ポンコツ系幽霊と二郎系巫女⑧
涙目の少女はなんとか上体を起こすと、「合格だ」とだけ、それまでのキャラクターを逸脱する弱々しさで絞り出した。
超能力騎士サイコチェッカーこと木皿儀饗華は、あっさりと俺を放免し夕陽を背に受け帰っていった。
あまりに手際よく帰り支度をするので、色々と訊きたいこともあったのだが、すっかり気勢を削がれてしまった。
「心までは負けていない」とかナントカ細い声でつぶやきながらカメラと三脚をはじめとした荷物を回収し、お祓いの作法かなにかだろうか、水筒の中身を道に全部ぶちまけた。
そして当初羽織っていたスカジャンは着る手間を惜しんでか腰に巻き付け、足早に立ち去った。
足早というか、全力疾走で風を引き連れて去っていった。
「サイコチェッカー、手強いやつだった……」
饗華の背中を見送りながら、俺は結局どこから疑問を整理すればいいのか決められず、赤く染まる道の上でそれだけつぶやいておいた。
「ところで、キミは従妹に“兄様”と呼ばせているのかい?」
隣で同じく見送っていた少年に尋ねる。
散々迷ったあげく出てきた質問がこれかという思いは当然俺の中にもあったが、思わぬバトル展開に疲弊したいまはどうでもいい雑談をして調子を取り戻したい気持ちもあったので、とりあえず訊かせてもらうとしよう。
「はは……僕も久々に呼ばれました。」
リンは照れくさそうに頬をかいている。
「小さいころから兄様呼びだったけど、いまはもっぱら“アニキ”で……昔はお淑やかなお嬢様だったんですけど、友達の少ない僕の男子の遊びに付き合わせているうちにあんなかんじになっちゃって」
「男の子みたいだった幼馴染が成長して美少女になるやつ、逆なことあるんだ……」
「チェッカーを始めてから悪化するばかりで……今日もその撮影の予定だったから張り切ってたのかな」
張り切りついでに頭を飛ばされたのではたまったものではない。
というか、“男子の遊び”には金属バットで相手を殴ることも含まれているのだろうか。ガキ大将か。
しかしなるほど、男の子は時に大人もドン引きするほどの生命を弄ぶ遊戯に興じることもあると聞く。
その遊びを経てああなったというのならば、俺の認識よりもこの世は殺伐としているようだ。
「撮影というのは?」
「饗華が監督主演、僕が撮影のサイコチェッカーの映画で......たぶんですが、かなえさんに映画に出てほしいって言ってくると思います」
自主制作映画『超能力騎士サイコチェッカー ファイナル地獄変』の撮影は、前年の秋ごろから始まったのだという。
経緯について少年は多くを語らなかったが、残す撮影パートはラストバトルとエピローグ、細かな素材を残すのみ。
いわゆる〈順撮り〉というやつだ。
しかし撮影が好調に進むほど、悠遠の彼方にあった未解決事項がだんだんと押し迫ってくる。
肝心のラストバトルの敵役が決まらないのだ。
むしろそれまでの工程を行き当たりばったりでクリアできたことが豪運なのかもしれない。
“あるのは動機と結果だけ”という信条からすれば、一貫しているとも言える。
彼女に予想外の人望があるならまだしも、いやあったとしても、自主制作映画への出演を承諾し、手製のぴっちりスーツに引かないでいてくれて、人間離れした身体能力の金属バットを振り回す巫女と殺陣を演じることができ、なおかつ最終戦の相手に相応しい役者など、こんな片田舎にいようはずもない。
いようはずもなかった──今日までは。
「それで私は“合格”というわけかい」
「だから……すみません、そのうちお声がかかると思うんで、付き合ってやってくれませんか」
少年の声には、まるで今際の際の老親の手を取ってやってくれとでも言うかのような断りづらさがあった。
いましがた戦闘を経た俺に言わせれば、生きた人間相手にやらせるには危険がアブなすぎる。
「まあ、やることリストの合間になら付き合ってやるとするか」
俺は饗華が見えなくなった道の先を一瞥して、少年の学生鞄を拾い上げ首にかけた。
「少年、私はあの場所を出て早々に予想外の連続で自分の常識を疑わされているんだが」
アスファルトに穿たれた穴と、水はけがいいのか早くも乾燥を始めた水たまりを見やる。
「異世界転生にしては地味すぎるし、もしかしてこれから次々と刺客が現れて能力バトル物になっていくんじゃないか?」
少年はやれやれという風にあからさまに呆れの表情を見せた。
やはりこいつに常識サイドに立たれるとちょっとむかつくな。
「なるわけないでしょう。こんな平和な町……むちで」
背を向けてかがんだ俺にすぐさま、しかし遠慮がちにおぶさってくる少年。
「〈むち〉の市民権を得たいのなら気を抜くんじゃないよ」
鳥が、シラサギが飛び立った。
【やりたいことリスト】
✓夕陽をバックに宿敵を見送る




