七. 溶解少女
「スカーフが溶けましたけどぉッ!!」
歩道に出ている道行が、バス停小屋のなかを瞬速で顧みれば、また目を疑う信じられない光景。
コオリさんのセーラー服全体が、半透明にシースルー化しているのだ。
これまでは濡れそぼっていても、透けて見えることがなかった素肌が、覗けている。襟や袖で隠れていた肩や二ノ腕、肋骨やお腹のクビレといった胴脇までもが、透け透けの浮き彫りになっていた。
下着すらそんな状況のため、乳房を覆っているものは、もはや半透明のビニールに化けている。下手をしなくても先端にあるピンク色の地区までが識別可能だ。
さすがに道行は慌てふためき、諸手で紅葉面に蓋をした。
上と下の大事なところは指で隠し、そのあいだから彼女を垣間見る。
「一体全体、なんなんですかコレは!? あなた、何者です!?」
「……コオリ……オンナ……」
道行がくしゃっと顔をしかめた。
「氷女?」
と発してから、鼻を鳴らして自嘲する。
「そんな、雪女みたいに言われたところで到底、」
「……溶けちゃう……助けて……」
トタン囲いの幽暗な小屋の中、長髪を垂らして座るコオリさんの蒼い瞳が淡く発光した。
ガラス細工じみたセーラー服の欠片を羽織っている彼女は、白霧を彷彿とさせる息を吐き出し、己が身を抱くようにして「ケホッ、ケホッ」と咳き込む。すると口から真珠のような小玉が数粒、ぽろぽろと転げ落ちた。床に停止すると、接地箇所からみるみる溶け、落涙の跡のような小さな小さな水溜りに変わる。
道行きの顔から笑みが消えた。
「全身が氷で出来てるってことですか……?」
「そう」
いやいやいや、やっぱりありえない。
道行は掌底で額をガンガン叩く。
どれほど近代化から取り残されている片田舎とはいえ、昔話の妖怪事案みたいな出来事、起こりえるはずがないだろう。
しかし、である。
「そろそろ限界かも……」
何事かの臨界点突破を訴える彼女の唇は、薄い桜色から、濃い水色に変色していた。紫ならまだしも、見事なまでのスカイブルー。目線を下に移せば、胸の天辺でぽっちりしている地区も、手足の爪も、ピンク色の血色が現れていそうな場所が、すべて空色になっている。あげくには、肌が真っ白なのだ。もう比喩などでなく、絵の具のホワイトを捻り出したような純然たる白。
「……あっ……くふっ……ダメっ」
漂白状態の身がよじられると、座板から点々と滴っていた水が、一本の水流へと変容した。もう一本、さらに二本と、滝がちょろちょろ姿を現し、床にびちょびちょ撒き散らされていく。
こんな世にも奇妙な一場面をまざまざ突きつけられてしまっては、信じたくなくても信じざるを得ない。体が氷で出来ている、と言われれば、鬼のように冷たい身体でありながら、極度に暑がり、乾くどころか尚一層に濡れて、水を放出するのも納得できる。
もともとの肌の色は、この純白&空色のカラーリングが基調なのだろう。それを幻術かなにかで人肌に近づけていたのが、高熱でその機能をやられてしまい、制御が利かなくなって――いわく『形状が保持できず』、術が解けてしまい、肉体ならぬ氷体が、溶解しはじめている……のだと思われる。
体が溶けて凝縮されると、その体の丈に見合った年齢に、外観が推移していくという奇っ怪な性質もあるようだ。
……とんでもないモノを拾ってしまったぞ。
と、道行が立ちすくんでいる最中、
「あれ? ミッチーじゃん」
唐突に、あだ名で呼ぶものがあった。
道行は、聞き知った声に肝をつぶして、歩道を振り返る。
北浦真紀が、そこに居た……。