二十三(END). どんとはれ
夏期講習を終えた道行は、川渡商店に向かって自転車を走らせていた。もちろん漕いでいるのは、スクラップ行きになった愛チャリではなく、ホームセンターで新しく買い替えた新車である。
もう少しで到着というところまで来ると、前方から、「出た出た出たぁああああああっ!」と、叫びながら猛スピードで自転車を走らせる中学生の男子とすれ違いになった。股間付近は乾いているので、漏らしたわけではなさそうである。
嫌な予感がした道行が、「ねぇ、ちょっと君……」と声を掛けて呼び止めようと試みるも、気が動転している中学生は、叫ぶ言葉を「幽霊だぁあああああっ!」と変えただけで、疾風のような速さで通過して行ってしまった。
「……何かやらかしたな?」
道行は進行方向に顔を戻し、立ち漕ぎになって先を急いだ。
☓ ☓ ☓
「なにやってるんですかコオリさん!?」
川渡商店到着と同時に、道行は自転車を放り出すようにして降りた。
新車だからといって悠長にスタンドを掛けている場合ではない。
なぜならば、軒下のアイス用ショーケースの中で、コオリさんが、本来の白と青を基調とした人体カラーリング、かつ、真っ裸、で突っ立っていたのだから……。
「あっ、ミチユキ、おかえり」
「おかえりじゃないですよ! そんなヤバすぎる格好でしれっと言ってこないでくださいよ!」と着ていた半袖シャツを大慌てで脱ぎ、さらけ出しの胸めがけて投げつける。「夜寝るとき以外で、冷凍ケースに入るのも、裸になるのも、元の肌の色になるのも、ぜんぶダメって言いましたよね? やってはいけない三原則をすべて破ってる!」
「だって、マキがそうしろって言うから。そうしたらバニラソフトおごってくれるって言うからしただけだよ」
「勘弁してよ……真紀ちゃん」
道行がひたいを押さえて、足もとに視線を下げる。
「あはははっ、いひひひっ、超ウケる! 出たぁあああっ!?、だってよ、出たぁあああっ!? ドッキリで予想通りの反応が返ってくるのって、サイコーな気分なんだね!」
女子校の夏用ブレザーを着ている真紀ちゃんは、道行が到着する前からずっと、ショーケース脇の地べたにうずくまって、ポニーテールを揺さぶりながら抱腹絶倒していた。小麦色に焼けた拳を地面に叩きつけ、涙を流しながらの大笑い。
どうやら、このお馬鹿な幼馴染が、すれ違った男子中学生に対して、妙なイタズラを仕掛けていたようである。
巻き添えにしたのが大誤算。
「……あのねぇ、真紀ちゃん。正体を知る人が増えるとヤバいって、わからない? ここに突っ立っているなんだかよくわからない生命体に、氷漬けにされる可能性の人を増やしちゃうことになるんだよ?」
「心配しなくても大丈夫だってミッチー。バレないバレない。〝氷女〟なんて聞いたことないし、『遠野物語』にも出てこないしさ。あの男の子は、せいぜい雪女くらにしか思ってないよ」
「変な噂がこれ以上立っちゃって、物見遊山な見物人がさらに増えるとか考えてくれないのかな……? 来日前にヒッピー生活をしていた、とか、乳首をスカイブルーに塗っちゃうくらいの全身特殊メイクにこってる、とか、そういうありえない追加設定が加わるることになりかねないんだよ!」
「人が来れば来るほど商売繁盛で逆にサイコーでしょ? ここ数日のうちにアイスの売上が爆増して、沖縄休暇中の沙苗さんだってLINEで、帰ったらバニラソフト専門店にすっか!、みたな感じに喜んでたじゃーん」
「……あとでゆっくり話そう。今は大至急――」
道行は、渡した半袖シャツの意味を理解せず、肩に羽織っただけで、隠して欲しいところが公になっているヒトっぽい生命体に、顔を向ける。
「コオリさん! はやく中に入ってください!」
「わかった」
うなずいた彼女が、ショーケースの中にしゃがみ戻って扉を閉める。
「わかってないから!」
――と、氷女のコオリさんがアイスクリームを食べにやってきたせいで、ごく普通の高校生だった有賀道行が、七転八倒を繰り広げたあげく、田舎の片隅にある商店の軒下で、哀を叫ぶことになったそうな。めでたしめでたし?
(おしまい)