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旅の付き添い人を決めないといけない話

ルイ王子復活の混乱の騒ぎの翌朝、ビアンカは優雅な朝食を家族ととっていた。

ビアンカに転生してからの生活は心労続きだったが、食事だけは本当に癒しの時間だった。

流石貴族というところか、味はとても美味しかったし、たまに和食は恋しくなるものの、フロース王国の東に位置するサルト国がどうやら醤油を輸出しているようで、ごくまれに和食のような味付けの料理が食卓に並ぶこともある。

お腹いっぱい食べて、心優しい両親と団欒の時間を過ごして。

この食事の時間がなければ、ビアンカの精神はとうにやられていただろう。


今日の朝食はスクランブルエッグとベーグルだ。

ふわっふわのスクランブルエッグは、深谷芽衣子時代にはとてもじゃないけど作れなかった、ホテルの味がする。

久々に食べる穴の空いたパンを見つめながら、ビアンカは小さなため息をついた。

「ビアンカ、学校は無理しなくていいのよ?」

「そうだ、旅の準備があるからと断れば良い。」

両親は甘い。とにかくビアンカを甘やかして育てた。

だから、あんな原作のような悪女が生まれてしまったのだろうけど。

ビアンカのためとならば。と、両親は王子と婚約できるよう様々な悪事を働き、ロベリア家を蹴落とそうと画策したが、うまくいかず。痺れを切らしたビアンカが自分で毒殺を企てしまい、結果家族もろとも罰されるのが原作の運命。

そんなヘマは絶対にしない。

「いえ。こういう時だからこそ普段通りに生活することが大切ですわ。」

にこりと笑うと、母親が強くなって…と涙ぐんでいた。

全く、大袈裟な。しかしこの両親が敵ではないことはビアンカにとっては大きいことだった。

「それに、アガペ王国に同行してくれる方を探さないといけないですから…」

アンヌが収集してくれた留学生の一覧表を見ながら、ビアンカは意外と多い…と呟いた。

アガペ王国は、フロース王国にとって第一の貿易国であるし、お互いの国の行き来も頻繁に行われる。

フロース王国の南東に位置するその国は、第一民族が獣人であり、「愛と武闘の国」と呼ばれている。

初めて獣人を見た時は、ビアンカは思わず飛び上がってしまったものだ。

耳が…生えている。

前世で動物好きだったものだから、触りたくて仕方がなかったが、はしたないと周囲から見られるのを危惧して遠目で見るしかできなかった。

旅に同行してもらったら、少しはお近づきになれるだろうか?

そんなことを考えながらビアンカは朝食を完食し、行ってきます、と学校へ向かった。


「なんだか遠巻きにされていますね、ビアンカ様」

「そうね。」

変な目で見られるのはいつものことだが、ここ1年デフォルトだった攻撃的な視線ではなく、畏怖が含まれているような視線だ。


「第1王子の脚を治しただなんて……」

「喜ばしいことではあるけど得体の知れない力を持っている方ね」


ひそひそ話は止まらない。

ああ、どうやらルイ王子関連で、叩くに叩けないが不気味に思われているようだ。

嫌味をぶつけられるよりは良いが、ルイ王子の脚に関してはビアンカ自身の能力ではないはずだから、何だか騙しているような気になってしまう。

とりあえずいつも通りの綺麗な笑みを貼り付けて、ビアンカは研究室へと向かった。


「コロニラ教授。」

「やあ、時の人。」

グレーがかった髪と緑の瞳は、彼の賢さを外見からも際立たせている。フロース国には何十人と魔法の研究者がいるが、コロニラ教授の知識の深さを超えるものはいないのではないだろうか。

何百年と生きている可能性すらある。

そんな生きる辞書のような人間に向かって、ビアンカはずいと顔を近づけた。

「王家に私の修学旅行のしおりのことをバラしましたね?」

「はて。」

ビアンカがしおりを裏で作成していのは、数名の教員が知っているが、詳細まで分かるのは一学年下の学年主任であるコロニラ教授しかいないはず。

とぼける教授に白い目を向けながら、ビアンカは研究室の椅子に我が物顔で座った。


「私はこのモラトリアム最後の期間を、研究室でゆっくり魔法の研究もお手伝いしつつ、学業に打ち込むつもりでしたのに…」

ビアンカは深い恨めしげなため息をついた。

「君に魔法の研究ができるとは思えないがね。」

コロニラ教授はいたずらっ子な表情を浮かべながら、ビアンカのために紅茶をいれてくれる。魔法の達人は紅茶のいれ方も最上級だ。

「して、時の人は何をお望みかね?」

ビアンカは紅茶にお礼を言いながら、にまりと笑った。

「教授の権限で、優秀なアガペ留学生を私に紹介して欲しいのです。」

ビアンカは留学生一覧を渡す。

「既に私の印象で勝手ながら候補を絞りましたが、この中で教授が推薦されたい生徒はいらっしゃいますか?」

フィオナが流す噂にそそのかされて、ビアンカの悪口を言っていたり、フィオナに媚びていた留学生は除外した。

そうしたら大分候補は減ってしまったが、それでも10人くらい残り、話したことのないビアンカにはよく分からなかった。


「ふむ…」

教授はしげしげと一覧を眺め、数秒経つと、一人の人に丸をした。

「ニーニャ・ペネロペ…あぁ、あの燃えるような赤髪の。」

魔法の腕もさる事ながら、先日の校内の武闘大会で優勝していた記憶がある。さらにペネロペ家は、アガペ王国の中でも貿易の要を担う商人の家系だったはず。

「確かに、適任な気がしてきました…!」

「…ただ、なかなかに人を選ぶ人間ではある。」

「人を選ぶ?」

「あぁ。なんでも人の本質を見抜く目を持っているという。社交性は高く、色々な人と話してはいるが、友人は作らずいつもどこか一線を引いている。」

「なるほど。声をかけても私が気に入ってもらえるかは分からないということですね。」

教授は頷く。人の本質を見抜く、か…。

もし本当にそんな目を持っているなら、ビアンカの転生前のことやずる賢さもバレそうなものだが。

まあ、ただの例えだろう、とビアンカは1人で結論づけて、ニーニャに会うことを決心した。

「コロニラ教授、ありがとうございます。」

ビアンカは優雅にお辞儀をすると、ニーニャを探しに立ち去った。

――

数秒後、コロニラは誰もいなくなった空間に名残惜しそうな顔をして呟く。

「優秀な助手候補を1人失ったかな。」

旅から戻る頃にはビアンカはこの学校には収まらない人間に成長していることだろう。


――

ビアンカは教授の部屋を出ると、まず競技場へと向かった。

ニーニャは学校の格闘部に入り、日々鍛錬に励んでいると聞いたことがある。この時間もきっと練習をしているだろう。

部活に入るくらいだし、そんな向上心がある人が果たして数ヶ月もかかるような旅行に時間を空けてくれるのだろうか。

だんだんと弱気になりながらも競技場についたので、ビアンカは観戦席の端っこに座った。競技場内にズケズケと入っていける精神は持ち合わせていなかった。

ニーニャは一瞬で目に入る。

その赤い髪が太陽に照らされてより輝いている。

模擬戦をやっているようで、相手の屈強な男子生徒の攻撃を諸共せず、ニーニャは常に新しい攻撃を出している。素人目で見ても、ニーニャのその手数が相手を圧倒しているのがよく分かった。

「……とりゃあ!!」

ニーニャのキックが相手の頬を捉え、ついに勝負は決したようだ。

わあ、と競技場で見ていた他の部員が声を上げる。

「ニーニャさん!キックにますます磨きがかかってますね!」

「いててて…流石に強いや…」

「いやいや、トルマンの動きもなかなかにスピードがあって良かったぞ!」

快活に笑うとニーニャは男子生徒の肩をバシバシと叩いた。

その雰囲気を見ても、ニーニャが部から慕われているのがすぐに分かった。

これは、旅行に連れ出すのは難しいかも…と、ビアンカが半分諦めかけて席を立とうとすると、

「おーい!」

と声が聞こえた。ニーニャがこちらを真っ直ぐ見て、手を振っている。

「お客さん、何の用?」

うわ、既にここにいるのがバレていたとは。


ビアンカが一瞬躊躇していると、ニーニャは、手を叩いて部員の方を向いた。

「一旦休憩にしよ!ちょっとあの人と話してくるね」

「え、でもあの人って…」

「ん?大丈夫大丈夫!」

そんな話し声が聞こえたあと、あっという間にニーニャは観客席の近くまで来ていた。

「ちょっと、降りてきてよ、なんか話があるんじゃないの?」

手すりに頬杖をつきながら、真っ直ぐな目で見てくる彼女にたじろぐ。赤髪から生える耳がぴくりと動いた。

「ええと……突然ごめんなさい。難しいとは思うけど、お願いがあって来たの。」

「旅の話?どうして難しいと思うの?」

「あ…」

既に知られていたとは。フィオナがまた噂を流しているのだろうか。

「あなたはこの格闘部で活躍しているし、そもそも学業もかなり真剣に取り組んでいると聞くから。それらに穴を開ける訳にはいかないかなと。」

「優しいんだね。大丈夫だよ、私は部長でもなんでもないし。学業は休業すればいい話。」

ニーニャはあっけらかんとそう言う。ビアンカは驚いて目を瞬かせた。

「そんな簡単に…でも本当に?私が旅への同行をお願いしたら来ていただけるの?」

「それは、あなたの説得次第かな。」

ニーニャは真面目な顔になると、ビアンカの目をじっと見た。

人を選ぶ、と教授は言っていたが、まさに今品定めされているのだろうか。

ビアンカはごくりと唾を飲み込むと、考えを張り巡らせた。

「ええと…そうね、まずは自己紹介をさせて。ビアンカ・クレチマス。あなたと同じ4年生。専攻は経済学よ。」

「うん。私はニーニャ・ペネロペ。去年留学生としてここに来ていて、専攻は魔法学。あなたの噂はよく聞いていたけど、どうして王族との関係が?第2王子の婚約者ではないんでしょう?」

流れるようにストレートな質問を繰り出すニーニャに、ビアンカは苦笑いを零すが、逆に過去のビアンカを知らないことは好都合だとも思った。

「昔…は婚約者候補だったのよ。家柄的にもね、両親もその前提で王族と話を進めていて。私は何度も王城に通って王妃教育を受けたわ。」

体に残る記憶が告げている、

王子への恋心からどんなに大変な勉強やダンスの特訓でも頑張っていたビアンカがいたことを。

「でも、成長するにつれ、王子殿下の想い人は別にできたし、私も王子殿下ではない方と歩む未来を探してもいいと思うようになった。ただ、私が旅行のしおりを作るのが上手いという噂が流れたらしくて、旅に同行することになったのよ。」

淡々と話すビアンカに、ニーニャはふーん、と相槌を打つ。

何だかあまり伝わっていないかもと思い、ビアンカは慌てて続ける。

「私はジャン王子とフィオナ嬢のことを邪魔しようとは一切思ってないわ。むしろ本当にお2人には幸せになって欲しいから。旅行も別に私は…」

行きたいわけではない、と続けようとしたが、ニーニャが口を挟む。

「アガベ王国で見たいものある?」

「え?」

「旅のしおり作るんだったら、あなたが割と自由に組めるんでしょ。」

「まあ、そうね。」

「じゃあその特権いかさないと。あなたが行きたいところを優先に回りましょ。」

ふふ、と思わずビアンカは笑みがこぼれた。なんて自由な考えをする人なんだろうか。

ビアンカはすかさず口を開いた。

「コロッセウムも見たいし、海も見たいわ。でも何より恋人たちが訪れる、鐘がある丘が気になるの。絶景なんでしょう?あ、あとは名物のザッピなるものも食べたいわね!チーズがたっぷり乗ってるっていう!やっぱり旅と言えばグルメよね。」

ついつい、ペラペラと喋るビアンカを見て、ニーニャは目を丸くした。

そして、大声で笑い出す。

「なによ、めっちゃ行きたいんじゃんアガベ王国!」

ビアンカもまた笑った。

「ええ、まあ考えれば、王族のお金で旅を満喫できるということだものね。」

「あはは、言うねえ。面白いねビアンカさん。」

ニーニャのノリに引っ張られて、ビアンカも少し砕けた雰囲気になってしまったが、どうやらニーニャはビアンカのことを気に入ったようだった。

ひとしきりゲラゲラ笑うと、ニーニャはビアンカに握手を求めた。

「良いよ。私が責任もってあなたも、王族の皆様も楽しんでもらえるよう旅に同行してあげる。」

「ありがとう、私もしっかりと旅のしおりを作るから、アドバイス頂きたいわ。」

ビアンカとニーニャはしっかりと握手を交わした。


そして、ビアンカはしおり作りのために急いで家に帰る。

ニーニャという素晴らしい助っ人が同行してくれることになって一安心だ。


いそいそと競技場を後にするビアンカにニーニャは手を振るが、慌てたように他の部員が傍に寄ってきた。

「あんな簡単に許可していいんですか!?」

「半年近くいなくなるんですよね…!?」

「あのビアンカ・クレチマスと、そして王族と!?」

部員は口々と言うが、ニーニャは笑って手をひらひらとさせた。

「ここいらで1回国に帰るのもアリだと思ってたし。何より、あんなにアガベ王国のことを気になってくれてるビアンカさんを、悪い人だと私は思えなかったからね。」

「えええ、単純ですねニーニャさん…」

「んー?そうかなあ。」

ニーニャはにこにこと部員達を宥めるが、内心はしっかりと諸々のことを考えていた。

ただ家柄に定められた道通りに生きている人間だったら、着いていこうとは思えなかった。

ビアンカ・クレチマスは今まで見てきた貴族とは違う。

面白いことが起きる予感がする。

早く親に伝えて、休学の準備も整えなければ。


ニーニャ・ペネロペと、ビアンカ・クレチマスのこの出会いが、旅の運命を大きく左右することとなる。

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