挿話『妹の帰宅』
三編みツインテールを肩で弾ませながら、有賀穂波(14)が自宅の門をくぐってくる。中学校指定の運動着(黒いハーフパンツと白いTシャツ)という田舎ガール丸出しのルックスで自転車を漕いでいる彼女は、道行と二つ歳の離れた妹である。
庭を通過し、自転車の駐車スペースになっている納屋へ到着すると、兄の自転車はまだ見当たらなかった。朝の会話では、今日の夏期講習は午前で終わり、という話だったので、一度帰宅して昼食をとったあと、友達の家にでも遊びに行っているのだろうと、穂波は思った。しかし、
「……あれ? お兄ちゃんの靴がある」
玄関を開けると、道行の靴が存在しているのだ。それにどういうわけか、乱雑に脱ぎ捨てられてあるその靴は、ぐっしょり濡れている。廊下への上り口にも、水で濡れたような痕跡が見られた。
奇妙に思って首をかしげつつ、穂波は家に上がって、廊下を進んでいく。
「はやく入れちゃわないと溶けちゃうからね」
と、背負っていたリュックから取り出したのは、『川渡商店』と印字された白いビニール製のレジ袋。
中に入っているのは、ソフトクリーム状の氷菓子が二つ。
彼女は学校からの帰り道、道行と同じように、川渡商店に立ち寄っていた。
給水が目的だった兄とは異なり、妹の目的はたんに、店主の沙苗と世間話をするため。沙苗とは歳が5つ離れているが、同じ地区に住んでおり、小さいときからの顔見知り。今では姉妹のように仲がいい。亡くなった祖母に変わって店番をしている沙苗が、「いつも暇してるから顔出しに来なよ」というので、今年からはこれまで以上に商店へ通うようになっていた。
「いいなぁ沖縄かぁ。わたしも行きたいなぁ」沙苗の沖縄行きは、穂波の耳にも入っていた。しかし、「お兄ちゃんが知ったらびっくりするだろうな、明日からどこでジュースを買えばいいんだ!、って」と、独り言をいっているあたり、沙苗の口から先に道行が訪問していたという話題がでることは無かった様子。
穂波は台所に入ると、アイスを収容するため冷蔵庫の冷凍室を引き出す……が、冷凍食品でいっぱいになっているため、となりの製氷室を引き出してみた。そこで玄関口の靴に続き、ちょっとだけ奇妙な光景をまた目にする。
「……氷がぜんぜん入ってない」いつも満杯になっているわけではないが、空っぽになっているのは珍しい。でも、その程度の珍しさなので、大して気にすることなく。「お兄ちゃんの分のアイスを入れとかなきゃ」
レジ袋から、ソフトクリームを一つだけ取り出す。
もともとソフトクリームは買う予定になかったものだ。会話だけのつもりで川渡商店を訪問していたのだけれど、沙苗から「旅の軍資金を!」とせがまれたため、しかたなく買ってあげていたのである。それも自分の分だけを買うつもりが、「せめてもう一声! ほら、兄貴の分も買ってあげなって」という押しに負け、二つ目を買わざるを得なくなっていた。
そんなこんなで、一本余計なソフトクリームを、製氷室に入れて閉じようとしたときだった。
ガタガタガタッ……
聞こえてきた物音で、穂波が天井を見上げる。
真上はちょうど、道行の部屋だった。
「なんだ、やっぱり帰って来てるんじゃん」
そうして彼女は閉じかけた製氷室を引き出し、ソフトクリームを回収。
廊下を出て、階段をのぼり、兄の部屋の前に立った。
「ねぇお兄ちゃん知ってる? 早苗さん明日から沖縄に行くんだってよ」
ガチャッ!
扉を押し開けたあと、
「対面座位!?」
と、素っ頓狂な声を上げることになったのである。