オーシャンピープルの復活 中
ジェミニクレスト以外でも解錠可能な海底洞窟の鍵が存在していて、さらにそれが、おそらく200年程前の死霊船団との戦いで海魔族に奪われていた可能性がある、とヤンベさんは見立てていました。
「根拠はコイツだよ」
ヤンベさんは盆のような機械の魔法道具を僕らに見せました。それは光で図形や文字を映しだす道具です。
モストリーテ地方の海岸、ニニユ岬も映されていて、どうやらそこから伸びる海底洞窟の図やその先のオーシャンピープル神殿らしい図も表示されていました。
「これは電子表示端末という物だ。どちらかと言えばドワーフ達の領分だが、まぁいい。『便利な地図』とでも思うといいよ」
「へぇ」
「紙でよくねぇか?」
「色々切り替えられるみたいだよ?」
「古代の機械文明だな。マナを必要としない物もあるんだぜ?」
「2000年前から地形も海流も変わってるが、即席だが調整してる。ここに別の機械で測った邪神の干渉波・・・まぁ、邪神の穢れたマナの影響が見られる場所を重ねて表示させる」
「あっ!」
海底洞窟の中程から神殿まで染みのような光の表示で埋まってしまいました。
「ごっそり持ってかれてるね。岬付近は守人やあんた達野伏達、ナーンド国に対応されるのを嫌って避けて入口も閉じ直しているようだが」
「おのれっ、海魔族どもめ!」
「神殿深部や海底洞窟の要所の神の御力は消えてない。だが、ここまで食い込まれるとあと100年も持たないだろう、正直オーシャンピープルどもの所業からすればいい気味だが、相手の筋が悪過ぎるのと、あたしらノームも他種族を悪し様には言えない立場だ」
「洞窟を使うのが難しい上に神殿も占拠されている、厳しいことになってますね」
これは最悪、オーシャンピープルの復活は後回しにせざるを得ないです。
「いや、それもジゴの予定通り守人の協力を得られれば解決できるかもしれない。封じられている聖獣、ギョクコウは極めて強力だ。利用できればこの程度の半端な勢力の海魔族等、目ではないよ」
「えっ?」
「聖獣を利用? 俺は後でゴネられないように神殿に向かうことを守人に一言断って、あわよくば護衛にも協力させてやろう、ってぐらいだったんだが」
そんな感じだったんですか。
「ギョクコウは元々はモストリーテ地方を海魔族から護る為に神によって配置された聖なる存在。神の使徒に従うことは、本来の使命に合致する! そうでなくてはならないっ、神託は優先されるべき!!」
「・・・」
やっぱり信仰の勢いが違うな、とノームのヤンベさんに気圧される僕達でした。
2日後、ニニユ岬近くのソテツの森の中にある祠に僕らは到着しました。
そこは祠を中心とした小さな宿営地のような場所でした。
十数世帯の平屋の魔除けの施された家が並んでいます。
僧服と平服の中間のような格好の守人の一族の皆さんは不審そうに、ヤンベさんと僕達を見ていました。
「ノームだ・・」
「本当に復活させてしまったのか・・」
「あれが使徒?」
「まだ子供じゃないか」
「オーシャンピープルまで復活させるというのか・・」
立場を明かしたのは基本的には協力的な野伏の方々だけだったので、直接不審がられるとたじろいでしまいますね。
「オトヒメ! オトヒメっ、使徒とノームを連れてきたっ! これから海底洞窟に行くつもりだったが、状況が変わったっ。話がしたい!」
動じず大声で呼ぶ、ジゴさん。こういう状況は得意何でしょうね。
「うるさい、ジゴ。いちいち喚くな」
他の守人を掻き分けるようにして、少ししっかりした作りの守人の服を着た僕らと同年代くらいの女の子が出てきました。
身長はマイサより少し小さい210ドシコベル(140センチメートル)ぐらいですね。
僕らは一先ず、数年前に一族の長を引き継いだオトヒメさんと補佐をしているオトヒメさんの御両親の家にゆくことになりました。
「私はオトヒメ・オリーブスプラウト。ギョクコウの祠の守人の主だ」
食事になって、上座にどんっと座るオトヒメさん。御両親はテキパキと給仕をしてくれるのですが、ちょっと気まずいです。
「実はですね」
ジゴさんやヤンベさんだと何だか一方的に言ってしまいそうだったから、僕から切り出す形で手短に要件を話しました。
「・・なるほど、あいわかった。ギョクコウの力を借りたいと」
「可能ですかね?」
「実例はある。2000年の間に3度だけな。一番最後は200年前の死霊船団の戦いだ。ナーンド海軍に協力した。だが、それっきりだ。まだ力も戻っていないと思う。詳細は今となってはわからないが」
「200年程度の技術継承や改善ができないのかい? これだから短命種は」
「何ぃっ?!」
「よせよせ」
意外とジゴさんが間に入る形で決裂を回避しつつ、僕らは食事と「清潔にしろ」とのことで湯浴みをして、用意された僧服? に着替えてから祠に向かいました。
「大きい卵! あ、大きい卵賞っ!」
「無理に賞付けなくていいんだぜ?」
「ちゃんと生きてますね・・」
祠に安置されていたのは4,5ベル(3メートル)はある岩の卵でした。それは胎動に合わせてうっすら光っていたのです。
「この地方で長く野伏をやってるが、初めて実物を見たな」
「記録を辿れる限り、死霊船団の戦いのあと休眠に入り、ずっとこの状態のはずだ」
「ちょっと見るよ?」
ヤンベさんは暫く機械の魔法道具を使ってあれこれ岩の卵と化した聖獣を調べて回りました。
「弱体化したままではあるが、内部の身体構成やマナは完全だ。傷や穢れがあったなら、それは回復したんだろうね。あとは切っ掛けがあれば起こすことはできる」
「何と! 確かに引き継いだ時、『思ったより健康そうだな』とは思ってたけどっ」
思ってたんだ。
「ロッカ。お前のジェミニクレストなら起こせるっ。取り敢えずの餌は砂漠で使ったのアクアジェムが残ってないかい? それでいい」
一応残していたのが、3人で合わせて9個ありました。9回湯浴みできるくらいですね。
「じゃあ・・やってみるよ」
「やったれっ」
「餌やり任せて!」
僕はジェミニクレストを掲げ、閃光を石の卵に当てました。
ビシッ。石の卵にヒビが入り、中から大きな甲羅を持つ龍と魚の中間のような生き物が出てきました。うっすら発光し、どことなく丸く幼く見える風貌でした。
殺気は感じません。
「ギョクコウ?」
「るぅうっ」
ギョクコウは僕とジェミニクレストを見比べてから、呟いたオトヒメさんの方に浮遊して近付き、頬擦りしました。
「私がわかるのか?」
「あんたの一族が使役契約を上書きしたんだろ」
「嫌な言い方をするノーム!」
とにかく、どうやら聖獣ギョクコウは敵対はしないでくれるようでした。
それからアクアジェムを全て食べさせると倍は大きく育ったのですが、
「本来、砦のように大きな存在だ。ノームの海戦型ゴーレム軍を纏めて破壊されたことがあるくらいさ」
とのことで、僕達は世話をオトヒメさん達守人の方々に任せ、ジゴさん達野伏の皆さんにも協力してもらい、ヤンベさんの指導の下でギョクコウの餌やジェム代稼ぎに奔走することになりました。
「よっ」
僕はブーメランと風魔法でキラーペリカン等の海辺に多い怪鳥系モンスター等を主に狩りました。
水棲系の魔物は陸に上がっても水を操る種が多くて、風やブーメランが防がれがちだったので・・
オリィとマイサは2人で水棲系の魔物を狩ります。オリィも要領を得て、マイサに吹っ飛ばされたりしないよう気を付けてました。
ギョクコウはジェム等の魔法素材以外だと、生の魚介類や海藻、あとは酒くらいしか口にしないので、水棲系の魔物を狩るのが概ね効率がいい感じです。
そうして3日が過ぎる頃にはギョクコウはヤンベの言った通り、砦のような大きさに育ったのです!
「よし、すぐ育ったな。よしっ」
「デケぇっ」
「食べた以上に大っきくなった賞!」
「十分だね。使徒のフェザーフットの子供達もいい修行になったろう」
いつの間にか計測する機械を増やし、助手の小型ゴーレムも増やしていたヤンベは満足そうにしています。
「立派にはなったけど、もう祠に入らないな。片付いたらどうした物か? 陸で囲い続けるのも可哀想だし・・あ、オーシャンピープル達に返さなくてはならないのか??」
大きくなっても懐かれてはいても、持て余し気味なオトヒメさん。頬擦りされてひっくり返されそうになっていました。
「いや、散々調べた。オーシャンピープルの契約は無効化されている。それにおそらくあたしらノームが転送と無機物の真理の多くを失ったように、ヤツらも神に聖獣を扱う程の力は没収されるだろう。何よりすぐに振り出しに戻る短命種のお前達が扱う方が、或いは健全なのかもしれん。直に計測すると、やはりこれは兵器として優れ過ぎている。海に還した上で、今後もお前達が交渉するといいよ」
「・・妥当だとは思うが、ノームの、あんた個人に指図されるのはちょっと不満だ」
「客観的な意見だ! あたし個人のことは忘れなっ」
ちょっと角は立ちましたが、事後対応を含め話は纏まった感じですね。
「るぅぅ?」
大きくなってもつぶらな瞳のギョクコウと目が合いました。
「よろしくね、ギョクコウ」
この戦力で、海魔族に対抗し神殿を解放します!