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旅する話に転生したが私には関係の無い話

小さな頃、人は誰しもお伽話の世界に憧れたものだ。

王子さまが迎えに来てくれて、幸せに結婚する。素敵なドレスに豪華な馬車。海の中の鮮やかな宮殿でもいい。

でも、だんだん大人になるにつれ、人は現実の壁につきあたる。世の中にはそんなお城も王子さまもお迎えもないのだ。

だから、人は心の中で空想の世界に旅立つのだが…。


ビアンカ・クレチマスに転生して2年目。

深谷芽衣子は、お伽話の世界とは真逆の、暗い暗い地下室で、静かにその時を待っていた。


「なんの権限があってこの屋敷に…!」

「王命だ!大人しくしろ、デルギア・クレチマス。貴様の罪状は賭博罪に淫行罪だ。王宮にて処罰を言い渡す。」

偉そうな声。この声は、第二王子直属の近衛兵――青狼騎士団団長の声か。

やはり第二王子が動いているようだ。

やめろ、放せ、動くな、捕えろなどの声が聞こえる。

ガシャガシャと鎧がふれあう音。

「どういうことだ、騎士団!」

「兄さんから手を離せ!」

父と弟の声。母はきっと顔面蒼白になって震えているだろう。


何故、ビアンカが玄関ホールではなく、こんな地下室にこもっているかというと、単純にこの騒ぎに巻き込まれたくなかったから。

この世界で、ビアンカは悪役に位置する人間。兄に続いて自分もいつ難癖をつけられるかわからなかった。


芽衣子がビアンカに転生した世界は、芽衣子が生まれ育った国で「冷酷王子の万国周遊記シリーズ」として人気だったお話の世界である。

冷酷王子とは、この国――フロース王国の第二王子であるジャン王子のこと。

生まれつき足が不自由な第一王子のルイ王子に変わり、王位継承権第一位となっていた。


フロース王国ではしきたりとして、王位継承権がある人間が、婚約者と結婚する前にフロース王国周囲の4カ国を巡って見聞を広める行事がある。

いわゆる婚前旅行だ。

お話の中では、ジャン王子が婚約者候補のヒロインと悪役令嬢の2人とすったもんだしながら旅をしていた。


ジャン王子とヒロインがどう考えても惹かれあっているのに、悪役令嬢が馬鹿な邪魔をしまくって、読者の反感を買っていたし、とにかく悪役令嬢は自分勝手だった。

最後はヒロインに毒を盛ろうとしたところを見つかり、終身刑となり表舞台から消え去る。自業自得だ。


ただ、芽衣子は読みながら悪役令嬢に同情もしていたのだった。仲良しの2人と、はみ出し者が一緒に旅をするなんて、こんな辛いことはあるだろうか。旅行なんて気兼ねない仲間もしくは1人でいくものだ。

毎度1人部屋に通されるその悪役令嬢を、芽衣子は可哀想に思っていたものだけど……


まさかその、悪役令嬢、ビアンカ・クレチマスに転生するとは…酔狂な人生もあるものだと芽衣子は他人事のように思う。

一度、交通事故での死を経験したからか、この世界がフィクションだと知っているからか、このお話の中の世界での出来事は、どこかフィルターが掛かったかのようにグレーに感じる。

この世界になんのために転生したかどうかも知らないし、元々いたビアンカはどこにいったかも知らないが、貰った命、平和にいきたいと思っている。


転生した時期――去年は、ビアンカは15歳で、ジャン王子との婚約も発表されていなかった。

もちろんクレチマス家は公爵家であり、その家柄からビアンカが王室に入ることが有力視されていたから、芽衣子が転生する前のビアンカは、それはそれは猛アピールしていたようで。

身体に残る記憶がうっすらと告げてくれる。

ビアンカは本当にジャン王子が好きだったようだし、周囲の貴族――特に物語のヒロインであるフィオナ・ロベリアに対する牽制の仕方は異常だった。

フィオナがデビュタントに着ようとしていたドレスを、ドレスショップに間者を潜り込ませてズタズタにしたし、フィオナがジャン王子とデートしようとしたら必ずその前に現れて、デートに参加した挙句フィオナに様々な面で恥をかかせた。


ちなみにジャン王子は、そんなビアンカにもあの冷たい笑顔で対応はしているものの、フィオナの方がお気に入りな様子はひしひしと感じていた。

だからこそ余計ビアンカは燃え上がったのだろう。


この1年、ビアンカはそんな悪役令嬢な自分とはおさらばしようと、出来る限り目立たないよう社交界にも顔を出さなかったし、フィオナにもジャン王子にも近づかないようにしたのに。

なんの因果か、ちょっと買い物に出ただけで、2人のデート現場に遭遇するし、どうしても出なきゃいけないパーティに行けば、フィオナの取り巻きに難癖をつけられそワインを掛けられる始末。

そして今は、裏で手を回したであろうフィオナのせいで、兄が逮捕されている。


ロベリア家は伯爵家。公爵家であるクレチマス家に比べれら位は低いが、現在の国王の末の妹が、ロベリア家の現当主の弟と恋愛結婚したことや、ロベリア家が司法周りを管轄しているのもあって、権力を最近強めている。

そんなロベリア家でフィオナは妾の子であり立場も弱かったが、魔法の才があることが分かって、見た目の可愛さにも人気が出るようになってから、立場も強めていた。


まあ正直……ビアンカからすればフィオナの顔は可愛らしいとは思うが好みではない。

ビアンカがとにかく好きなのは自分自身の顔だ。

この美しい白い肌と深い紫の瞳。

すらっと高い鼻に非の打ち所がないアーチ型の眉。

転生してビアンカが一番最初にやったことといえば、姿見で半日中自分を眺めることと、ジャン王子の好みに合わせて明るい茶髪に染めてしまっていた髪をなんとか元の黒に戻すために、兄のデルギアに消失魔法で染料を消してもらうことだった。

今では、紫がかった艶のある美しい黒髪が、ビアンカの1番の自慢だった。


ぼーっとそんなことを考えながらビアンカが地下室で体育座りをしていると、上がだいぶ静かになる。

兄は連行されただろうか。両親は慌てて馬車で追いかけるだろう。

ビアンカは兄を心配していないわけでは無いが、この先の展開の予想はついていた。

デルギアの逮捕は原作でもあった部分で、罰として領地と資産を一部没収されるが、他は大したお咎めなしに1日で家に帰してもらえる。

体罰をうけてあの美しいデルギアの顔に傷がつくわけでもないので問題ない。何を隠そう、ビアンカはただ兄の顔が好きなだけだった。


それより、嫌がらせのように無実の兄にでっちあげの積みをなすりつけたフィオナやジャン王子が煩わしくて仕方ない。どうして平穏をくれないんだ。

ジャン王子と婚約なんて一切したくないというのに。

あの、ただのあざとい女やその取り巻きは、ビアンカのことを悪女だの性格が捻じ曲がってるなど散々なことを言うし、あのキツネ王子もフィオナのことを可愛がるけれど、よっぽどフィオナの方が悪女なのではないだろうか。


「次会ったら流石に文句の一つくらい言っても許されるだろう」

などとビアンカがぶつぶつ独り言を言いながら、地下室の扉を開けると、目の前に銀の鎧が見えて思わず後ずさった。

あれ?もしかして、まだフィオナ一派がいた?

「ここにいたか、ビアンカ・クレチマス。君にも召集がかかっている。」

「うわ。」

思わず口に出てしまう。

目の前にいたのは、ガスパール・ロベリア。


フィオナの一番上の兄であり、武芸にも魔法にも秀でているため、昇進間違い無しと言われている騎士団員だ。

誰とでも分け隔てなく接し柔和だという評価な彼だが、ビアンカには冷たい。

もちろんフィオナの敵なんだから仕方ないとは思うが、たまには優しさも欲しい。

「あー、えっと?私にも何か()()()()疑いが?」

「…。」

嫌味に気がついただろうか?相変わらずビアンカには無表情なガスパールを下から睨め付ける。


「出た性悪女!俺たちが探してあげてるだけありがたいと思えよなー。」

出た、はこちらのセリフだ。

会いたくない男ナンバーツー、イザーク・ロベリア。

フィオナの次兄であり、明るく物怖じしない性格で都中の女子から人気だが、そのシスコンぶりと子供っぽさがビアンカが苦手とするところだった。


「それで?」

イザークを冷たく見つめると、若干たじろいだ。

お前な、とすぐ癇癪を起こしそうだったので、ビアンカは2人を押し除けて扉を出た。

「なんでもいいけど、嫌な用事は早く済ませなきゃね。馬車はどこ?」

「おい、勝手に行くなよ」

「いいでしょう。連行されるわけでもないんだし。あぁドム、私も宮殿に用事があるみたい。出かけるからフランツをよろしくね」

後ろから慌ててついてくる2人の騎士は無視しながら、スタスタと歩いて玄関に向かう。

通りがかりの執事に弟の面倒を見るよう頼みながらひらひらと手を振った。

ドムと呼ばれた執事は恭しく礼をすると、いじけて魔法研究室に閉じこもっているであろう弟、フランツの方へと向かう。

フランツであれば、ロベリア家に黒魔法くらいぶちこみそうだ。


玄関を出ると、宮殿から来たあろう、王の紋章が刻まれた馬車が見える。

さささと、いつの間にかビアンカの後ろにいた従者が回り込み馬車の扉を開けた。

「ありがとう、アンヌ。」

アンヌは大変背が高くそこらへんの女性全員を惚れさせそうな見た目をしているが、男装した女性だ。

無口で自分からコミュニケーションを取ろうとはしないが、ビアンカのことを考えてよく行動してくれているので、ビアンカは重宝していた。


「いや、普通に勝手に馬車に乗る奴がいるか?」

呆れたように首を振るイザークは完全に無視して、ガスパールを見つめた。

「あなたはこちらに乗ってくださる?どういうお呼び出しなのか教えていただかないと。」

「…ゴホッ。」

何やら汚い咳は出たが、ガスパールは相変わらずの無表情を取り繕いながら、馬車に乗ってきた。

イザークがなんだか喚いているが知ったこっちゃない。

どちらかを選べと言われれば、ガスパールだろう。

アンヌがバタンと扉を閉めて、ビアンカはガスパールと2人きりになる。

対角線に座ったガスパールはこちらを見ようとはしない。

ビアンカはガタガタ動きだした馬車の窓枠に頬杖をついて外を眺めた。

「それで、あなたはある程度聞いていらっしゃるのよね。どうせ第二王子の呼び出しでしょう。」

「……えぇ、でも本当にざっくりとしか。」

おや、と意外に思った。

どうせ、なんて馬鹿にした言い方にしたのにガスパールは眉ひとつ動かさなかった。

「どうやら、ジャン王子とフィオナは正式に婚約発表をして、各国を周遊されるそうです。」

「…あら。」

ついに来たか、とビアンカは独りごちた。


原作でもそろそろだった。

兄の逮捕よりも前だったが、ビアンカが王宮に押しかけた日、フィオナも来ていて、ジャン王子がビアンカとフィオナのどちらか選べないから2人ともを連れて旅行に行くと言ったのだった。


酷な話だと思う。原作のジャン王子は家柄的にビアンカを捨てきれなかっただけで、心はもうフィオナに傾いていたはず。

複雑な思いながらも結婚できると信じて旅についていった原作のビアンカの哀れなことよ。


「…クレチマス嬢?」

ぼうっと原作に想いを馳せたビアンカは、心配そうな声をするガスパールに意識を戻された。

無表情の中にこちらを気遣うような顔を見て、ビアンカは少し慌てる。

まさか、まだジャン王子に気があると思われているのだろうか。

「とてもおめでたいお話ですね、ロベリア家にとって。でも何故そこに私が伺う必要があるのでしょう。」

ガスパールがこの調子ということは、ジャン王子もフィオナも、勘違いしていそうだ。

やはりたった1年避けていただけでは、まだ婚約者候補にされてしまうのか。

これから向かう先に憂鬱な出来事が待っている気がして、ビアンカはそうっとため息をついた。


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