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ポンコツ系幽霊と二郎系巫女⑥

「ちょっと待て、話せばわかる」


「アタシが悪霊を目の前にして祓わない理由など存在しねえ!」


「なぜ私が悪霊だとわかるんだい? いい幽霊かもしれないじゃないか。彼とはほら、もう友達だ! 正義の味方なら判断を間違えるべきではないよ」



 彼女が見たまんまの奇特なまでの特撮ヒーローファンであると踏んで、正義の心に語りかけた。


 そう言えば聞こえがいいが、またの名を時間稼ぎ、本名を命乞いという。


 祓われると幽霊はただ消えるのか、それとも成仏するのかわからないが、ヒーローコスプレ少女にバットで攻撃されることが俺の本懐につながるとは思えない。


 命はなくとも乞わずにはいられなかった。



「でもさっき自分で悪霊だって……」リンがチャチャを入れる。


「うるさい!」「うるせえ!」



 俺と饗華の声がきれいにハモった。



「理由は三つある」



 饗華は言って、バットの先をまっすぐと突きつける。



「まず一つ、アニキに友達ができたとき、それは教室で一日二回目が合ったとかそういうレベルのアニキの勘違いだ。そうじゃないやつは、アニキのお人好しにつけ込んで利用しようとしとるやつだ。状況的にお前は後者。アニキに友達などできん!」



 あまりにシビアな断定だった。


 リンは泣いている。


 想像以上に暗い青春を送っているらしい。


 彼とは多少仲良くなったとはいえ、利用しようとしていたのは事実なので反論の余地はない。



「二つ、オバケを祓うとお小遣いがもらえる」



 二つ目は非常に実利的な理由だ。


 バウンティーハンター系巫女だったというわけか。


 ローティーンの少女にとって、それは重大な目的なのだろう。


 俺にいくらかの現金の手持ちがあれば、あるいは状況を覆すことができたかもしれない。


 しかし俺は所持金というものをいまだかつて持っていたことがない。


 厳密に言えば現金は草むらで拾った五〇円玉しか持っていない。


 だがこれはやることリストの〈実店舗で買い物をする〉を達成するための虎の子なのだ。


 金品を用いた交渉は不可能なので、これも反論できない。



「三つ、アタシは正義じゃねえ」



 饗華の目つきが一層鋭くなる。


 犬歯をむき出すようにして忌々しげに笑った。



「アタシが悪だと判断した。アタシがアタシの基準でアタシの欲望によってアタシの責任においてアタシの心がそう判断した。なんの文句も言わせねえ。正義などという不確かな要素は存在せん! あるのは動機と結果だけだ!」



 清々しいほど大きくアテを外してしまった。


 サイコチェッカーは正義のヒーローなどではなく、アンチヒーローだったのだ。


 それもかなり過激な思想をもって、正義というものをはるか遠くに置いている。


 万事休すか。……しかし、どうだろう。


 彼女は巫女であり、バットでアスファルトを破壊するほどの怪力と突風のようなスピードを持ってはいるが、ヒーロースーツに金属バットで幽霊を祓うことなど可能なのだろうか?


 こちらの唯一の手札である透明化によって金属バットの攻撃は回避できるだろう。


 案外逃げずに攻撃を避け続けて持久戦に持ち込んだほうが得策かもしれない。



「逃げてくださいかなえさん! そいつは中学騎士道部の決闘個人で全国に行ってるんです!」



 涙をぬぐったリンが立ち上がり、ドラミング式手招きを逆回転させている。


 新たに公開される情報ですんなり理解できたためしがない。どうなってるんだこいつらは。


 柔道でも剣道でもなく、騎士道部?


 騎士道はそもそもスポーツではなく概念の名ではなかったか?


 リンがまだ痛むであろう足を引きずりながら饗華のほうへ手を伸ばした瞬間、突きつけられていたバットの先端は、そのものが急に伸びたかと錯覚するほどの無駄のない素早さで俺の眼前に迫っていた。



「ナッパよけろ!」



 予期していたかのように、少女の跳躍と同時にリンが声を上げた。


 しかし不意を突かれて飛び退くこともできない。俺は事前に考えていた通りに透明化する。



「だれが──」



 だれがナッパだ、と失敬な少年に言い返そうとした俺の口が、消し飛んでいた。


 バカな。透明化している状態で攻撃が当たったというのか。


 バットが俺の首元を薙ぎ払いながら引き抜かれる。


 理由も道理も考えている暇はないが、あのバットに透明化が効かないとなると、いよいよ逃げるしかない。


 透明化を解除し、結界を通ったときのように粒子状にばらけた顔の下半分を押さえながら、俺は転身して駆け出した。


 正確には、駆け出そうとした。


 俺の背後にはすでに、野球のバッティングにおけるテイクバックの動作で巫女が待ち構えていた。


 今度は透明化も間に合わない。



「チェッカァァーホォォームラン!!」



 ごむん、という音を聞いた気がした。



 あのバットはおそらくボールが当たる部分が柔軟性のある別素材になっているのだろう。


 でなければ、金属バットでありながらしなりをもってお姉さんを空高く打ち上げるなど不可能だ。


 なにが巫女だ。なにが騎士道だ。


 完全に野球のスラッガーの所作でぶっ叩かれた。


 神主打法だから巫女とかかっているとでも言うつもりか。


 これだけの衝撃を受けておきながら、俺の意識は消失とは無縁らしかった。


 俺が心霊現象に遭遇しても、気絶して生き延びることはかなわない。



 浮遊感とともに景色が止まり、上方向へ遠ざかり始めた。田んぼのきらめく水面が迫ってくる。


 いけない。このまま落下しては植えたばかりの稲を根こそぎ倒してしまう。


 農家の皆さんの頑張りを、怠惰な幽霊であるこの俺が台無しにしてしまう。



 その無念には不思議と、以前感じたことがあるかのような懐かしさがあった。



 無駄と分かっていながら水面に向けて手を突っ張り、目をきつく閉じる。


 俺はそのまま大きな泥水のしぶきを高々と上げ、田んぼへと着水──



 しなかった。



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