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1/3

前編

計1万字以下で全3話です。


 煌びやかなシャンデリアが揺れる大広間。

 王都で開催された舞踏会は貴族たちの社交の場として、今宵も賑わいを見せていた。


 そんな中、エルナ・ヴァレンティアは静かにワイングラスを傾けていた。

 隣には本日もまた、彼女の婚約者であるセシル・アインスローがいない。


 視線の先。

 紅いドレスの令嬢と楽しげに踊るセシルの姿が見える。

 彼の口元には、エルナが見たこともないような笑みが浮かんでいた。


 ―――何度目だろう。

 そう思いながら、エルナはひとつ息を吐く。


「嫉妬しないの? あなたの婚約者が他の女性と踊ってるのに」


 背後から、くすりと笑いを含んだ声が聞こえた。

 侯爵令嬢のルミナだ。セシルに熱を上げていることで有名で、今夜も彼女はわざとらしくエルナに絡んでくる。


「ええ。毎度のことですし、驚くようなことではありません」

「まぁ、そうですのね」

「思ったような答えが得られず、残念でしたか?」


 エルナはにこやかに微笑んだ。

 その完璧な淑女の笑みに、ルミナはわずかに顔を歪める。


 平然を装うのは、もう慣れたものだ。

 だけど、本音を言えば。


 ……この人は、いつまで私を“試して”くるつもりなのかしら。

 そんな言葉が思い浮かんで、エルナはふっと瞳を伏せた。


 セシルはいつも、エルナの感情を引き出そうとする。

 他の令嬢に贈り物をし、舞踏会では誰かと踊り、わざとらしく噂を流す。

 そのたびに彼は、エルナの顔色を盗み見るのだ。まるで、愛されていることを確認したいかのように。


 だけど、愛しているのなら―――なぜそんな方法しか取れないの?


 ワインを一口飲む。

 喉が焼けるように熱いのは、きっとアルコールのせいではない。


 今日こそは、もう我慢できそうになかった。


 セシルと視線が交わる。

 彼は、まるで勝ち誇ったように口元を吊り上げた。まったく、子どもじみた笑みだ。


 エルナはそっとワイングラスをテーブルに置いた。


 「失礼。少し、外の風にあたってまいります」


 誰に言うでもなく呟き、大広間を後にする。

 だがこの夜エルナの中で何かが、音を立てて崩れ始めていた。



―――――

―――



 涼しい夜風が、エルナの頬をなでた。

 石造りのバルコニーに出ると、遠くの街灯りがかすかに瞬いている。


 心臓の奥に、いつからか張り詰めていた糸がある。

 それはもう、限界寸前まできしんでいた。


「……エルナ」


 背後から聞こえた声に、エルナはゆっくりと振り返る。

 セシル・アインスロー。エルナの婚約者。いや―――もう、そう呼ぶべきかも迷う相手だ。


「君って、本当に変わらないよな。さっきだって、俺が他の子と踊ってても無表情で」


 セシルは笑う。

 その顔には、悪びれた色など一切なかった。


「どうして何も言わない? 悔しくないのか?」

「……悔しい、ですか?」


 エルナは少しだけ瞳を細めた。

 喉の奥で、何かがぐらりと揺れた。


「あなたもしかして……私が嫉妬して泣いたり、怒ったりするのを期待していたの?」

「っ……」


 セシルは言葉に詰まったように、眉をひそめる。

 その反応だけで、十分だった。


「……哀れな人ね、あなたって」


 静かな声だった。

 けれどその一言は、鋭利な刃のようにセシルの心を突いた。


「っ、エルナ?」

「愛されたいなら、素直に言えばよかったのに。どうしてそんな回りくどいやり方でしか、人の心を試せないの?」


 その声は冷たいのに、不思議なほど静かだった。

 静けさの中に、確固たる“終わり”の気配が漂っていた。


「君が、俺に本気の気持ちを見せないから……」

「私は、家のためにあなたとの婚約を受け入れたわ。でも、それでも私は……あなたを見ようと、歩み寄ろうとした。けれど、あなたが差し出してきたのは“疑い”と“意地悪”だけだったでしょう」


 エルナの唇がきゅっと引き結ばれる。


「あなたが私にくれたのは、ただの試練。何年も耐えて、何度も心の中で叫んで、それでも私はあなたを嫌いにならないように努力してた」

「……」

「―――でも、もういいわ」


 セシルの顔から、いつもの余裕が剥がれ落ちていく。


「ちょっと待て、エルナ。今夜は―――その、君の気を引きたくて……!」

「気を引きたいなら、なぜ令嬢たちと親しげに踊ったの? わざわざ、私の目の前で」

「……」

「ねえ、セシル。あなたにとって私は、“どれだけ耐えられるか”を試す玩具だったの?」

「ちがっ……!」


 セシルは言葉を失い、何かを言いかけては口を閉じる。

 だがもう、彼のどんな言葉もエルナの心には届かない。


「……申し訳ないけれど、この婚約、破棄させていただくわ。正式な手続きは後日、父とともに」


 淡々とした声音で言い放ったその瞬間。

 エルナの背中にまとわりついていた何年分もの重みが、ふっと剥がれ落ちた。


「君は俺を捨てるのか? 本当にそれでいいのか!?」


 セシルが必死に言葉を投げるが、エルナはふっと笑った。


「捨てたんじゃないわ。あなたが、自分で私を手放したの」

「まっ……エルナ! 待ってくれ!」


 夜風が彼女のドレスをふわりと揺らした。

 背後から呼び止める声はもう、彼女には届かない。


 ―――そうして、エルナは“過去”を置き去りにして歩き出した。

 まだ見ぬ“未来”に向かって。


続きは12時過ぎです。

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― 新着の感想 ―
捨てられてもおかしくない事しといて何言ってんだ?このクズ男(;・∀・)
一番最後のセシルの発言のところですが、エルナの名前がセレナになってますよ
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