。生き人形知ってるわけだしむしろ好きでしょう」


「ジャンプスケア的な怖いのであるという可能性を排除できないな。背景のただの人形だと思ったら急にとびかかってくるみたいな」


「いや、そういう怖いやつじゃなくて……説明が難しいな……ほとんど人間みたいな……というかもう人間と言って差し支えないんですよ。人間が動くのは当り前ですよね。だからなにも怪談じゃないです」



 またわけのわからんことを言い出したな。


 “もう”人間ってなんだよ。以前はなんだったんだよ。


 それはもう別の種類の怪談だろう。とびきりの因習だろう。


 あるいは度の過ぎたアブノーマルプレイだ。



「とにかく見てもらえばわかります。──あ! ほら、ちょうどあそこに」



 少年が俺の顔の横から腕を突き出して前方を指さした。


 だんだんと夕陽が陰り、薄暗くなってわずかな街灯の光が主張を始めている。


 その光の下に、なにか大きな箱のようなものがあった。


 ──冷蔵庫? いや、電話ボックス? 


 それは緩やかな坂の途中に脈絡なく置かれている。


 二メートルほども高さがありそうだが、大胆な不法投棄だろうか。



「おーい、おまたせー!」



 リンが声を投げかけながら手をぶんぶん振るので俺の身体も少し揺さぶられ、歩くペースを緩めた。


 その白い箱状のものは、しかし静かに雨に打立てるかの如く、街灯の光を頭上から受けている。



 「あれ、おかしいな」



 言って彼はずるりと背から降りて歩いていき、俺と並んで箱の前に立った。


 巨大な金属製ロッカーだろうか。


 どこか開くのかとそれに触れた時、電子的な女性の音声が響いた。



《イラッシャイマセ! 冷タイオ飲ミ物ハイカガデスカ?》



 過剰なまでに抑揚のついたキピキピと機械的に響く声に続いて、正面に備えられた液晶モニターが点灯し、いくつかの飲み物のイラストが映し出された。


 

「おお……これはまさか……!」



 間違いない、自動販売機だ! 実物は初めて見たが、念願の邂逅だった。


 自販機で物を買うというのも、俺のリストに名を連ねる“やってみたかったこと”の一つだ。



「いくらだ? 五〇円しか持ってないんだが……一七〇円? ダメだ、足りない……」



 所持金が見合わず落胆していると、一番左のミネラルウォーターがなんとちょうど五〇円と表示されていた。


 さっきまで百数十円と表示されていたような気がするが……気のせいだろうか。


 なんだっていい。ここへきて今日一番の幸運だ。


 おかしな目にばかり遭うと思っていたが、ここで揺り戻しが来たというわけだ。


 虎の子の五〇円玉をパカッと開いた投入口へ放り込み、ミネラルウォーターのイラストをタッチする。


 すると白い筐体の一部がバコンと開き、中にペットボトルが入っていた。


 俺の知識の中の自販機はガラガラガッコンと音がして筐体下部から飲み物を取り出すものだと思っていたが、今どきはこういうタイプが一般的なのだろうか。


 その一挙一動が新鮮で気分が高揚する。


 ひんやりとした水の温度を感じながら感慨に浸っていると、さっきからなぜか笑いをかみ殺しているような妙な表情で見守っていたリンが一歩進み出た。



「ユキお、この人ツアーのお客じゃないよ」


《ええー……。最初に言ってほしい……》



 モニターをバツンと暗転させた自販機がさっきまでのいかにも機械的な口調を崩し、弛緩したウクレレの弦のようにダルそうな少女の声を発しながら、多重のモーター音とともに変形し始める。


 それは黎明期の生成AIによる作画のような不条理さで、四角いパーツで蟻を形成して四本足にしたようなフォルムとなり我々を見下ろした。



「紹介します、かなえさん。これがさっき話していた生人形です」


《かなえさんっていうんだ? ボクと同じだねー》



 元自販機の蟻型ロボットは脚の位置を変えずに胴体部の地上高を下げ、モニターを点灯させた。


 そこには黒い背景に品のよさそうな、しかしなんだか眠そうな少女の顔が映し出されており、コマ送りのように微笑み顔に切り替わる。



かなえ唯生ゆきでーす。リンちゃんがお世話になってますー》



 モニター周辺のみが前方にガコンと傾いで戻る。会釈ということだろうか。


 呆気に取られてしまったが、どうやら少年の目的地に着いたらしいということはわかった。



 なるほど、なるほど。


 自販機がボクっ娘で、実はロボットがお祭りに使う生人形ということか。



 多少認識の渋滞が発生しているが置いておこう。混乱への交通整理も少し慣れてきた。


 初対面でお行儀良くしたいのはやまやまだが、とりあえず一つだけ言わせてもらおうか。



「人でも人形でもねーじゃねーか!」



【やりたいことリスト】

 ✓自動販売機で飲み物を買う

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