ショートショートというか書き出しのテスト
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フーモト男爵家の令嬢アカリーヌは走りだした。
襞が重なり赤い刺繍のはいったドレスをつまんで上げて、兎皮の靴を滑らせる。
(この市場に馬は乗り入れ禁止だってば)
心でつぶやきながら見つめるのは20メートルぐらい先。広場へ松並木から入ってくる白馬に乗る人物。
アカリーヌの栗毛色で長くやわらかい髪が緩いウエーブを踊らせる。森から聞こえるニイニイ蝉の騒ぎものどかに響く広場を急ぐ。
(冷やかし半分の貴族がたまに来るし、どっかのお坊ちゃんでしょ)
どこかの若い令息と予想する。いつもより不満でパンク寸前の風船みたいに心はなっていた。昨日はお茶会へ行ったのだが。
(同じ男爵家の子が誕生日で、そのお祝いだったけど。マナーも知らない男が邪魔しにきた)
交流の場だから、男性が声をかけて来ることもある。
(男爵家の子かー、と逃げてった。ドレスですぐ気づくでしょうが。分かってワザとやってんだよ。思いだすと、またイライラする)
そういうわけで、きょうは機嫌も斜め。
メイド服の大柄な女性が斜め後ろから追う。気遣うようにアカリーヌをみつめ、大股でしっかりした足運び。いつでも前へ行ける余裕があるらしい。
ここはアトゥカラ王国のフーモト地方。古代から男爵が支配する山の麓に広がる町だ。建国二百年余りのアトゥカラ王国より長い歴史を持つ家系のフーモト男爵家。そこの長女アカリーヌは田舎町の市場を任されているし、貴族家令嬢としても、約束ごとを破る者へ黙っていられない。
アカリーヌは立ち止まる。十八歳のきめ細かな頬へ、初夏の暖かな日差しが照らす。
「はあっ」ひと息ついて見上げた。白馬に乗る人物は午前9時の太陽でシルエットになる。
勢いで走ってきたから、考えをまとめたい。
(べつに喧嘩をしたいわけじゃないけど。規則も入口に書いてあるし。ひとこと注意をしたいのは確かだし、引き下がれない)
初夏の太陽にきらめく空色の瞳を、まっすぐに相手へ向けた。
「市場内は歩行者専用ですのよ。降りていただけるかしら」
声に馬が警戒したか、鼻息荒く首を振り顔も近づける。
(おっと、危ない) 一歩ひく。たてがみが揺れて生臭い匂いが漂う。
横に立つ連れの騎士が馬をなだめた。
穏やかな低音の声が馬上から響く。
「失敬したな」
シルエットが揺れて傾き、長い足が弧を描く。背を向けて地面へ降りたのは男性特有の髪を後ろへ丸めた形。
(うわっ高) 頭ひとつ分も背丈がある。
(乗馬着だね。やっぱり貴族)
相手は黒い裾長ベストと膝上までのパンツ姿だ。
身体を巡らせてアカリーヌと対面した男性は松の枝からこぼれた陽だまりの匂いが漂う。
(イケメンだ)
相手を見上げたまま視線を落とす。半袖の上着から、筋肉質だが、しなやかな腕が伸びる。
(王城の宴会やお茶会では会ったこともないけど。他国の貴族かしら)
このあたりでは国が違っても同じ言葉のジャポネ語だ。看板の文字も読めたと思うが、いけないよ、と喋られない。
(えっと。馬から降りてはくれた。良いのかな。でも何これ)
荒々しさがにじみ出るような目の前の人物へ、顔が歪むような不満のある表情を見せるのはためらう。
(男には興味もないけど。どきどきするのは、走ったせいかしら)
男性といっても、気取った挨拶と台詞を吐く貴族に興味がなかった。
(口は上手くないけど行動的な、騎士かしらね)
騎士たちが男爵家を貴族として扱うし、話も合う。
(それでも、騎士を連れてるから貴族だよ、きっと)
市場へ悪戯にくるふざけた表情の男性たちとはちがう雰囲気に、何者かと興味もでてきた。
(そうだ。とりあえず名乗って挨拶だよ。わたしゃ何をしてるのやら)
冷静になり目の片隅で相手を見る。深く青い瞳が、なぜか睨んでいるのに気づいた。
「なにか?」
右足はちょっと引いて肘を曲げる。拳を作り喧嘩腰という態勢。男性は苦手だが、イチャイチャラブラブのことだ。
(蹴飛ばしてあげる。いくらイケメンでも意味不明な視線は、嫌だ!)
弟とだが、取っ組み合いもした。
(男は狼なのよ。神話時代のことわざにあったよね)
警戒するが左の足が震える。爪先に力をいれて強く踏ん張った。
「俺を忘れたかアカリーヌ」
(言われましても。いや、ちょと待て。どこかで)
「どなたでしたっけ」
(ここは素直に教えてもらおう)
「相変わらずだな。白馬の騎士だ」
「あっ。そうだった」
(ぅわ、ぅわっ。白馬の騎士さんとのことを話したら長くなるよー)
そういうわけで、超変SFファンタジーを近日(365日以内)公開。
(久しぶりに白馬の騎士さんと)
注→以下の描写は作者の悪乗りですので削除。