五. 絶賛錯覚ドリッピングナウ
傾斜がだいぶゆるまってきて、T字路まであとひと息というところまで下ってくると、道行はふたたび確認をとった。
「ほほほ、ほんとに、ほんと~に、さささ寒くは、ないんですよね?」
「……うん……熱い……」
道行の視界はもう、目まぐるしくブレるほど、寒さで烈震していた。しゃべり声はひきつり、カチカチと歯が鳴る音が混じる。
尋常ではない冷気が背後から襲って来るのだ。
凍てつくように冷え切っているコオリさんが、暑さを感じているのはおかしいことのように思えてならない。スマホをアイスクリームといって食べようとしたくらいである。あるいは、『寒い』と『暑い』の意味がこんがらがっているのかもしれない。
日光であたためられられて体温が回復するどころか、ますます温度を失っているようにすら感じる。
道行が一歩一歩踏み出すたび、
ピチッ ピチッ ピチッ ピチッ
と、干からびたアスファルトに黒い足型が押されるようになっていた。
コオリさんから伝わる水が朱肉となったスタンプである。
彼女のセーラー服はなぜか一向に水気を手放さないのだ。むしろ、こんこんと湧き出ていると錯覚するほどに、水玉がだくだく流れ落ちてくる。道行が着ているワイシャツもTシャツもズボンもパンツも、いつの間にか、ずぶ濡れになっていた。
超局地的な雨を降らせる妖怪が頭上にまとわりついているのではないだろうかと馬鹿なことを思って、天を見やっても、真っ青な空が広がっているばかり。無論、雨など降っているわけがない。
わけのわからない冷気に戸惑いながらも、前進する足取りが鈍らなかったことは救いだった。虚弱体質が祟って、坂道を下り切る前にへたばったらどうしようかと道行は危惧していたのだが、杞憂に終わりそうだ。
火事場の馬鹿力が発動しているのか、コオリさんの体重がだんだん軽くなっていくような錯覚を覚え、足の運び自体は、楽になっていく気さえするのだった。