気に入った子の弱点を握って悪い事するよって宣言する話
夕焼けが暖かく、秋の校舎を燃やしている時。
午後の六時頃。
一人ですたすたと。
廊下の中を歩く。
目指すはあの子が密かに会う場所。
暴かれたくない内緒を、誰かと共有する場所。
人から指さされる出会いを楽しめる為の、ただの部室。
秋風が頬を撫でて、髪の毛をするりと通る。
今日はかなり涼しい。
窓の外には帰る支度をする人が何人かいて、私が気に入ったあの子とそこそこ、仲のいい友達もいる。
楽し気に笑い合う顔が素敵だ。
その笑顔を真似してにっこりと笑ってみながら、部室の前に立つ。
中から人の声がする。おそらく、二人。
男と男の声。
とても楽しそうな会話を交えているのだろう。
噂によれば、私が気に入ったあの子は男と付き合っているみたいだ。
噂によれば、あの子はよく男を変えるみたいだ。
噂によれば、触れ合いが多いみたいだ。
誠か否かはまだ知らん。
中をそっと覗けば、どっちなのかわかるだろう。
カメラを開いて、そっと。
窓の外から中の景色を映し出す。
そうやって数秒。
十分に撮ったと思ったらスマホをしまって廊下の、窓の真下に座り込む。
写った景色を眺めてみると。
噂通り、先月とは違う男の子が見えた。
噂通り、指を絡め合っていた。
噂通り、男と付き合ってるのだろう。
噂とは嘘の塊だと思っていたものだが、この噂に限っては本当だったみたいだ。
「ふふ…」
いい事を知った。
◇
午後の7時頃。
お別れの後にはそれぞれの道へと歩いて行く。
いつも通り。
どんな相手でも、同じ。
同じ日々だ。
ちょっとだけ退屈で、時に危うい日常。
つまらないけど大切な毎日。
「ね、君」
ぴたりと。
聞き覚えのある声に足が止まってしまう。同じクラスで何度か聞いた事がある声だ。
関わりが少ない子だから、名前は覚えてない。
「ちょっと暇?色々、話したい事がある」
その子はなんだか話があるみたいだ。多分、悪い話ではないと思える。
まっすぐ、瞬きもせず俺を見ているんだ。
大きな決心をした人だけがこんな顔が出来る。
「なに?」
「暇なんだ。じゃあ」
そう思って、ほんの少しの警戒もせず。
向けられるスマホの画面をじっと眺めると。
「ちょっと、脅しに来たんだけど私」
「……は?」
先程の密会の場面が、そこには映っていた。
最近広がっている噂たちの後押しをするにはちょうどいい動画ではないか。
「バラされたくないんでしょう」
何故にこのような事を。この子に迷惑をかけた記憶は一切ないと言うのに。
ただの嫌がらせなのか。
とにかく、ばら撒かれるのはいけない。
「………なにが目的?」
「そんな怖い顔しないで。ちょっとだけ悪い事をするつもりなんだから」
普段からなにを考えて生きているのかわからない人からの、『悪い事』の宣言。
とても予想出来ない。
不安だ。
「私ね?君が結構、気に入ったんだ。どこが気に入ったのかは曖昧でわからないけど」
気に入った相手に脅しをするのが当たり前の思考なのか。いったいどんな教育を受けてきたのか。
「安心してもいいよ。恋愛みたいな感情はないと思うから。単に私は君という人間にとても惹かれるだけだよ。ほら、何となく気になる人って感じ」
一歩、近づいてきた。
顔はにっこり。どこかで見た事がある笑顔のまま。
「そんな顔しちゃ、ちょっと昂るじゃん。やめてよ」
また一歩。
だんだんと近づいて来る目の前の子がなんだか、怖く感じられる。
なにをされるか予想が出来ないからなのか。
「なにが…」
「欲しいのか?」
未知への恐怖とはこういう事か。
「私ね、君の中に私を刻み込んでやろうかなって思ってるの。好きになってとか、仲良くなりたいとか、思ってないよ。興味もないし」
「興味もないのに」
「恋とか友とかの話だよ。君って人にはとても興味津々だよ」
なにを言っているのかわからない。
興味ないのに興味があるなんて。
「具体的に何をするかって言うと私ね、これから君の日常の隅っこに現れようと思ってるよ。断るわけないだろうけど、もし断ったらばらまいてあげる」
ばらまかれるの自体はなんとかなるが、断れそうな雰囲気ではない。断ればただばら撒くだけで済まないと、思う。
危ない女だ。
「簡単に言ったらストーカーになるって話だよ。好きかな?」
頭が狂ったに違いない。
「好きなわけないだろうな。私も嫌いなんだから」