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ロボットお姉さんと心霊コンサル①

 片側が背丈ほどの柵で覆われた坂は、低い山の中腹へと続いている。


 地域住民に〈鳥籠坂とりかござか〉と通称されるその坂は、鉄格子を思わせる錆びた柵で斜面側が過剰なほど防護されていた。


 「昔ここで転落事故があったと噂されるけど、結局どこのだれが落ちたか誰も知らない」とは、月宮リン少年の言。


 人気ひとけはなく、どこか遠くの道路から小さく車の走行音が聞こえるほど静かだった。


 沈みかけた夕陽が柵によって細断され、リングが連続して刻まれたコンクリート舗装に縞模様を作り出していた。


 人ひとりにしては大きく、二人にしては足の本数が足りない影が、柵と反対側の山肌に伸びる。 


 アンチヒーロー巫女との戦闘を終えた俺は、引き続き足を痛めた少年を背負い、少し急ぎで歩んでいた。


 現在向かっているのが少年の家であるならば急ぐ必要もなかっただろう。


 巫女との待ち合わせがあった様子の少年は、当然今日のタスクを完了し帰宅するのであろうと自宅まで送っていくつもりだった俺に、きょとんとした様子で言い渡した。



「え? 目的地はまだ先ですよ?」



 俺の記憶にある彼はスポーツ自転車にまたがり常に鬼気迫る猛スピードで急いでどこかへ向かっていた。


 急ぐわけだ。これでも自転車の故障により二件ほどスケジュールを見送ったというのだから、単純に用事が多く必要な移動距離が長い。


 これから向かうのは、町の祭りで使う祭具のメンテナンスということだった。


 若輩である少年が任されるには少々格式張った内容に思えたが、“祭り”というワードに俺は心を惹かれた。 



「どんな奇祭なんだい? 生贄は? 異端の邪教は絡むのかい?」


「あの……期待を裏切ってすみませんが、因習村ビジネスにその祭りは絡めてないんです。なにしろ地味なので逆にオミットされました。あれは祭りというより近所の住人の生存確認みたいなものです」



 そういうものか。祭りと一言で言っても中には生活に根差した飾り気のない習慣レベルのものもあるのだろうが。


 演出された因習とは無関係の質素で伝統的な祭りだから、形を変えてまで因習村ビジネスに当てはめることはしなかったのだと推察した。


 その保守的な田舎らしさは腑に落ちるが、それだけで終わりなのか? 本当に?


 さすがにそう何度も変なワードは飛び出さないか。



「フツーの地味ーな祭りですよ。毎年ではないですし、屋台とかも出ませんし。基本神社で焚火して沸かしたお湯と芋を配って、子供がお菓子もらって終了って感じです。あとは巫女がなんやかんやして、神様に祝詞……じゃなくて、えーと、罵倒を奉納しておしまいです」



 ほーら出た。あるではないか変な祭事が!



「やっぱり奇祭じゃないか! なんだ“罵倒を奉納”って。神様を罵倒って」



 どこかの県にあるという、参拝者が罵倒し合う祭りというのは奇祭まとめ動画で観たことがあったが、神そのものを罵倒するとは。


 いつの時代から続いているにしても、昔の価値観からすれば怖いもの知らずがすぎるのではないか。現代の感覚からしてもバチが当たりそうなものだが。



「うーん、どうしてそうなったのかは実はよく知らないんですよ。神様がドMなんじゃないですか?」


「そんな神様イヤだ」


「饗華なら知ってると思いますよ。なんせ当代の巫女ですから」


「あの娘か……」



 つい先ほど祓われそうになったほどだ。友好的に接してもらえるかわからないし、あのアクの強いキャラクターに会いたいとは、いまはまだ思えなかった。



「もう一つ別の大きい祭りがあって、そっちは由縁も知ってますよ」


「ほう、どんな奇祭なんだい? 死人は出るのかい?」


「祭りをなんだと思ってるんだこの幽霊……。ちなみにそっちは屋台も出ます」



 少年曰く。


 鎌倉だか室町だかの時代に飢饉に苦しむこの村を高名な僧侶が訪れ、荒れ地でも育つ里芋に似た作物をもたらした。


 芋は瞬く間に実り、村中に行き渡った。


 その芋を食べて飢えから救われた村民は、社を建て、僧侶と芋を称えて祭事を行った。



「それが現在まで続く〈お芋祭り〉、通称〈ポテフェス〉です!」


「……」



 ポテフェス。ポテト……フェスティバル?


 ちょっと思ってたのと違うな。



「元は里芋だか山芋だったらしいですけど、いまはジャガイモが主ですね。あ、焼き芋とか干し芋もありますよ。メインイベントのDJプレイをバックに巨大鍋で大量に作るフライドポテトはギネス記録認定を目指してて──」


「あの、もっとこう……ないのかい? なぜ因習村っぽいという持ち味を殺した?」


「何百年も前からの伝統とはいえ、時代に合わせたアップデートこそが続ける秘訣ですよ。コンサルの人も言ってました」


「……」



 コンサルタントが付いているのか……。


 俺の中にあった“地元住民一致団結ココロぽかぽかド根性物語”が霧散していく。


 経営コンサル会社の倒産が過去最多、なんて落語じみたニュースを読んで以来、ネット上の偏った知識しか持たないひきこもり幽霊視点ですら、何となく肯定的に見られなくなってしまう。


 ビジネス因習村のポテトフェスティバルをコンサルティングなんて、迷走にもほどがあるだろう。試行錯誤の結果なのだろうが、施策の不発もむべなるかな。


 “負けに不思議の負けなし”──野球史に残る名監督のものだと思われがちなこの言葉の元祖は、どこかの剣豪の殿様だったか。



「でもポテフェスはどっちかというと“あっち側”の祭りなので、正直こっちの人はあんまし思い入れはないんですよ。僕らは愉しいから好きなんですけど、大人からはフツーの祭りの方がたぶん大事にされてますよ」



 幅広の用水路を越えて数百メートル行くだけだというのに、どうもこの集落と新興住宅地とでは距離以上の精神的な隔たりがあるらしい。


 俺の場合は用水路の結界のせいでそもそも到達が不可能なので、隔たりどころか蜃気楼のように思っているのだが。



「それで、祭具ってなんだい? 邪神像? 伝説の武器? 呪いの箱?」


「だからもっと地味なんですって……あんまり人に言う感じじゃないっていうか……センシティブっていうか……」



 さんざんセンシティブな言動を繰り返してきていまさらなにを言うのか。


 俺は当代の巫女様にお前の頭を“太ももにぐっぽりと埋めた”女だと思われているんだぞ。


 男根型のご神体くらい出てきたところでもはやなんとも思わないのだが。



「うーん、そういうのじゃなくて、近所の人にもあんまり口外されてないので、よその人に教えるのはたぶんよく思わない人がいると思うんですよね」



 そう言われると俄然知りたくなってくるな。


 だがあのなんでもベラベラと口から垂れ流す少年がここまで渋るのだ。簡単には話してくれないだろう。


 歴史のありそうな地域だからこそ、その分堆積したしがらみもあるのだろうし、そこをなんとか警戒心や疑念や心配をからまった糸のように解きほぐして聞き出す必要がある。


 推定数十年ひきこもってきた俺のスピーチスキルがいま試される──!



「まあかなえさんはいいか。人じゃないし」


「いいのかよ!」



 試されなかった。望みが叶ったというのについ大声が出てしまった。


 真面目なのかいい加減なのかはっきりしてほしい。



「あんなとこにいた幽霊ですから、むちに無関係ってわけもないでしょうし、知らない仲でもないし」


「キミの従妹には友達認定してもらえなかったようだけど」


「あいつは……失礼なやつですけど許してやってください。大人たちが頭おかしいんですよ。子供一人に祭りの大役を押し付けて──しかも前回トチッてるんで、次はうまくやろうって最近余計に不安定なんですよ」


「トチッたのかい」



 先述の罵倒──神への祝詞ならぬ呪詛は、“古風”と言うにはあまりにも古すぎて、古文や漢文の授業を義務教育として修めている(ということに形式上なっている)リンにも聞いただけでは意味がよくわからないという。


 それを当時小学生の彼女が全部覚えて奉じるなど並大抵でないことは想像に難くない。



「練習ではできてたらしいんですけどね……本番で飛んじゃって」



 罵倒の奉納は町内三か所でそれぞれ一回ずつあり、最初の二回はうまくいったという。


 先の二か所での奏上は一般に公開されないが、最後の一回は町のほぼ中心にある神社で、遠巻きに見物人もいたというのでより緊張してしまったのかもしれない。


 ともかくリンと町民たちが見守る前で奏上はピタリと途絶えてしまった。



「そこでギブアップしないのがあいつのすごいところですよ」



 途中で投げ出したりしない真面目な性格なのだという。しかし記憶の中を必死で探しても、覚えたはずの古めかしい罵詈雑言はすっかりどこかへ隠れてしまっている。


 その回避不可能な危機的状況で責任感が強い少女はどうしたか。


 豪胆にも顔色一つ変えずに代用品を持ち出したのだ。


 即興で彼女自身が持てるボキャブラリーの限りを駆使して罵倒の言葉を紡いだのである。


 しかし小学生が知る罵倒の語彙など「バカ」やら「ザコ」やら、同級生との喧嘩で使われる程度でしかなかったことが悲劇を呼んだ。



「それが我がむちをしばらく混沌に陥れることになった“メスガキ祭り”の顛末です」


「……」



 なるほど、俺もネットの海でその字の並びを見た覚えがあるような気がする。


 見物客が撮影していたセンセーショナルでインモラルなその所業は一時SNSのトレンドとなり、因習村ビジネスと相まって、こののどかな町は大変な混乱となったそうである。



「それで責任を感じてあんな変なキャラにイメチェンを?」


「いえ、あれは好きでやってます」


「ああ、そう……」


「真面目ではありますけどね、もうとにかく頑固で……僕たちの関係性を勝手な尺度で測っちゃってんですよねえ。そんなのは第三者が決めることじゃありませんよ。」


「ふむ、まあ……それは道理だね」


「友達か否かなんてのは自分だけでも決められませんけどね。相互的な無言の信頼関係ですから。よく言うじゃないですか、友達だと思っていた相手から友達だと思われていなかった……とか……」



 言いながら少年の口調が尻すぼみに消えていく。


 どろどろとなにかつぶやき始めたところを見るに、どうやら不意によくない記憶の扉が開いてしまったようだ。



「だって毎朝会釈をしてたらもうほとんど友達になる五秒前ってカンジじゃないですか……それを……ああいう口八丁手八丁で貴重な友達候補をかっさらっていくような輩なんて一対多の友達関係が必然なんですから、限りなくマンツーマンに近い僕とのほうが濃度が高い友達関係を提供できること請け合いなんですよ。あの手合いはバーベキューに行っても他人の育てていた肉を平気で食べるんですよきっと。しかしやつらのほうが友達が多い。この世の闇です。陽キャが作り出す闇ですよ」


「勝手な尺度で測っている……」


「だけど僕とかなえさんはもうそういうレベルは越えましたからね。なにしろへきを共有しているわけですから、もはや義兄弟の契りを交わしたのと同義です。癖兄弟ですよ」


「イヤな兄弟だなあ」



 響きはまったくひどいの一言だが、なぜだろう、純粋な信頼を向けられているようで不思議と──本当に不思議なことに、悪い気はしなかった。

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