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後編


 煌びやかな舞踏会の喧騒の中、一際気品を放つドレス姿のエルナは、一人静かに社交の輪の端にいた。

 先日、自らの意志でセシルとの婚約を破棄したことは、既に貴族社会でも話題になっている。


「エルナ。少し、いいか?」


 その声にエルナが顔を上げると、そこにはセシルがいた。


 少しやつれたような顔。

 けれど、どこかまだ“自分の価値”を信じているような目つきだった。


「……もう全て終わったはずよ、セシル様」

「終わってなんかいない。君が一方的に婚約破棄を申し出たって、俺は……!」

「あなたは私が悲しむ様子を見て、愛情を確かめたかっただけでしょう? それを“愛”と呼ぶなら、私には不要です」

「……」

「ただ、それだけの話なのですよ」


 エルナの言葉は冷たくも毅然としていた。

 周囲の人々がざわめき始める。数人の令嬢たちが気まずそうに視線をそらした。


「……セシル様、もしかして、他の方々にも“試していた”のですか?」


 ぽつりと、ある令嬢が問いかける。

 その瞬間、場の空気が変わった。数人の令嬢が声を上げる。


「私もセシル様に“特別だ”って言われましたけど……エルナ様と婚約中だったんですよね?」

「私は“婚約は名ばかりで心は自由だ”って……そう言われました!」


 セシルは顔面蒼白になる。


「ま、待ってくれ。これは誤解で―――」

「誤解ではありませんよ。私が黙っていたのは、家のためです。ですがもう我慢する理由はありません」

「エルナ……!」

「私の愛を試したと言いながら、結局はあなたのほうこそ紛い物だったのね」


 エルナは淡々と言い切った。


 貴族たちの間に広がるのは、“アインスロー家の後継者不適格”という視線。

 セシルは顔を青くするばかりで、言葉を紡げなくなっていた。


「あなたが何を言おうと、私は私の意思で未来を選びました。セシル様、これで本当に―――お別れです」

「ま、待ってくれ……!」

「セシル様、さようなら」


 エルナは静かに頭を下げ、セシルの元を離れる。

 誰もエルナを追いかけることはしなかった。



―――――

―――



 舞踏会の喧騒から少し離れたテラスで、涼やかな夜風がエルナの頬をなでていた。

 セシルとの最終的な決別は、思ったよりもあっさりしたものだった。


 怒りも、恨みも、もう心には残っていない。

 ただ一つ、深く吸った空気のような解放感だけが胸に満ちていた。


「……やっぱり、エルナ様はすごいですね」


 その声に、エルナは振り返った。

 月光の下に、リオが立っていた。今宵の礼装姿は普段の騎士服とは違い、彼の整った顔立ちと優しげな雰囲気をより際立たせている。


「リオ……来ていたの?」

「エルナ様の晴れ姿を、見逃すわけないじゃないですか。久しぶりに、あの頃のエルナ様の強さを見た気がします」

「あの頃?」

「エルナ様が、まだ笑えてた頃の話です。僕がまだ“ただの子爵家の次男坊”で、あなたに名前を呼ばれるだけで嬉しかった頃」


 エルナは思わず、目を見開いた。


 学問所で共に過ごしていた、懐かしいあの頃。

 まさかこんな風に再会し、想いを口にされるなんて思っていなかった。


「……前はもっと、子犬みたいに人懐っこかったのに。やっぱり女の子に慣れているみたい」

「それは心外ですね。今も昔も、一人の女の子のことだけを思っていたのに」

「えっ」


 冗談めかして笑った彼の瞳には、けれど真剣な光が宿っていた。


「僕は、ずっと思っていたんです。もっと力があったら、あなたの涙を止められたのにって。けど……今は少しだけ、自分に自信があります。騎士団で名を上げて、少しだけ偉くなって」

「……そうね、見違えたわ」

「―――だから、言わせてください」


 リオは一歩、彼女に近づいた。


「僕は、エルナ様が好きです。昔からずっと」

「リオ……」

「あなたが誰かのものになるのを黙って見ていた自分を、何度も責めました。でも今は違う。今の僕なら、あなたを守れます。だから――もう一度、君の隣に立たせてほしい」


 風が吹く音すら止んだかのような静寂。

 エルナは小さく息を吸って、口元に笑みを浮かべた。


「……嬉しい、ありがとう」

「エルナ様……」

「私も、あなたがいてくれて何度も救われていたの。あなたが今ここでそう言ってくれるのを、きっとどこかで待ってたのかもしれない」


 リオの頬が、ほんのりと赤くなる。


「そ、それって……!」

「私のこと、思い続けてくれてありがとうね」


 リオの瞳がぱっと輝いた。

 そしてリオは、これまで一度も握らなかったエルナの手を、優しく包み込んだ。

 初めて握ったリオの手は、大きくて温かかった。



―――――

―――



 夜も更け、舞踏会は終わりに近づいていた。

 灯の落ちた宮殿の中、エルナは静かに帰り支度を整えていた。


 長い夜だった。

 過去を断ち切り、自らの言葉でセシルに終止符を打ち、リオの真っ直ぐな愛を受け止めた。

 きっと、人生で一番勇気を使った一日だった。


「エルナ様。お迎えの馬車が、参りました」


 控えていた侍女が声をかけてきた。


「ありがとう。もう行きましょう」


 そう答えてから、エルナはそっと扉の方を振り返る。

 リオが、まだそこにいた。

 まるでエルナの背中を見送るのが惜しいかのように、じっと。


「ねえ、リオ。私、しばらく実家には戻らず、別邸で静かに暮らそうと思ってるの。しがらみも少ないし、仕事にも集中できるわ」

「エルナ様らしい決断だと思います。でも……もし寂しくなったら、僕を呼んでくれますか?」


 リオの問いに、エルナはふっと笑った。


「時々じゃなくても、呼ぶわよ?」

「じゃあ、毎日行くことになるかも」

「……それでもいいわ」


 目を合わせて笑う。

 その笑みは、かつてのエルナのものとは違っていた。


 苦しさや哀しみで張り付いた仮面ではなく、本当の意味での、自由な笑顔。


 あの日耐えて、沈黙して、ひたすらに“いい子”でいようとした自分。

 あれはもう終わった。

 もう誰かの期待に応えるためじゃない。


 これからのエルナは、自分の人生を、自分の意志で選んでいく。


 馬車へと向かうその背に、リオはしっかりと視線を送った。

 そしていつか隣に並んで歩く未来を思い描きながら、そっと呟いた。


「……これからは、僕がずっと支えます。君がどんな道を選んでも」


 エルナは振り返らない。けれどその足取りは、まっすぐで、力強かった。


 ―――私の未来は、私のもの。

 そしてその未来には、リオと笑う私がいるのだ。

よければ評価等、ぽちっとお願いします!

6月からは長編投稿予定です。


ついでに、今私がめちゃくちゃ推してる異世界恋愛もののコミカライズも読んでください……! 超オススメです。

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― 新着の感想 ―
このクズの浮気男、刺されるか除籍されればいいのに。
なぜかはるか昔彼女が6人居た知人を思い出した(;・∀・) まぁ奴は他に彼女いるのを隠さず六股して、一部彼女同士が仲良しで不思議な関係だったが(;・∀・) このクズ男は想像以上のクズ男だった(;・∀・)…
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