二十. 感涙バニラソフト(コーンはノーサンキュー)
唐突に割り込んできた、
「対面座位!?」
という叫び声に、道行は命を救われていた。
冷気の注入をはじめていたコオリさんが、死に至る接吻をやめて、振り向いていたからである。
部屋の出入り口の扉を押し開き、ドアノブに手をかけた状態で固まってしまっているのは、妹の穂波だった。部活から帰ってきたところなのだろう。中学指定の運動着のハーフパンツにTシャツを着て、リュックをまだ背負っている。片手には小さいレジ袋を下げられてあった。
よもや、兄の部屋に来客があるとは思ってもいなかったのだろう。それが女性であるとは尚のこと思ってもいなかっただろう。さらに、壁際で足を投げ出して座る道行の太ももの上に、セーラー服姿で跨ぎ座っていて、熱くて冷たい口づけを交わしている真っ最中などとは、まかり間違っても思いさえしないことだっただろう。
コトッ……
と、レジ袋が床に落下し、中からソフトクリーム形状のアイスが二つ転がる。
「おきゃっ……お客さ……彼女さん? おおお楽し、楽しみ……じゃない……お取り込み中のとろろ……とっ、ととろ……ごめんなさい……アイス二つあるので……お、終わったら? た、食べてくださいね……そそそれでは……ごゆっくり、ゆっくりして、し、失礼しました!」
穂波は真っ赤な顔で壊れかけのロボットの真似をして喋ると、三編みツインテールをサソリのしっぽのように跳ねあげてお辞儀をし、疾風のごとくドアを閉めた。
ダダダダダッと、機関銃をぶっ放すような足音が廊下を遠ざかっていく。
勘違いをするなというほうが無理な状況だった。
唇を離してもらえたあと、咳き込んでしまっていた道行が、苦しそうに胸元を押さえながら閉ざされた扉を見つめる。
「助かったけど……どこであんな言葉覚えたんだよ、あいつ」
コオリさんの姿は、すでに道行の上にはなかった。
彼女は『アイス』というワードを探知し、鼠を嗅ぎつけた猫よろしく目の色を変え飛びかかっていたのだ。
「これが、アイスクリーム」
しゃがんだ体勢で、床に転がったバニラソフトを物珍しげに拾い上げると、白いドリルを覆っている透明なプラケースをチロリと一回舐めて、渋い表情。
「……そこは食べるところじゃないですよ。こうパカッとカバーを開けて、中身を食べるんです」
道行がジェスチャーで教えると、コオリさんは、全体を調査するように手の中で容器を回転させていく。珍しいものを与えられた猿のような動き。「おっ」と声を出してケースの切り離しに成功すると、柄になっているコーンを両手で握る。そしてまた舌を伸ばし、渦巻きになっている白い山の先っぽを、舐めとった。
直線的な眉毛が真ん中からキュッと上に持ち上がり、彼女がぺたんとお尻を床に落とす。
「美味しすぎる」
と、頬に片手を添えてうっとり。恍惚顔の目尻に水分がこんこんと湧き出し、ビーズのような丸い氷の結晶となってボロボロと落下。床で霰のように跳ね踊った。
「そこまで感動する!?」
感涙の氷雨を降らせるコオリさんは、大口を開けて、バニラソフトを先端から吸い込むように食べていく。じゅるじゅる音を立て、白い山をすぐに真っ平らにしてしまい。コーンの開口部を口に押し付け、内部に詰まっていたアイスまで、舌を突っ込み、きれいに吸い上げ、ものの数秒で空洞にしてしまう。
「手に持っているそのコーンも食べることができますよ……?」
道行が告げるなり、彼女はガブッとひと噛みするが、すぐに顔をしかめる、
「これはいらない。あげる」
お気に召さずに放り投げた。
手元におさまった齧りかけのコーンに目を落とし、道行がごくりと生唾を飲む。
「……僕が食べちゃってもいいんですか?」
「いい。そのかわり、こっちも私にちょうだい」
コオリさんが、もうひとつのバニラソフトを手に持って、舌なめずりをしながら無邪気に振っている。
「……どうぞ」
道行が応えると、彼女が口角を上げる。
「ありがとう、ミチユキ」
初めて見にする満面の笑みだった。