3-1
起きてみると、日はだいぶ高くなっていた。
ずいぶんと良く眠ってしまっていたらしい。
シオンは伸びをしながら起き上がった。
ルカは空いた時間に町を案内する、昼くらいにこの宿屋へ来ると言っていたが、ちょうど良いくらいだろうか。
シオンは階下へと向かう。
ルカは、食堂というより酒場というような言い方をしていたが、昼食を食べる客の姿もチラホラと見受けられた。
「おや、おはよう」
サザビィがシオンへ水を出してくれる。
「おはよう、というか、昼か。いささか寝すぎたか」
たっぷりと眠り、日が高くなってから起き出したことに、わずかばかりの後ろめたさを感じつつシオンは挨拶を返す。
サザビィは笑いながら、疲れてたんだろう、と言ってくれた。
「もうすぐ先生も来る頃だから、それまで何か食べておくかい」
そう言われ、確かに腹が減っている、と気がついた。
ルカが昼食を取らずに来るのならば、一緒に食べた方がいいかもしれない。
しかし、先に食べてから来る可能性もある。
わずかに迷ったが、結局、一人で遅めの朝食を取ることにした。
「ここは海に囲まれているがあるが、海賊の類は来ないのか」
シオンがそう尋ねると、サザビィは、大丈夫さ、と頷いた。
「そうだねえ、昔は幾度かやってきたね。けれども、何せこの通り小さな町だろう。取るものもないからか、いつの頃からか、何もやってこなくなったよ。物珍しげに訪れてる旅の人か、町をくまなく回る巡礼の人や、行商人が時々訪れるくらいだね」
サザビィの言葉と、昨日のルカの用心深い態度が重ならず、一瞬、眉を寄せたが、門番を置いていない、という言葉も思い出し、形式上の用心、という事か、と一人納得した。
「はいよ、お待ちどう」
と食事を出され、シオンの思いはとりあえず全て食べる方へと向かった。
「こんにちは」
食事を終えようとしていた頃、昨日も世話になった声が聞こえた。
「先生、お昼は?」
「はい、食べて来ました」
昨日と全く変わらぬ姿のルカが立っていた。
「こんにちは、おや、食事中でしたか」
「いや、ちょうど食べ終えたところだ」
では、さっそく参りましょうか?とルカは外へと歩き始めた。
「そういえば、ルカは自分の畑で薬草を育てているのだったか?」
「ええ、そうです」
「昨日飲んでいた薬はその薬草を自分で調合したものなのか?」
「おや、よく気が付かれましたね」
「…いや、なんとなくな…」
「昨日も申しましたが、持病を抱えてまして。
自分の病気は、自分で何とかしようと思ったのですよ。
自分の薬を作るために薬草を植え、ついでにふつうの薬も2~3調合しています」
「ルカは医者でもあるのか?」
「どちらかというと、薬師のほうですよ」
とルカは苦笑しながら言った。
町は本当にこじんまりとしたもので、めぼしい店を案内するとほぼ終わってしまっていた。
シオンは町のあちこちでも、隠遁の賢者について何か知らないか、と聞いている。
「いったい、その賢者さんに何の御用があるのですか?」
ルカが聞くと
「少し厄介な事情があってな…」
とシオンは眉間にしわをよせ、ため息をついた。
「…こっちの不手際だから謝っても仕方がない事なんだが…しかし、あれの食い止めかたがあるなら…」
とブツブツと言っている。
そんなシオンを少し心配そうに見ていた。
この後子どもたちと稽古があるから、とルカは丘へ向かおうとする。
シオンは稽古というものに興味を持ちついて行くことにした。
「先生――――――」
丘のふもとの空き地では、子どもたちが待っていた。
シオンが一緒なのを見て、少し驚いた顔をした。
「稽古の様子を見たいそうなのですよ」
ルカの言葉に、はい、と子どもらは応じた。
その稽古の様子をしばらく見ていたシオンは、ほほぅと感嘆の息をついた。
ルカもだが、3人の子どもたちもかなりの腕前だ。
…こいつは、手合わせ願いたいものだが…
そう考えた矢先だった、ルカが、ふと動きを止めシオンのほうを見た。
「一緒に、やりますか?」
と木刀を投げてよこす。
それを受け取ったシオンは、にっと笑った。
「ありがたいな、ちょうどそう考えていたところだ」
「あ、でも手加減はしてくださいよ。本気でやられたら、私達は大怪我をしてしまいそうですから」
そういいながら、ルカも木刀をかまえ直した。
稽古再開。
一人ずつの相手であるが、シオンはなかなかの手応えを感じた。
子らは、いつもの相手とは違う太刀筋に、機敏に対応する。
子どもだからと言ってなめてかかると、やられるに違いない。
…しかし、何の為に、こいつらを鍛え上げるんだ?
常に笑顔のルカは、このような時でも微笑んだ顔で、詳しい心情はわからない。
…まあ、騎士に憧れる子どもに剣を教えるようなものかね?
シオンは勝手に納得した。
「今日はここまでですね」
ルカの声に、子どもたちは
「はい、ありがとうございました」
と明るく答える。
「それでは、私はもう少しここにいますから、その子らと先に戻っていて下さい」
ルカはシオンに向かい、にっこりと笑った。
…あの丘に、何があるんだ?…
「旅のお兄さん、すごいね、強いね」
そう言われてシオンもまんざらではない。
「まあな、お前らもかなりのもんだな」
「えへへ」
嬉しそうに笑う子らにシオンも表情が柔らかくなる。
「お兄さんくらいの腕前なら怪我とかしない?」
「そうでもないな、小さい怪我はよくする」
「そうなの!?」
「ああ、それに剣の傷じゃないが、野獣討伐の時に大きな獣に肩からざっくりと爪でえぐられたことがあって、その傷跡は今でも残ってる」
子らは、うひゃあ、という声を上げる。
想像して痛がっているのかもしれない。
「そういえば、ルカが残ったあの場所に何かあるのか?」
「お墓だよ」
「墓?」
答えてしまった子は口を手で隠し、他の2人が、余計なことを、と言わんばかりにこづいている。
「…そんなに隠さなくちゃいけないような墓なのか?」
わけがわからない、と言うようにシオンは首をかしげた。
「…あのお墓は…あの場所は先生の特別な場所だって言われてるから…」
さっき答えたのとは別の子どもが答える。
「あと、何か考えることがあると、よくあの場所にいるんだ」
言い難そうに、そう答える子どもたちを、シオンはますますわからないというように見た。
…それは、隠さなくちゃいけないような…ことなのか…?
「あ、あのね。僕らが言ったってこと、先生には内緒だよ。先生に理由聞いちゃだめだからね」
ああ、わかったよ、と答えながら、考えこんでしまった。
……べつに隠すような事じゃないよな…?