二十二. 招かざる客、ふたたび
カナカナカナカナカナ……
すべてに決着がついたときには、もう蜩が鳴く夕方になっていた。
「あぁ……とんでもなく長い半日になった」
西日がさしこむ台所の食卓で、道行がカップ麺をひとり啜っている。一段落しての遅い遅い昼食。それまで口にできていたのは、コオリさんが食べ残したバニラソフトのコーンが二つだけだったので、腹ペコだ。
居住先は無事に決定していた。
彼女はもう、家の中には居ない。
「これで明日からも給水ポイントには困らなくなったけど……心配だなぁ」
ピ~ンポ~ン♪
ラーメンの汁を飲み干して空になったカップをテーブルに置くと、インターホンが鳴り響いた。「こんばんは~」と、壁に設置してある液晶モニターのスピーカーから聞き覚えのない男性の声が飛び出してくる。
訪問者の姿を確認するため、道行は席を立った。
モニターに近づき、仰天する。
一難去ってまた一難。
災いは忘れた頃にやってくると思い知らされる。
「あのう、わたくし駐在所の者なんですが、有賀道行くんはご在宅ですか?」
四角い液晶画面の中に立っているのは、警察官だった。そして彼の背後には人影がもう一つ見える。びくびくしつつも殺気立ち、背中から頭を覗かせているのは、幼馴染の真紀ちゃんである。盾代わりにしている警官制服の袖口をひっぱりながら彼女は物騒なことを喚き散らしている。
「お巡りさん、気をつけてくださいよ。アイツは人間じゃねぇーんですからね。悪魔です。化け物です。幼女をつけねらう妖怪〝ろりこん〟ですから! のこのこ出てきやがったら問答無用で、腰に吊っているニューナンブM60を抜いちゃって、頭に一発、胸に二発、ズドンと射殺ちゃってください!」
……ぜんぶ丸聞こえだよ、真紀ちゃん。
どうやら彼女は、やっちゃったようである。
はた迷惑なことに、本気でお巡りさんを呼んできてしまったのだ。
バス停で真紀ちゃんと別れてから、かなりの時間が経っている。
今になってやってくるということは……おそらく、駐在所に飛び込んだ彼女の言動は、支離滅裂なデタラメと判断されていたのではないだろうか。酔っぱらい同等にあしらわれ、全然相手にされていなかったに違いない。
奇しくも、今日は40℃越えの馬鹿みたいな暑さだった。脳神経を焼かれて、ひとりくらい馬鹿になってしまう人が出てきても、仕方ないような天気である。
真紀ちゃんが警官にどう説明していたかは、道行の知るところではないが、
「きみはほんとに落ち着いてくれないね……」
と、たじたじになって真紀ちゃんをなだめている警察官の苦々しい表情からしても、彼女の話を真に受けているようには見えない。「有賀道行くんはご在宅でしょうか……?」とモニターに繰り返すその目は、早くこいつを引き取ってくれ、とでも言いたげ。
道行は液晶モニターのとなりに掛けてある鏡で、自分の顔面を見た。
片頬には、復活直後のコオリさんと〝合体〟してしまったときによる霜焼けが残っている。強力な張り手を食らわせられたような赤い痣が浮いている。これを上手く利用すれば、この場は上手くしのげそうだ。
「別れ話を切り出したら、彼女が怒って取り乱し、駐在所に特攻した……で、納得してもらおう」
警官からはこっぴどく怒られることになりそうだ。でも、そんな面倒事などは今や取るに足らない。窮地を救ってあげたら氷漬けにされかけ、息の根を止められそうになった経験と比べれば、屁のようなもの。
勘違いしっぱなしになっている真紀ちゃんには、幼女の正体が〝妖女〟だったということをその目で確かめてもらい、巻き添えになってもらおう。
一日一個のアイスクリームを報酬として、コオリさんが住み込みで働くことになった川渡商店まで、どうやって連れて行くかが問題だけれど……。
ピ~ンポ~ン♪
と、催促された道行は、
「はーい、今出まーす……」
溜め息まじりに返事をし、玄関へ向かっていったのだった。