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星降り祭 前

4年。たった4年間の争いで一度この世界は滅びたそうです。


それはノームの妄信。エルフの排他。ドワーフの頑迷。オーシャンピープルの無関心。ワードラゴンの闘争心。バルタンの増長。ロングフットの虚栄。

他にも様々な種族の罪であったそうです。


しかし、時は過ぎました。


2000年の年月が、全て押し流して、何かの間違いのように生き残った僕達は・・



空を蛇竜(ワイアーム)が1体飛んでいます。時折ビィーッ! と鋭く鳴くのです。


目ぼしい獲物が見付からなかったのか? やがて飛び去ってゆきました。


僕は草むらに隠れていました。こうしている間に風向きが変わらなくてよかった。


小柄な僕達フェザーフット族は簡単に隠れることができます。11歳の僕は180ドシコベル(120センチメートル)しかありません。

虫除けの精油水で衣装箱みたいな匂いがしています。


右手のキャッチグローブで杉のブーメランを持ち、集中。

いるのは把握済みです。安心すれば出てくる可能性は高いです。と、


野兎が1羽、茂みから現れました。通り道も確認済みです。僕は構えを取ります。


風下からブーメランを当てるのは難しいです。目に魔力(マナ)を込めてよく見ます。


兎まで届く、風の、裂け目が、


・・見えた。


杉のブーメランを投げ付けました。向かい風を切り裂き、旋回した杉の刃は野兎を仕止めました。


「やった」


今夜の晩御飯です。



血抜きした兎と木の実、山菜、薬草と売れそうなマナの籠った小石を持って、ネムリ郷に戻りました。

夕暮れです。


「ロッカお帰り! 百発百中賞をあげてもいいわっ」


「いいの狩ったな。革が溜まったら買ってやるからちゃんと加工しておけよ?」


「またマナ付きの石も拾ってきたのかい? マメだね。お、いいのもあるね・・1240ゼムで買い取るよ。ミッカ婆さんによろしくね」


「薬草か。婆さんに煎じるならアリム草とも少し交換してやろう。調合はちゃんと計りで計ること!」


「ロッカ君、家のことも大事だけど、教会学校にももっと出席しないと。君は地頭はいいんだから」


「あ、ロッカだぁ」


「ブーメラン見せてぇ!」


「また今度ね」


僕は郷の人達と少し話したりしながら、風車小屋がちょうど平行くらいに見れる僕の家への坂道や階段を上ってゆきました。


とても古い家で、改修も甘いから、年中手入れをしないといけません。


「ただいま。ミッカお婆さん」


「遅い! 私を見棄てるつもりなんだろうっ」


ベッドのミッカお婆さん不機嫌でした。昼間は親類のモッカさんとノノカさんが大体日替わりで世話に来てくれてるけど、どっちとも上手くいっていないみたいです。


「違うよ? 薬草と山菜が少なくなっていたのと、兎何かも取らなくちゃね」


「薬草は嫌いだ! 肉を食べたいっ。もう何年も肉を食べてないっ!」


「一昨日もソーセージの卵炒めを作ったよ?」


「私は食べてないっ」


何でも忘れてしまうし、いつも怒ってしまいます。


「・・じゃあ今日は、兎のスープを作るから」


「早く!」


悲しいです。あんなに賢くて、里長の補佐役を長く務めていたのに。1人息子のお父さんが目の前で魔物に殺されて、自分も寝たきりになる大怪我をして、お母さんが出て行って、段々こうなってしまいました。


お婆さんの若い頃の肖像画が2枚だけあります。とてもスッキリした、少し気の強そうな人でした。


吊るしていた玉葱を刻むと少し泣いてしまいました。



夕飯の後、薪が足りなかったから、ランタンの明かりで薪を割っていると、家の近くの小道から別のランタンの明かりが近付いて来ました。


酒場の息子のオリィでした。同い年です。オリィは顔を殴られた痕がありました。

酒場は週に1度、第2曜日が休みなのですが、休日、オリィのお父さんは「普段、客に飲ませている酒を取り返す」と朝から呑んだくれて、家族に辛く当たるのです。


「よう、ロッカ! 夜中に薪割りなんて、こき使われてんな」


「別に。自分でやってる」


「同じことだぜ。へへっ」


ちょっとムッとしました。


「そっちこそ、普段よりハンサムになってるけど?」


「だろ? ついでに夜回りしてんだよ。これからマイサの家の様子を見てくる」


「兎を取ったら、夕方、百発百中賞くれる、て言ってたよ」


「マイサの賞は気前がいいからな。半年前に前歯が欠けたら『風通し良好賞』くれたぜ?」


「マイサらしいや」


「へへっ、じゃな」


ヘラヘラしたままオリィはマイサの家の方に向きを変えて歩き出しました。

僕の家はわりと外れですし、高い所にあります。マイサの家は真逆で低い位置にありました。

どちらかといえばオリィの家の酒場から僕の家は近い方でしたが、夜中にフラっと来る人は辛い時のオリィくらいのもんです。


「・・オリィ。ランタンの油、足りてるかい? 足元悪いよっ」


「大丈夫! 店の油盗んでやったからっ」


オリィは明かりを揺らして坂を下りてゆきました。


優しいマイサは家族も優しくて、その様子を遠目に見たり話を聞いたりするのは、僕も好きでした。


僕達の子供時代はそんな風に過ぎていって、本当なら何だかほろ苦く朧気な記憶と、何枚かのその頃の絵や、書いたり書かなかったりの日記の文章だけ残して当たり前に消えていってしまって、また別の子供達の物語が始まることを繰り返すだけ何だろうけど、


僕達は、そんな風には消えることができなかったんです。



ワイアームが飛び、兎を取ったその年の秋、ミッカお婆さんは肺炎に掛かって、薬師さんの薬も、助祭様の解毒魔法(キュアポイズン)等ももう上手く効かなくて、1月余り酷く錯乱して亡くなりました。

看病や家のことですっかり痩せてしまった僕は火葬されるお婆さんの煙を見上げながら、助祭様の祈りの言葉を聞いている内に気絶してしまいました。

マイサが受け止めてくれて、温かいな、と思いました。



冬、星降り祭(ほしふりまつり)になりました。


フェザーフット族の郷ならどこでもやる星の女神様を奉り、亡くなった人々や食べてしまった食べ物等を悼むお祭りです。


「今夜の踊り、見てね!」


「うん」


「おう」


マイサは祭事で踊り手として踊りを奉納するメンバーに選ばれていました。今は上着を着ていましたが、華やかな衣装で僕もオリィもちょっとドキドキしてしまいます。


篝火がいくつも焚かれ、ランタンもあちこち吊るされています。場所は郷の外れの高台で風車と僕の家の近くでした。


お年寄りや足の不自由な人は驢馬引きの荷車に乗せて日が沈む前に運ばれるので、それだけでちょっとした騒ぎになる祭りです。

帰りは坂なのと酔っ払いだらけになるので、驢馬を使っても中々全員下ろしきれなくてもっと大騒ぎになります。


暫くして、里長の挨拶の後、助祭様の祈り言葉の段になりました。



天の御方(おんかた)の光 夜空より 地の我々 小さき人に届きたる今宵も旅立つ者 また訪れる者達 我らの仄かな明かりの一粒一粒 御方に還しましょう また逢う彼方の為に



祭が始まりました。


楽器が鳴らされ、歌が歌われ、料理と飲み物が振る舞われ、素人小話(こばなし)(笑い話)が披露されてウケたりウケなかったり、組み合い(くみあい)(力比べ)が行われたりしました。


外は寒いですが、皆厚着で、焚き火もあちこち焚いているから平気です。お酒を飲めない僕達子供も、どれも生姜と蜂蜜の入ったハーブティーやキビの甘酒や林檎酢のお湯割りを飲んで身体がポカポカしていました。


幼過ぎて生姜や蜂蜜がダメな子達は着膨れしてそのまま転がりそうな格好をしています。


やがて、踊りの披露になりました。子供の部も年少組と年長組があって、僕達と同い年のマイサは年長組。

兵塾(へいじゅく)の男子達4人の木剣(ぼくけん)の舞の後で、扇を持ったマイサ達の出番になりました。


今年の女子の年長の踊り手は5人です。少し人数が足りなかったから、上の世代の小柄の人が1人と、年少組から背の高い子も1人混ざっていました。


「御方と、眠りし者どもに捧げようか!」


決まった口上を真ん中にいるマイサが言い放つと喝采が起こりました。僕とオリィも声援を送ります。


踊りが始まると、マイサは情熱的に舞いました。扇が蝶のように、鳥のように振られます。


きっと一生忘れない光景でした。



全ての踊りが終わり、招待された吟遊詩人が歌い、ささやかな物ですが花火が打ち上げられ、助祭様がお弟子さん達と甘くない浄めの薄いクッキーを郷の皆に配り終えて、最後に里長が挨拶して今年の星降り祭が終ろうとした、その時、


夜空の、今年の護り星(まもりぼし)双子座(ジェミニ)から強い光が放たれ、マイサを打ったのです!


「マイサっ」


「おおい?」


眩しい青み掛かった光の中、近くにいた僕とオリィは慌てたのでした。

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