10-1
ぼんやりとした月の明かりしかない夜。
空気に湿り気が混じってきていて、今にも雨が降ってきそうだ…。
倒しても倒しても起き上がってくる敵に、ルカは疲れも見せずに闘っていた。
「まったく、こいつ等、キリがねぇ……」
シオンはため息をつきつつ、ルカを見た。
…なんで、あいつ、あんなに動けるんだ……
イヤな予感は、再び沸きあがってきていた。
ルカは、手にしていたサーベルが折れたので、それを投げ捨て再び木刀を構えた。
あの時以来、刀剣には本当に拒絶反応を示す。
シオンに言ったことに嘘はなかった。
武器となる刃のついている剣はできるだけ手にしたくはなかった。
だから、木刀をよく使っていた。
ふと、アンスティスへを目を転じると、イライラとこっちを見ているのがわかった。
ルカは、ふふふと低く笑った。
……よもや、こんなに苦戦するとは思っていなかったんでしょうね……
3人を、見た目が子どもだからとあなどっては痛い目にあう。
あの3人は、生半可な雑魚海賊よりはよっぽど強い。
ルカは、徐々に起き上がるのが鈍くなってきている海賊を、哀れんだ目で見た。
……もうしわけありません、私が、こんな薬を発表してしまったばかりに……
普通であれば、もう戦意も失せ、倒れ切っているはずであろう、それでも何かがそう命令するらしく、海賊はよろよろと起き上がろうとする。
だが、足がもつれ、立ち上がれなくなってきている者が多くなってきていた。
いや、本当に、起き上がろうとしない者も多数いる。
ルカは、そんな海賊の様子を見て、立ち止まった。
「アンスティス、あの試薬品ですが未完成だったことは知っていますよね」
海賊は、もはや、動いている者がほとんどいない状態になっている。
「…ある一定の時間を経過したら、動けなくなるんです。
限界ぎりぎりの力を、長時間使っていたら、体の方がついていかなくなる。
薬の効いている間はそれを抑えるけれど、それは永遠じゃない。
薬の効果は、切れるんです、わりとすぐに」
ルカは、よく通る声で、闇の中で朗々と語った。
「そのことを、あなたはご存知でしたか?」
アンスティスの横にいる偽賢者に向かい、語りかける。
老人は、わなわなと震え、顔色を失っていた。
「隠遁の賢者と言う呼び名が、そんなに欲しいならばさし上げます。
世界の脳髄なんて呼び名も私はいらない」
けれども、知識の悪用だけはさせません。よろしいですね?
冷たく睥睨するルカの言葉。
この状態で、誰が何者なのか、誰の目にもわかる。
「黙れ!!!!」
その偽物はヒステリックに叫び、アンスティスの横から動いた。
そして思ったよりも素早く動きルイをひっ捕らえた。
一瞬、油断していたルイは、両手を後ろへ回され、喉元に刃物をつきつけられる。
「動くな、みんな、動くんじゃない!!!」
ルカも、リアもレンも動きを止めた。
それを見た偽賢者は、追い詰められた表情でひきつった笑いを浮かべ、ルカを見た。
「さあ、そこを退け!!」
さもないと、この子どもの命を奪う、と言うのだろう。
声に、追い詰められながらも、わずかに勝ち誇った響きが含まれる。
ルイを見殺しになどするわけがない、と見て取ったのだろう。
「いやです」
だが、ルカは、静かに、きっぱりと拒否した。
「な……」
偽賢者のみならず、シオンもルカを見る。
「この子どもがどうなっても…」
と言いかけた時、喉に刃物をつきつけられている当のルイが口を開いた。
「僕に人質の価値はないよ」
「…!!!」
その落ちついた口調に、老人は再び、顔色を失う。
……何なのだ、こいつらは。
ある種の畏怖の目で、ルイを見下ろした。
「ルイの言う通りです…その子を刺したければ刺せば良い」
ルカまでが、そんなことを言った。
それにはさすがにシオンは、冗談だろ?とルカを見た。
「……どうしたんです?刺さないのですか?…では…」
とルカは、先ほど偽賢者が投げつけた、ナイフの一つを手にし。
そして、ルイに向かって投げたのだった。
ナイフは、ルイの左胸のあたりに刺さり、ルイはそのまま崩れていく。
「ひっ……!!」
偽賢者である老人は、思わず悲鳴をもらし、ルイから手を離したたため、彼の体は地面へドサリと倒れた。
ぼんやりとした月の明かりの元、ルイは左胸を下にした状態で横たわっていた。
「なんで…」
信じられない、と老人はルカを恐怖の目で見ていた。
シオンも茫然と眺めた。
レンたち2人は、当然の事のように、黙っている。
ルカはそれぞれの視線を受けとめ、静かに立っていた。
シオンは微妙な戸惑いを覚える
……なんだ…?
そして月は唐突に厚い雲に隠される。
星もない闇。
かろうじて、夜に慣れていた目で周囲の様子を知る事ができる程度だった。




