序章
これから私と彼が経験した事を記します。
それはあなたを又は、大切な方を守るためのヒントになると信じています。彼は大切な方を守る為に決断しました。どうかこのような悲劇が再び起こらない事を願っています。
俺は恋人とベットでイチャついた後、微睡みながらテレビのニュースを見ていた。
「今日未明、連続殺人の容疑で逮捕された稲村伸介容疑者が護送中の警察官から逃走し、逃げた先のビルの屋上から飛び降り、病院に搬送されましたが、搬送先で死亡しました。」
「あの犯人自殺したんだ。やっぱり本当に犯人だったから自殺したのかな?」
隣で恋人の綾香がニュースの感想を言っていたがあまり頭に入っていかない。
(伸ちゃんが死んだ?やっぱり殺人犯だった?)
あまりの情報量の多さに混乱し、動揺する。あの時もっと真面目に聞いていれば…と後悔した。
落ち着いて頭の中を整理していく。
伸ちゃんは中学と高校の同級生で親友と言っても過言では無いほど仲が良かった。俺とは違い成績優秀で性格も良く女子にもモテた。天が二物も三物も与える物だから嫉妬する気も起きない程だった……いや、少しはした。俺の初恋の人でもあるミキと付き合って、高校卒業後にミキと結婚するって言われた時は、祝いたい気持ちとモヤモヤした気持ちがあって、凄く、複雑だった。結婚式に出席して、しばらく連絡を取っていたが、お互いの仕事や子育てが理由で疎遠になってしまった。そして半年前、駅でばったり再会した。
「ユウジ、久しぶりだな。俺だよ伸介だよ。」
仕事に行く途中、俺は駅で声をかけられた。あの時より月日は立っていたので、もう大分大人って言うより、中年に差し掛かっていた。でも、伸ちゃんはカッコ良さと大人っぽさが増していた。
「伸ちゃん!久しぶり、めっちゃかっこよくなってんじゃん、ミキちゃんとマー坊は元気?」
久しぶりの再会でテンションが上がり、つい早口で捲し立ててしまった。
「ユウジは変わってないな、あの頃のままで安心した。声掛けて何なんだけど、これから取引先に顔を出さないといけないんだ。今日は夜時間あるか?飲みながら話そうぜ!」
「今日は夜勤あるから、ちょっと厳しいな、明日の夜なら大丈夫!番号変わってないから、電話でもメールでも良いから連絡して!」
言い終わるかどうかの境目で人波にお互いのまれてしまった。伝わったか不安になったが、伸ちゃんは拳を上に突き上げそのあとOKのサインを出した。
「なんだよ、伸ちゃんも変わってないじゃん。」
いつもは気だるい感じの仕事もその日はやる気に満ちていた。
2日後、お互いの予定の調整がついたので、昔よく馬鹿騒ぎしていた旧友で悪友の馴染みの店に行くことになった。
「「かんぱーい!!」」
お互い冷えたジョッキで喉を潤す。初めて飲んだ時はこんな不味いもの、二度と飲むか!と誓ったが、
歳を取るにつれビールの美味さがわかる様になってきた
「みったん、まだこの店やってたんだなぁ。汚ねぇけど、やっぱ落ち着くなぁここ、にしてもホント久しぶりだわ」
「何言ってんだか、来るたびに文句ばっかだなぁ。汚い、じゃなくて味があるんだよ。ホントわかんねーかな、わかんねーだろうな、このボンボンにゃ」
この店のオーナーでもあり、悪友のみったんこと三島太郎が焼き鳥と適当なツマミを持ってきた
「おいおい、みったんも伸ちゃんも再開早々、バトるなや、確かに店は汚いけど料理は絶品だぜ」
「先に言ったの伸介だぜ!ってユウジ、オメェもウチの店何気にディスんなや。ツケと今日の料金割増にすっぞ!伸介もキープしてるの流しちまうぞ!」
「私は一向に構わん、料金は、かの有名な稲村伸介大社長がお支払いになる。」
「ん?いや、今日は確かに俺が誘ったから出すけど…ツケは自分で払えよ。」
「そんなぁ、伸ちゃんご無体なぁ、伸介大先生お願いしますだぁ」
「嘘だよ!ユウジはともかく、伸介みたいな上客逃すのは店に響くからな」
「なんか、みったんと話が噛み合わないな、さっきのキープって」
「伸ちゃんいいから飲もうぜ、焼き鳥も食おうぜ。この揚げ出し豆腐すげーウメェ!」
昔のように馬鹿なやり取りをしていた。酒も進み夜も深くなり、腹も少々落ち着いたのでお互いの近況をポツリポツリと話し始めた。俺の半同棲している彼女が結婚を意識しているとか、みったんはお店にお酒を卸しているお店のバツイチの子を意識してどう誘うかとか、本当に下らない話だった。
伸ちゃんの番になり、ゆっくりと話し始めた。はじめは結婚生活も仕事も順風満帆で、子どもも産まれて幸せの絶頂だった、さらには愛人もいて有頂天になっていたとも言っていた。
その言葉を聞いた時、正直腹ん中は煮えくり返って頭がどうにかなりそうだった。ブン殴りたかった。でも、ミキちゃんと息子のマー坊の事を考えると何もできなかった。
すると伸ちゃんがこう言い出した。
「愛人とは分かれたさ、大分前にな。浮気していた事はミキにもバレてる。アイツ何も言ってこないけどな。」
「え?別れた?大分前に?オメェ何言ってんだ?先週も美冬ちゃんと来てたじゃん。」
みったんが口を挟んできた
「何で、美冬の事知ってんだ?そもそも、俺がこの店に来るのも数年ぶりだぞ!」
「はぁ?伸介、先週二人でボトルキープしてたぜ。高い酒をよ。伸介はお客さんだから、あんまり口出ししたくないけど最近のオメェは本当に最悪に嫌な客だぜ」
そう言って、みったんは奥から札の掛かったウィスキーのボトルを持ってきた。
「ほらよ、これだよ。札に伸介&美冬って書いてんだろ。日付も先週だし、オメェだいぶ酔ってんじゃね?」
それを見た伸ちゃんは、真っ青な顔になりトイレに駆け込んだ。そして、微妙な空気になりその日はお開きとなった。その後も、伸ちゃんはブツブツと「違う俺じゃない」「やっぱり何かがおかしい」とずっと独り言を言っていた。
帰りのタクシーの中で伸ちゃんがこう言った。
「最近、記憶にない案件がいつのまにか成立したり。マー坊とずっと遊んでないはずなのに、一緒にいたとか言い出したり、しまいには作文で俺と遊園地行ったなんて嘘まで言うんだよ。」
「伸ちゃん、働きすぎで脳がバグってるんじゃない?伸ちゃんちょっと休んだ方がいいぜ」
「あぁ、そうかもな。悪い、心配かけた。それじゃ酔い覚ましに歩いて帰るわ。また飲もうぜ」
「良いよ、伸ちゃんしっかり休んでくれよ。あとミキちゃん泣かせる前に、美冬さんどうにかしろよ!」
タクシーから降りた伸ちゃんは、いつもの拳を上に突き上げ、OKサインを送った。そして、その日から3日後、美冬ちゃんが、百瀬美冬さんが何者かに刺され死亡した。現場近くで伸ちゃんが目撃され、重要参考人として伸ちゃんは全国指名手配された。