四. 運搬ボーイ
来た道を戻り、沙苗のいる川渡商店まで引き返そうかとも考えた。
でも、登り坂を進むのは、コオリさんを背負った状態では厳しい。それに、一番近い民家へは、坂道をくだりきったほうがはやい。くだったさきの突き当りの道路は、多少なりとも車通りがある。下り口になているT字路近くには、ちょうど掘っ立て小屋の建つバス停もある。彼女を休ませて直近の家に助けを呼びにも行ける。さいあく二百メートル走れば、道行の家があり、自宅から救急車を召喚できるのだ。
だから先を進む選択をとった。
さいわいにしてコオリさんの身長は、150センチあるかないかという小柄なため、平均身長以下の道行にとっては運搬に助かるサイズ感。それでもやはりそれなりの重量はあるので、運動不足と大転倒後の脚には、けっこうな負担になる。
彼女にできるだけ負荷を与えないように気遣って足を繰り出す。着地でふんばるたび、道行のふくらはぎと太ももがプルプルする。華奢な両脚を抱える貧弱な腕も、同じくプルプルと振動した。
そればかりか道行は、唇も震わせはじめていた。こちらは背に担いでいるコオリさんの重さが原因ではない。
「コ、コオリさん……体、寒くないですか?」
炎熱が支配する季節にはまるでお門違いの台詞だけれど、切実に尋ねた。
彼女と触れ合っている背中や腕が、なぜだか恐ろしく寒い……いや、冷たいのである。やわらかい氷をしょっていると言っても過言ではないくらいに冷えきっているのだ。
「……ううん……熱い……とても……」
道行の右肩に小さな顎をのせて、髪の毛から水を滴らせるコオリさんが、絶え絶えとつぶやく。真冬の極寒で吐き出されたかのような凍える息に、耳元をくすぐられ、思わず身震いがでた。
40℃オーバーの猛暑とはいえ、彼女は雪山の遭難者のごとき超低温である。それにも関わらず、「とても暑い」などと口にするあたり、感覚器官が正常に働いているのか心配になる。やはり感覚が麻痺してしまっているのだろうか。頭が朦朧としているせいなのだろうか……。
大至急病院に搬送して医者に診せなければならない。
と、道行は、用心深くも出来る限りの速度で歩き進んだ。