7-2
災いは、突然やってくる。
ある日、海賊団がこの島を訪れた。
島に強暴な狼を放ち、怯えた島民を力でねじ伏せ、奪う。
その力に対し、島民は無力過ぎた。
……だめだ、このままでは皆、殺される
誰しも、そう思った時、少年が頭領の前に行き言った。
“取引をしよう、僕はこんな子どもだけど、中央都市が認めてくれた新薬を作った人間だ。
これ以上、島民に手を出さないというなら、まだ中央に提出していない薬を教える”
“はん、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけよ、ガキが”
アンスティスのその軽蔑しきった声に、少年は引かずに食い下がった。
“人の潜在能力を極限まで引き出して戦う事に特化する、そんな薬を作りかけている。
その製造方法と…それと僕の身柄と引き換えだ。この島に手を出すな”
一瞬、少女が固まった。そして少年を凝視した。
少年は、悲しそうな目で、黙っていなさい、と語っていた。
そう、少女と島の皆を守るためについた嘘であった。
しかし、少女はそれで黙っているような子ではなかった。
“だったら、私も”
“な…”
“あれは、私が一緒に考えたものよ!細かな事は紙に書かず、私が覚えている!
だから、2人で1つの価値があるでしょ”
……それに、一緒に居れないんだったら、私に何の意味もないもの……
最後の言葉は呟きであったが、9歳の少女のその叫びに、アンスティスはますますバカにして笑った。
“いよいよもって泣かせるねぇ。こんなガキどもが”
そして、何かを思いついたように、手下に命じた。
“おい、あの丘一帯に高い柵か塀を作れ。今すぐにだ。なるべく広めに作れよ”
そして、2人に向き直った。
“いいだろう…賭けに勝ったら、皆を助けてやる”
“賭け?”
“ああ、そうだ…お前…そっちの小さいやつ”
少女は、びくっと身を縮ませる。
“お前に一振りの刀を渡す。環首刀といってな…少々使い勝手が特殊だが、よく切れる刀だ。それで、あの場所に放った狼をすべて片付けられたら、お前等の勝ちだ”
“な…エレンには関係ないだろう!!”
少年がそう叫ぶと、海賊はにやりと笑った。
“まぁ、まて。…それだけじゃ、おもしろくないからな。その小さいのには仮面をつけさせる”
“な!!”
“その仮面の鍵を、お前が持て。”
“な…”
“狼の群れる中、小さいのは視界がほとんどない仮面で闘い、若造はそいつの仮面をはがす鍵を持っているが武器はない。さぁ、やるか?”
その恐ろしい提案を飲んだのは、少女だった。
“やる……そのかわり、私1人でやる”
少女は、アンスティスをにらみながら、言った。
“だから、この人には鍵を持たせたまま、皆のところで待っててもらって”
“エレン!!??”
“はーーーーっはっはっはっは!!!”
アンスティスは、ますます無気味に笑い、よかろう、と返事をした。
しばらくして、丘一帯に高い柵が張り巡らされ、そこに何頭もの狼が放たれた。
少女は、少年からお守り代わり、として指輪を受け取った。
そして……
少女は鉄の仮面を被せられた。
海賊は、高いところで、その様子を酒を飲みながら見て居た。
鉄の仮面には目の部分に小さな穴は開いているものの、視界がとても狭くなる。
また耳の部分は完全に覆われており、音はほとんど聞こえない。
この状態で闘えるのか?!
誰しもがそう思っていたが、少女は果敢だった。
自分の鋭い感覚で、狼が地面を蹴って駆けてくる振動をつかみ、戦う。
刀など扱ったこともなのに、よく切れるその刀は獣をなぎ払っていった。
だが、やがてわずかな頼りであった少女の嗅覚も血の臭いしかしないその場所で、麻痺していく…。
鋭かった感覚も、衰えをみせる。
……あとどれくらい?……
仮面の中、少女は幾度もそう思っていたに違いない。
島民たちは、恐ろしくて目を背け、それを見ていない。
だが逃げ出すことはできなかった。
海賊たちが逃げないよう、脅し、見張っていたから…。
思いの他、ねばり生き続ける少女の姿を見て、頭首は舌打ちをした。
……いまいましい……
しかし、ふと目に入ってきたものを見て、再び不気味な笑いを浮かべた。
少年が、どうやってか、1人、見張りをかいくぐり柵を乗り越えていたからだ。




