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挿話『俺の町の駄菓子屋の噂』

 俺の住んでいる田舎町には、川渡かわたび商店という駄菓子屋さんがある。田んぼが目立つ山間の集落にあって、俺の親が小さいころから建っていたそうだ。家からは離れた場所だし、そのへんには友達もいないので、俺は最近までその存在を知らなかった。知るきっかけになったのは通っている中学校でのうわさ話。


「店番してる子が、天使級にかわいい女子高生なんだってよ!」


 もともとは老婆ろうば番台ばんだいに立っていたらしい。でも去年亡くなってしまい、今年からは二十歳くらいのガラの悪い女性のまごが店を引き継いでいた。それが数日前にまた代わって、今度は絶世ぜっせいの美少女になっているのだという。


 名前はコオリさん。名字なのか下の名前なのかは不明。出身はアイスランドで、帰国子女らしい。氷菓子こおりがしが大好物で、とりわけ、ソフトクリーム(バニラ味)のアイスに目がないらしく。噂として広がっているのも、大好きなバニラソフトにまつわるエピソードだった。


「食べ方がなんかめっちゃエロいんだってさ。そんで、どんな冗談を言っても笑わなさそうなクールフェイスをしているらしんだけど、バニラソフトを食べてるときだけは幸せそうに笑って、その表情がすごく可愛かわいい。それとここが重要。コーンが苦手らしくて、残したやつを、食べていいよ、ってくれるんだってよ!」


 夏休みで部活に出てる男子の間では、知らない人がいないと言っても過言かごんではない。そして、数日前に立ったばかりの噂が、もうすでに、「昨日噂の川渡商店に行ってみたんだけど……ガチだったぞ!」と、体験談としても語られはじめているのだ。


 バニラソフトをひとつ買ってプレゼントしてあげると、天使のような美少女が食べ残したコーンをもれなくゲットできてしまう。

 

 やたらと大評判だいひょうばんなので、このビッグウェーブに乗り遅れてはならないと思い、俺も本日、部活帰りに立ち寄ってみることにしたのだ。



     ☓     ☓     ☓



 入道雲にゅうどうぐもが遠くにわいている夏空の下、昭和レトロなおもむきたたずまい。かかげられている看板かんばんには、消えかけている菓子メーカーのロゴ、そして『川渡商店』という文字。のきから張り出す縞模様しまもようのシートの下には自販機やベンチの他に、ガチャガチャや冷凍ショーケースも並んでいる。


 自転車を走らせてきた俺は、スタンドを下ろし、入り口へ向かう。


「こんにちは~」


 引き戸を開けて入店してすると、〝品定め〟のため、すぐ右手側にある番台へ目を向けた。


 ……しかし、噂のお姿がない。もぬけのからになっている。


 きっと奥の方に見える住居スペースに居るのだろう。入店を知らせるような音が鳴らなかったため、「すみません」と声を上げようとしたところで、「ん?」と、勘定台かんじょうだいの上に目が留まった。


 白い紙が一枚、置かれてあったのだ。


『ただいま、おひるねちゅう。ごようのあるヒトは、おして』


 と、ミミズがったような字で書かれていた。 


 たぶんコオリさんが書いた文字なのだろう。会話は日本語で問題なくおこなえると聞いていたけれど、書く方はまだのようだ。海外で生活しているときには書き取りを学んでいなかった様子。がんばって勉強している最中です、といった努力がうかがえて微笑ほほえましい。


 『おして』と書かれているのは、紙の横にある呼び出しボタンのことだろう。飲食店などでよく見るやつだ。まだバニラアイスを手にしてはいないが、はやくそのご尊顔そんがんおがみたかったので、俺はすぐにボタンを押した。


 ピロロロン♪ ピロロロン♪


 住居スペースのほうに注目していて、意表いひょうをつかれる。


 電子音が鳴り響いてきたのは、なぜか、店の外側からだった。もう一度押してみるが、結果は変わらない。軒先のきさきのほうから音が聞こえてくる。どういうわけなのだろう?、と呼び出しボタンを携えて外に出てみたあと、三回目を押す。


 発信源は、軒下に置かれたアイス用の冷凍ショーケース。


 小柄こがらな人間なら横たわれるくらいの横長の箱に、アイスがてんこ盛りになっていて、その内部で鳴り響いているようなのだ。


 仕入れ作業をしているときに、携帯していた受信機を誤って落っことしてしまったのかもしれない。


「回収しておいたほうがいいよな」


 俺はショーケースの扉を上にスライドさせた。


 ひんやりとした空気がただよい出す中、受信機を拾い上げるため、アイスの山に右手を突き入れる。詳しい位置を調べるため、左手に持ったボタンを押せば、そこのほうまでもぐってしまっているようだとわかる。


 右腕を肩まで挿入そうにゅうし、アイスの容器とは違う硬質こうしつな感触を探索たんさくしていると、まさぐっている手のひらに、ぷにっ、とした肌触はだざわりの物が収まった。


「……なんだこの感触?」


 物体をつかんでいる手の指に軽く力を入れる。


 ふにふにっ


 むにゅむにゅっ


 と、やわらかいので、受信機ではないことは確実だろう。ボールのような丸みがある。外装の破けてしまったアイスだろうか? でもベタつきはなく、サラサラとしている。なでまわすと、一箇所だけ、ぽっちりした小突起しょうとっきを見つけた。そこだけはグミのように弾力のある感触だった。


 たまごの形状をしたアイスを彷彿ほうふつとしたけれど、


「あのアイスにしてはデカすぎるよな……」


 ひとまず取り出してみることにする。


 指で、突起をつまんで、ひっぱった。


『痛っ!』


 突然、アイスの群れから悲鳴が上がり、俺は心臓が止まるかというくらいドキッとした。


 立て続けにアイスの一団が地震のようにぐらつき出したので、怖くなって手を引き抜こうとする。


 ……しかし、手首を何かにガッチリつかまれたのだ。


 それはあきらかに、人の指がからみつく感覚。


 夏という時期が時期でもあり、俺は一気に青ざめた。


 手首をつかまれているため、逃げ出すことができず、アイスの中に埋まった自分の腕に目を落としていると、そのわきで、黒々としたかたまりがモコモコと盛り上がってくる。


 アイスの群れをって出てきたのは、人の頭だった。


 ケースの中に立ち上がったのは、長々とした黒髪をらす、白塗しろぬりの女……。


 前髪の隙間すきまから垣間かいまえるひとみが、鬼火おにびのような青さで発光していた。


「私のおっぱいは、アイスじゃない」


 真っ青な唇がそう口にした瞬間、


「で、出たぁぁぁああああああっ!?」


 俺はつかまれていた白い手を物狂ものぐるいで振り払い、阿鼻叫喚あびきょうかん


 脇目わきめもふらず、自転車のもとへ駆け出したのだった。

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