表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/26

九. バンプ・オブ・マキ

 帰ると見せかけておいての不意打ちだった。


 某ライダー風キックをもろに食らった道行みちゆきが、「ごふっ!?」っとうめき、名もなき悪役戦闘員のように盛大に吹っ飛ぶ。坂道での大回転につづき、歩道上でもゴロゴロ転がることになってしまった。ドラマの中なら爆発必至の直撃である。


「チッチッチ。アタシを出し抜こうなんて甘い甘い。十億万光年はやいんだよ」と指をふる真紀まきちゃんが立っているのは、バス停小屋の目の前。「幼馴染の恋人を見極める義務があるからね」


「意味わかんないし! っていうか、ほんと待って! ダメだったら!」


「ではでは~、ご開帳かいちょう~♪」


 歩道上にいつくばりながら手を差し伸ばすも、真紀ちゃんは聞く耳持たず、もみ手をしながらのほほん顔で小屋に踏み込んでいく。


 道行は不届き者をとららえるため、全速力で舞い戻った。


 が、時すでに遅し。


「キャーッ!!」


 屋内から金切り声が上がったかと思うと、銃を突きつけられた人のように、真紀ちゃんが震える足で中から後退してきた。口元を両手で覆い、元々丸い目を真円しんえんにして驚愕きょうがくしている。「冗談だったのに……」とつぶやきながら歩道上の道行に戻された視線は、ケダモノでも見る目つきだった。


「中に、裸の女の子ががが……」


 とこぼされた声に、道行も内部を確かめる。


 度肝どぎもを抜かされた。


 中学生ほどに見えていた氷女さんが、小学校の中~高学年ほどになってしまわれている。


 小屋の内部は浸水状態だ。


 壁に寄りかかるコオリさんの足の裏は、もう地面に届いてはおらず、宙ぶらりんになっている。ロングストレートだった髪の毛も、やや短くなっていた。横腹に見えていたクビレはなくなって、子供のような寸胴ずんどう体型。ひらたくなった胸の谷間を、水玉が下り、ぺこぺこと苦しそうに膨縮ぼうしゅくをくりかえすお腹のヘソ穴に溜まっていく。


「『取り込み中』って……小学生と!?」


「ハァ!? なに言ってんの真紀ちゃん! 違うからね、誤解だよ!」


 いつも愉快なはずの真紀ちゃんが真顔まがおかつ真声まごえで噛みついてきたので、道行が全身全霊をもって全面否定していると、暗がりのベンチからはかなげな声がしぼられる。


「……助けて……はやく……」


 コオリさん(小学校高学年体型かつ裸状態)は、純粋に、救助を要請しているだけである。また一段階キーが高くなっている声音で、溶けゆく体をどうにかして、と訴えているのだ。……しかしこの状況下で、てんで事情を知らない真紀ちゃんがいる前で、「助けて」という言葉は激マズワードだった。 


「まさかミッチー……小学生をむりやり!? つまり強姦ごうかん!?」


「違ああああう! 断じて違う!」


「鬼! 悪魔! し!」


 こうなっては隠し通すのは無理だ。


 一部始終をさらけ出してしまうほかない。


「真紀ちゃん、すこしの間、真剣に聴いて。人で無いのは彼女のほうなんだよ」


 と道行はベンチに座るコオリさんを指差す。


「彼女、体が氷で出来てるらしいんだ。さっき坂道で行き倒れていて、暑さで溶けかかっていたところを、僕がここまで連れてきたところだったんだよ。発見したときは高校生くらいの見た目で、セーラー服だって着ていた。それがバス停に着いたころには、体が溶けてきたせいで、中学生くらいになっちゃってて、服も……ご覧のありさまで……今ではどういうわけか小学生くらいになっちゃってるんだ」


「ミッチー……あなた気でも狂ったの?」


「真紀ちゃん……ここは信じるところだよ?」


「嫌っ、こっちに来ないでロリコン!」


「ロ、ロリ……真紀ちゃんもう一度彼女をよ~く見て! 薄暗くてよく見えなかったんだよね? ほら、目や唇は比喩じゃなくて青色だよ。スカイブルー! 肌の色なんて真っ白だよ! 白い息も吐いてる。どう見たって普通じゃない!」


「ノーマルじゃないのはミッチーでしょ、この化け物!」


「だから化け物は僕じゃないんだってば……」


 コオリさんの体をしっかりあらめてくれれば歴然れきぜんとするのだけれど、およごしになっている真紀ちゃんは、再確認しようとしない。道行が手をつかまえようとすると、おびえた子犬のように一歩後退して、「こっちこないでよ変態! 変態変態変態変態変態変態!」と、たいへんな大連呼をやり出してしまう……。


 あまりに変態と連呼するものだから、名前だと勘違いしたのだろうか、小屋の奥からコオリさんが、「はやく助けて……ヘンタイ?」と呼びかけてくる。


「僕の名前はヘンタイじゃないですから! 道行です!」


 訂正するために一瞬でも目を離したのがいけなかった。


 道行が顔を戻すと、真紀ちゃんの姿が目の前から忽然こつぜんと消えてしまっていた。


「待っててね! 今すぐ助けを呼んでくるから!」


 と言う彼女は、縁石えんせきわきに止めてあった自転車にまたがり、一文字ハンドルのグリップを握っている。お前が待てよ!、と道行が訴える間もなく、猛然とスタートが切られてしまった。


 呆気あっけに取られてくすしかすべをなくしているうちに、立ち漕ぎで離れていく真紀ちゃんから大音声だいおんじょう


「おまわりさ~ん、どこですか~!? ここにイカれてしまった変態が居ま~す! ミッチーが――中学まで同級生だった有賀ありが道行みちゆきくんが、いたいけな小学生をバス停の待合室に連れ込んで[ピー!!]してま~す! ●●高校一年二組の有賀道行くんが、かよわい無抵抗な女子児童を、バス停の暗がりで[ピーピーピー!!]してますよ、お巡りさ~ん!! 繰り返しご連絡いたしま~す! 有賀道行くんが――」


 どえらい文面をチリ紙交換のように、ありとあらゆる方角へいていく……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ