二十一. アイスガールにうってつけの場所
床に放置されたままのバニラソフトの空ケース。
道行とコオリさんは、ふたたび座卓を挟んで対峙している。
口のまわりに付着している白いバニラを指でぬぐって舐めながら、彼女が言う。
「アイスクリームを毎日食べることができるなら、帰れなくてもいい」
「……いや、帰ってもらわないと」
「それじゃもう一度、接吻する?」
コオリさん身を乗り出すようにして、唇をタコのようにすぼめる。
バニラ臭のする凍てついた空気を吹きかけてきた。
「もう二度としませんよ! やめてください!」
「私、眠るときは摂氏零度以下の環境が必要だから、よろしく」
「ちょっと待って下さい……うちに居座る気になってませんか? 裏玄関の冷凍庫を寝床として使わせろって言ってるんですか?」
「あそこは嫌。窮屈だから。横になって伸び伸び寝たい」
「いろいろ無理ですよ!」
コオリさんが帰るためには、正体を知ってしまった道行の死が必須。
そんなことは無理なので、居場所の確保が急務。
しかし彼女が条件として提示するのは、アイスクリームを毎日食べられること、それプラス、伸び伸び眠れる摂氏零度以下の睡眠環境である。
むちゃくちゃだ。
「今日だけは、とりあえずうちの冷凍庫で我慢してもらえませんか?」
「もらえません」
と、迷わず即答してくる彼女の性格は、たちが悪い。何食わぬ顔で息の根を止めにかかってきただけのことはある。体の成分が〝氷〟ゆえか、おそろしく冷酷。情け容赦ないのだ。まるで世間知らずのお姫様。いや、氷の女王といったところ。
「仮にも僕は命の恩人ですよ!? その恩人が、今日だけは、って頭を下げて頼んでるんですから融通をきかせてください!」
「嫌」
コオリさんは頬杖をした顔を横に向けると、白い息を、ひゅーっ、とタバコの煙のように吐き出した。キラキラとした細長い氷の絨毯がフローリングの床に伸びていき、最後に冷気の弱まった風が、放置されていたレジ袋を巻き上げる。
「ああもう! どうすりゃいいんだよ!」
嘆きの道行きは、頭に振ってきたレジ袋をひっつかんで、テーブルに叩きつけた。
ビニールに印字された『川渡商店』という文字が目に飛び込んできて、ハッと思い至る。
「……ありました。見つけましたよ、うってつけの場所を!」
と、レジ袋を指差した。
コオリさんが理解に苦しむ顔つきに変わる。
「こんな小さい袋に住めっていうの?」
「そうじゃない!」