ポンコツ系幽霊と二郎系巫女⑤
俺のポンコツ挨拶を受けた少女は、しばし呆気にとられたあと、「キサラギキョウカです」とぺこりと頭を下げた。
漢字で書くと、樹木の木に食器のお皿、地球儀の儀、パーティーなどを意味する饗宴の饗るという字(“響く”ではないのでお間違えのないよう、とのこと)に豪華なほうのハナの字。
木皿儀饗華。
画数がやたらと多く荘厳で絢爛なその名は、さっきまでチェッカーと呼ばれハードボイルドに決めていたスカジャン少女のものとすると意外にも感じさせたが、どんなに豪奢な名前の人物とて、産まれたときには等しく小さな赤ん坊であるわけだし、そもそも借り物の名前しか持たない幽霊の身で他者の名前にもの申す道理もない。
自己紹介を終えた饗華は、ハッと顔を上げ、まだ挨拶失敗のダメージが回復せず動かないでいる俺をしばしジーッと見つめていたが、やがて得心したようにポンと手を叩いた。
「あー! ツアーのお客様! よかったー」
なにがよかったなのか俺たちに聞く暇も与えず、また「コホン」と咳払いをして姿勢を正した。
「ようこそおいでくださりました。村人一同、歓迎いたします。巫女の木皿儀饗華と申します。」
言ってうやうやしく一礼した。
巫女と名乗られたからイメージに引っ張られたのかもしれなかったが、それはハードボイルドでも素の声でもなく、神楽鈴のように響いて空間をぴしゃりと引き締めるような声だった。
スカジャンの余って垂れ下がる白い袖が、奇しくも巫女装束を思わせた。
「もうご存知かもしれませんが、ご逗留中、いくつかの掟を守っていただきます。社の撮影はご遠慮くださいませ。それと、夜道で名前を呼ばれても振り返らないこと、山へ立ち入らないこと……」
所作の突飛さと美しさに、この挨拶を見ていたいと感じて誤解を否定せずにいたのだが、そこで巫女の口上はピタリと滞ってしまった。
「あとなんだっけ……久しぶりだから忘れちゃった……えーと、寝る前にジュースを飲んだらもう一度歯磨きをすること」
「それはお前んちのハウスルールだ」
リンがさえぎった。
「その人はツアーの人じゃないよ」
「え、じゃあ……」
「フツーのお客さんというか、アライバさんといって……」
その言葉を聞いた少女は信じられないといった様子で少年に詰め寄った。
「だれというか、なに、このキレイな人?! まさか……まさか兄様……いかんよ! あんな都会の香り漂う美人さん、兄様みたいな非モテにはノーチャンスだよ! ボディタッチとかされとらん? 勘違いしちゃダメだよ! 絵とか壺とか買わされてから気づいても遅いんだよ? 目ぇ覚ましゃあ!」
ガッシリとリンの肩を掴んで揺さぶっている。
なにかを勘違いしているらしい。
おそらくは少年と俺の双方にとって不名誉な勘違いを。
さっきまでの口調は演じていたものだというのはわかるが、いくらなんでも性格が変わりすぎていないか?
というか少年、従妹に“にいさま”と呼ばせてるのか……。
かくいう俺も“お義兄様”と呼ばれてはいるが、あれは義妹が勝手に呼んでいるだけだ。
彼らの場合も同様である可能性もあるし、俺の偏った知識で判断しドン引きするのは簡単だが、俺が知らないだけで、もしかしたらそんなに変わったことではないのかもしれない。
マンガかなにかみたいで夢があるなあ。
初めて訪日する海外のアニメファンってこんな気持ちなのかもな。
少年は激しく揺られながら、憮然とした表情で乾いた笑いを上げている。
「ハハハハ、不愉快不愉快。……それと、僕が非モテであることはこの場ではなにひとつ関係ない!」
「じゃあ、じゃあ……すでにお金のやり取りがあるの? レンタル彼女? デートくらい言ってくれりゃあいくらでも付き合ったるがね!」
「ちっがう! 話を聞け! まだ太ももに頭をぐっぽりと埋めてもらっただけだ!」
お前はお前でなにを言ってるんだ。
そうだった、こいつ思ったことを軽率に口にしやがるんだった。
嘘ではない、嘘ではないが……“ぐっぽりと埋めてもらった”という説明はどうだろう……誤解を招くどころか自分から迎えに行っている気がする。
饗華はその一言を聞いた瞬間雷に打たれたかのようにビタリと硬直した。
「え……そんな……ウソだ……兄様が……」
掴んでいた手を離し、饗華はふらりと俺のほうへ振り返った。
幽鬼のようなまなざしで、斜め下から貫かれる。
おお、素晴らしい。俺なんかより怨霊の才能を感じるぞ。
「あなた……あなた、どういうおつもりですか? 言っておきますけど!」
と、巫女はスカジャンを翻しながらビッシと俺を指さす。
「兄様はたしかにそこそこカワイイ顔してて一本気で頼れるように見えますが、裏を返せば頑固なお人好しでその実救いようのない中二病で、オカルトにハマったあげく降霊術とか言って変な口調でしゃべったり変なもの食べたり変な服着たり、高校生になったいまでも日々女の子のえっちなフィギュアにかこまれてニヤニヤしているクソオタクで肝心なところでポカするノンデリだからろくに友達もいないし、人の心の機微を解さないクソボケ鈍感のくせして女性にちょっと優しくされただけで自分のこと好きだって勘違いしちゃうんですよ! 中学のときそれらが多角的複合的に混ざり合ってそれはもう手がつけられない、目も当てられないほど悲惨だったんですから!」
「お、おぅ……」
立て板に水ってこういうことなんだろうな、と思わせるなんらかの叩き売りのような小気味よい演説で、素直に感心して聞き入ってしまった。
とても今日初めて会った相手に聞かせるべきではない、いや知り合いであろうともわざわざ明かす理由が一切ない赤裸々な内容だったが、透き通るような可憐と言って差し支えない少女の声でスラスラまくし立てられると、よく聞き取れて不思議と心にストンと入ってくるというか……当の少年には災難でしかないが……。
止めた方がいいよなと、なんとかしてくれとリンを見たが、頭を両腕で抱えるようにしてもだえていたので、声をかけるのははばかられた。
「あのときは到底擁護不可能な完全なる自業自得とはいえ、逆に誰もバカにしないほどの痛々しさだったとはいえ、若気の至りと流すには重すぎるやらかしだったとはいえ、クラスメイトの前で完膚なきまでに振られて傷ついた兄様、私の胸でめそめそ泣いて可愛かったなあ……アァー……かーいかったァ……」
しめた、暴走した饗華がトリップして美味い酒を飲んだオッサンのように思い出を噛み締めている。
この隙にリンのほうへ行って態勢を──ダメだ。アスファルトにうずくまって呻いている。
あ、懐からCO2ボンベを取り出した。
現在と過去からダブルパンチで襲い来る羞恥に堪えかねて気絶する気だ。心霊現象に遭遇してもいないのに。
「月宮式──」
「おらァ!」
俺の横を風が通り過ぎたかと思ったら、リンの横にはすでに饗華の姿があり、彼の持つ銀色のカプセルだけを正確無比に蹴り抜いた。
金属音を響かせて、カプセルが付属の器具と分離し遠く転がっていく。
「危ないからやっちゃかんって何度言えばわかる!?」
びっくりした。人間ってあんなに速く動けるのだな。
小柄だから見くびっていたが、なにかスポーツをやっているんだろうか。
二酸化炭素を一気に吸うことで失神する行為には重篤な後遺症のおそれがある。
危ないからやめろという意見には完全に同意なので「そうだぞ」と合いの手を入れておいた。反省しろ。
フウゥと息を吐く饗華。
安堵のため息ではなく、どう猛な肉食獣のそれだ。
「こうなったら仕方ありません。はーちゃんに付きまとっとったあのガキと同じように、わからせるしか……」
剣呑な声音を発して柵に歩み寄り、立てかけてあった金属バットをアスファルトにジャラリとかすらせながら手に取って、物騒なことを言っている。
「え、ラブレターのやつか?」とリン。
「違う、逆チョコのやつ」
「そっちか、でかした!」
「えへへー」
なんということだ、こいつら日常的に私刑をおこなっていやがる。
一般社会の常識が通じないことは火を見るより明らかだった。
因習村の住人としてはひどく相応しい。
死んでいるのに身の危険を感じる。
俺は素早く逃走経路(と言っても来た道しかないが)を確認した。
透明になれば文字通り目くらましにはなるだろう。
逃げおおせたら改めて別の人間を探して頼ろう。野球ネタで取り入ろう。
いくらなんでもこいつらよりはマシなはずだ。
「!!」
饗華が目を見開いて動きを止めたので、俺もつられて身を固くする。
「ふふふ……フフフフ」
スカジャン巫女が笑っている。
もう行動を予測することはとっくに諦めていたが、今度はなんだというのか。
俺はライオンの視線を察知したシマウマのように、いつでも走り出せる準備をして慎重に動向を注視する。
「フフフフ……はは、ハハハ! ははハハハハハハッ!」
聞いているうちにそれが単なる笑い声ではないことに気づき、このまま看過していいのかと、俺は嫌な予感に支配される。
これはチューニングだ。
声がだんだんと太く、豪快になっていく。
笑いながら饗華は、右手だけでバットをぐるんぐるんと回し、やがて自らの身体と並行、地に垂直にガンッと突き立てた。
見間違いだろう、そうであってほしいが、バットの先がアスファルトに突き刺さって自立しているようにも見えた。
「ハハハハハ! おい、お前、お前ェ……“バカ萎え”とか言ったなあ!」
「言ってないが」
いまは非常時なので軽く流しておくが、あとで自己紹介をやり直す必要がある。
「お前、人間じゃねえじゃあねぇかよォ!」
「なに?」
退路を目の端で探っていた俺は、突如幽霊であることを看破され面食らう。
少年と出会った時の反応からすれば、普通の人間には見分けられないはずだ。
さすが巫女、これが神通力……ホンモノってことか。
「かなえさん! 透けてる! 透けてる!」
地に伏せたままリンが叫ぶ。
「え?」
視線を落とすと、身体がわずかに透けており地面のアスファルトが見えた。
動揺してまたしても意にそぐわぬ透明化をしてしまったわけだが、ここまでの展開を目の当たりにして一切動揺しないやつはもはや死体だろう。
とはいえこうなってしまっては言い逃れは不可能だ。
どうしてこうもアクシデントばかり起こるのか。
考えてみれば俺はこの世の初心者なのだから、いわば赤ちゃんなのだ。
もう少し難易度低めのイベントから始めさせるべきではないか。
「お嬢さん、透けてる人間に会うのは初めてかい?」
赤ちゃんは自らを省みたりしない。開き直るのみだ。
余裕の笑みで精いっぱい強がりながら、じりじりと後ずさる。
「会話が成り立つ妖怪変化もめったに見ねえがな」
饗華は途中で噛み砕いたのか、とっくに舐め終わってガジガジと噛むばかりとなっていたキャンディの棒を丁寧にジャンパーのポケットにしまい、目線だけリンのほうへ向ける。
「なんてもん憑けてきやがったんだアニキ、さてはあの場所に入ったんか!」
「おぉ……」「おおー」
思いがけずホンモノの怪談テンプレ台詞を聞けたことで、俺はこんな状況にもかかわらず少し感動していた。
なぜ少年まで感嘆しているのかは知れないが。
「傑作だぜ。おあつらえ向きだなぁ。最初からこうすればよかったんだよなァ!」
饗華はバットから手を離し、水筒と虫かごを後ろに置いてから、空手の型のようなそぶりで腕を振り回す。
うわ、やはりバットは路面に突き刺さっている。
三つほどポーズを連続でとったあと首の後ろからフードを引っ張り出し、勢いよく被った。
ツナギだと思っていたそれは、覆面から足元までひと繋ぎのヒーロースーツであった。
「霊感索敵! 反応あり!」
脱ぎ捨てられたスカジャンが宙を舞う。
「超能力騎士! サイコチェッカー!」
のどかな風景に不釣り合いな名乗りが、あたり一面に響く。
バットをアスファルトから大げさな動作で引き抜いて、これまた騎士の名に似つかわしくない、体勢を低くした忍者を思わせるケレン味たっぷりの見栄を切る。
「ぶっ祓うぜ!」
ちょっと透けることができる程度の俺にどうすればいいというのか。
ゲームバランスが崩壊している。




