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雪瓶

作者: 多々良

その世界には空がなかった。

黒い高いビルの鉄格子に、黒い雲の蓋で閉じ込められた檻。

その檻の天井を、街の外れの屑鉄の山から見上げる少女がいた。

少女に名前はない。それを付ける前に親は捨ててしまったし、仮にあっても誰も覚えていない。


「回収」と称した生活資源の奪取や、人攫いなんて日常茶飯事で、たまに都市から大規模な「掃除」もある。

そうして今日も、わずかな金のためにセキュリティを掻い潜って「都市」に忍び入る。

嫌悪、軽蔑、わずかな憐憫。


そんな視線を歯牙にも掛けず、少女は小さな口を開き音色を紡いだ。

いつかに世話を焼いてくれた女性から覚えたメロディに、意味も分からず溢れる詩。これでも運がいい日は食事にありつける。今日の稼ぎは上の下といったところだ。


黒い空は雨を溢さない。少女が生まれた頃からその空模様は陰鬱の顔しか見せない。この都市の住人と一緒の、晴れも雨もない顔。とっくに滅んだ天気の概念など、少女は知るよしもない。機械油で反射した油膜の虹色が、少女の知るただ一つの綺麗なものだった。


鉄屑の山には価値のあるものが眠っていることもある。機械の部品からはレアメタルが、他人の住居からは食料が、人の死体からは運が良ければこれら全てと、さらには金と服が手に入る。場合によっては一番の収穫にもな得る。


いつものように、少女は横たわった人の服を漁る。万が一生きていた場合に備えてそっと。ポケットから出てきた化石のような機械、それだけだ。二束三文にしかならない。

すると、少女の手が掴まれる。驚き暴れると手は簡単にふり解けた。

「それ、あげるから、食べる物......」


バツが悪かったからか、気まぐれか、たまたまその日の稼ぎが良かったからか、少女は男を連れて帰った。半ば引きずるように。


男は随分とよく喋り、いろんなことを少女に聞いた。少女も変わった行き倒れに色々と答えた。男は少女を随分心配しているようだった。この街じゃ珍しくもない出生に珍しくもない少女の生活、男はきっと外を知らずに生きてきたんだろうな、と少女は思った。


男に街を案内する。すべてに珍しそうに周りを見渡しながら、楽しそうにいろんなものについて質問してくる。そしていつものように歌を歌う。哀れな少女に同情した金持ちは小銭を落とす。いつもの稼ぎ方だ。いつもと変わらない、都市の外に住んでいる者の日常。


観客側にいた男が少女を止めさせて手を引く。怒っているように、前だけを睨み、足早に。少女には男の意図が分からなかった。

そのまま少女の暮らす屑鉄の山に戻った。


「その歌の歌詞の意味ってわかってる?」

少女は首を振る。少女は聞いたものを繰り返しているだけ。

「この街じゃ雪降らないもんな」

雪の意味も冷たさも、少女は知らない。


男はヒビの入った小瓶にオイルを注ぐ。いっぱいになった瓶に、鉄屑を削った粉を入れる。針金で人をかたどったものを瓶の蓋に付けて、それでそっと瓶を閉める。男は蓋が下になるようにひっくり返して、瓶を振った。

削った鉄粉が瓶の中をキラキラと舞い落ちる。それを少女の目の高さに合わせ、よく見えるようにした。それは後ろに見える歪な都市を透かし、さながら降り頻る雪のようだった。


少女は知らない。男の作ったスノードームが何なのか。景色は分かってもその冷たさまでは分からない。


それ以来男は姿を見せることはなくなった。

それ以来少女は、空を見上げる時、小瓶越しに眺めるようになった。

また超短い話です。ディストピア、少女、歌、スノードーム。私の好きを詰め込んだつもりです。こんな話、素敵じゃないですか?素敵ですよね!素敵なんですよ!!

場合によってはもっとちゃんと書くかもしれません。多分やんないけど。

御高覧ありがとうございました。

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