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黄金色の獅子に、焦がれていた③

しかし、レーヴェは公爵家の令嬢である。

既に魔力の高さは周知の事実であり、そしてそれを操る技術をも大人顔負けなほどに学び身につけ、ベルンシュタイン家の名に恥じぬ存在となっていた彼女の側に、地位も力もない、そして男のシュベーアトがいることに苦言を呈すものも多かった。


レーヴェはそんな声を跳ね除けシュベーアトを側に置き続けたが、シュベーアトはそれに甘えていては、いつかレーヴェと離れ離れになることが、わかっていた。




「公爵様、お願いがあってまいりました」


「なんだ、シュベーアト。上着も着ずに寒くはないのか?レーヴェはどうした?」

「レー…、お嬢様は、いまお昼寝されています。上着は、お嬢様にお貸ししました」


午前の授業であった淑女教育を終え、昼食を済ませ、それから年相応な顔をして、スヤスヤとお昼寝をしているレーヴェ。彼女の小さな手が隣にいたシュベーアトの上着を握って離さなかったから、そーっとそーっと上着を脱いで、レーヴェの隣を抜け出し、公爵の元に行ったのは、シュベーアトが6才になった年、レーヴェと出会い、半年が経ち、レーヴェを"お嬢様"、と呼ぶ様になった雪の季節の頃だった。



「それで、私にお願いとは?」


派手ではないが、質の良いもので整えられた執務室。

重厚感のある執務机に座り、書類仕事をしていた公爵はシュベーアトの突然の訪問にも嫌な顔一つ見せなかった。長椅子にかける様に促してくれたが、首を振りそれを辞退するその様子を見た公爵はシュベーアトの話の内容を察したのであろう。広げていた書類を簡単に整えて片付けると、執務机のに回り込み、そこに軽く腰掛ける様にして腕を組み、シュベーアトの言葉を待ってくれた。


あまり行儀が良いとは言えないこんな仕草を、公爵は時々シュベーアトの前では見せてくれる。

きっと少しは、信頼されているのだろう。けれど、静かな公爵の濃金色の眼に見つめられると、シュベーアトはいつでも緊張してしまう。


緊張して、そして大好きな夕陽の様な、黄金色の瞳を思い出すのだ。


「おれ、……わたしは、お嬢様のそばにいるための、力が欲しいです」

「ほう。それで?」

「わたしにも、魔力はあります。魔法を学ばせてください」

「………そうだな。確かにお前にも魔力はある。だが、それだけではレーヴェを守ることはできないぞ。魔法においては、この先もずっと、レーヴェの方が遥かに強いはずだ」

「わかっています!」


公爵の言葉に被せる様な勢いで即答したシュベーアトに、彼は片眉を上げた。

流石に不敬であったし、何か言われるかと身構えたが、公爵はそのままシュベーアトに言葉の続きを促してくれた。


「……わかっています。ですから、魔法だけでなく、剣も、体術も、薬学も、教養も、交渉術も、掃除洗濯炊事も、すべてを学び、身につけたいのです。お嬢様のちからとなりたいのです」


体の横で握った拳が震える。

喉が渇き、声がうまく出なかった。

それでも公爵の前に立ち続けられたのは、一重に、レーヴェへの思いの強さからだった。


「わたしは、お嬢様に、たすけられました。まもられました。今もまだ、まもられています。その恩を返す力を、わたしに身につけさせてください!!」


叫ぶように言い切って、ガバリ、と頭を下げた。

いつのまにか額に浮かんでいた汗が、床にパタパタと落ちた。


痛いほどの沈黙。

胃がひっくり返り吐きそうなほどのプレッシャーに押し潰されそうになったが、シュベーアトは動かず、頭も上げなかった。


たぶん、沈黙が破られるまではそんなに長い時間ではなかった。

床を見つめていた視界に、磨き上げられた靴が入ってきて、下げたままの頭に、大きな掌が乗せられた。


「お前も、まだ6つだったな」


公爵の、掌だった。


「は、はい……、先日、たんじょうびでした」


手作りの花輪と、少し形の崩れた手作りのクッキーを、恥ずかしそうにレーヴェがくれたのは、3日前だ。


「そうか。お前もまだ、守り育てられるべき存在だぞ」

「…もうじゅうぶん、守っていただいています。だから、」

「………わかった。私の願いを聞いてくれるのであれば、お前の望みは、ベルンシュタイン家の名にかけて私が叶えよう」


聞き覚えのある言い回しに、思わず下げていた頭を上げると、緊張に冷え切っていた肩に温もりがかけられる。

それは、公爵の羽織っていた上着だった。

上質な仕立てのそれは、当然だがシュベーアトには大きく、裾の3分の1ほどが床についてしまっていた。


「こ、公爵様!いけません、よごれてしまいます!!」

「構わん」

「しかし!」


慌てて返そうと上着を掴んだ手の動きを制する様に、上から公爵の手が重なり、シュベーアトは動けなくなってしまった。

どうするべきか、と混乱するシュベーアトの前に、公爵はゆっくりと蹲み込んだ。



「聞け、シュベーアト。私も、きっとレーヴェも、ベルンシュタインの名を捨てることは出来ない。……与えられている地位や権力、生活に驕ることなく、民を守り、国の為に生きる義務を全うしなければならない。だからいざというとき、国と、レーヴェ、そして家族を天秤にかけたとき、私は国を取るだろう。


──取らなければ、ならないんだ。


それがベルンシュタイン、だからな。けれど、それは私の責務ではあっても、心ではない。レーヴェは私の愛しい宝だ。あの子に幸せになって欲しいと思う心は、本物だ。……だから私も、レーヴェ自身も、レーヴェを守れない時、お前だけは、何と天秤に掛けられても、レーヴェをとってくれるだろうか。それがたとえ、レーヴェが誇るベルンシュタイン家の名に傷をつける事になり、お前がレーヴェに………、どう思われる事になっても、だ。それを誓えるのであれば、私はお前が望むものを与えよう」



"ベルンシュタイン家の名を守るより、ルーヴェを守れ。"


要約すると、そう言うことだ。これは、現当主の口から告げられた言葉としては、許されるものではない。


驚いた。

けれど、シュベーアトは迷わなかった。


「────はい、ちかいます」


そしてあの日、シュベーアトと公爵のだけの、秘密の契約が交わされた。その誓いを胸に、シュベーアトはレーヴェの従者であり、護衛であり、そして騎士となって言ったのだ。




誓いを交わした翌日から、シュベーアトは公爵の惜しみない援助のもとで様々を学び、身につけることに努力を惜しまなくなった。

レーヴェのために、というシュベーアトと公爵の熱心さはレーヴェが嫉妬するほどであり、しばらくの間、シュベーアトは、父を取られた、と拗ねたレーヴェと距離を置かれたこともあった。あの時は公爵と二人、あの手この手でレーヴェの機嫌を取ったのだが、その作戦会議の様子すらも仲良さげに見えたらしく、更にレーヴェに距離を置かれたのも、恥ずかしくもあるが、幸せな思い出である。




その1年後、レーヴェが王太子の婚約者に決まり、シュベーアトは大切な初恋を決して告げない覚悟を決めた。

レーヴェが王太子妃の教育を受けている時間を鍛錬と知識習得の時間に充て、シュベーアトは歴代最年少で近衛騎士の資格を取得した。

皆からは快挙だなんだと声を掛けられたが、なんてのとはない。成人後に王城に上がることとなるレーヴェの側に、変わらず仕える為に必要だと思ったからだった。



そしてレーヴェは、慣例通り15歳でゼーレ魔法学園に入学した。

シュベーアトはレーヴェよりも2つ年下であったが、その身につけた力は既に学園入学においては十分なものであり、また王太子の婚約者であり、次期王太子妃であるレーヴェには護衛が必要である、というベルンシュタイン公爵の主張を国も学園も承諾し、特例でレーヴェと同じ年に入学となった。


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