二. 坂道ローリン
陽炎がゆれるアスファルトの長い坂道。
立ち漕ぎで踏ん張りながら、道行が登ってくる。
「なにが沖縄だ……なにが時給ゼロ円だ……こんちくしょー」
悪態をつきながら固いペダルをギシギシと回す。
拠り所になっている川渡商店は、沙苗の急な思い立ちによる沖縄行きで、明日から臨時休業。
今日みたいな狂った猛暑が続けば、給水ポイントの消失はかなり痛手。
暑さに落胆がくわわって、ペダルがより一層重く感じた。
☓ ☓ ☓
えっちらおっちらと脚を回転させ、坂の頂上まで来た道行は、いったん自転車をとめて、買ったばかりのペットボトルを口に含み、一息つく。
炭酸の泡が喉の奥ではじけると、がっつり削られていたライフゲージがすこし回復した気がする。
「はやく帰ってゲームでもするか。……いや違うな。シャワーが先だ」
冷水を頭からがっぽりと浴びたい。
そんなことを考えつつ、止めていた車輪の動きを再開させた。
ジュースを飲みながらの片手運転で、下りに変わった前方の長い坂道を、進み出す。
☓ ☓ ☓
下り坂に入ったことで、登りでトンボが止まりそうなほどトロトロ回転していた車輪は、目に止まらぬ速さで回り出していた。
両脇に草木が茂った細い舗装路を、自転車にまたがる道行が、半袖シャツの背中を膨らませ、「気持ちいい~」と声をあげながら、勢いよく滑走していく。
この道は、周辺にまばらに存在する民家の住人くらいしか使わないので、人も車もめったに通らない。涼を得るために気兼ねなく風を切れるスポット。幼い頃から慣れ親しんだ道で、通学でも何度となく通り、危険な目に遭ったことがない。
そのため、警戒心はいつしか伸びきったゴムのようにゆるみきっていた。
右手に持ったペットボトルを含みつつ、左急カーブを曲がった直後、
「イッ!?」
道行が目を見張って驚愕する。
曲がった先、十数メートル前方。
道路を封鎖するようなかっこうで、何かが道に横たわっているのだ。
肌色、黒色、白色、紺……
と、はじめに色の塊として認識された物体が、瞬時に、
細い手足、長い髪の毛、半袖セーラー服、スカート……
と、脳内で関連付けされる。
つまるところ、横たわっているその何かとは、人だった。
セーラー服姿の少女。
まるで死んでいるかのように、仰向けで静かに横たわっていたのだ。
「うそでしょぉーーーっ!?」
まったくの不足の事態。「よけろ!」と言っている暇もない。言ったところでよけてくれそうにも見えない状況。
道行は慌てに慌ててブレーキレバーを引いた。
右手にペットボトルを握っていたため、左手のみの急ブレーキ。
ロックされた後輪がけたたましい金切り声をあげながら、弧を描くようにしてスライドし、自転車が横向きになる。
すぐにペットボトルを投げ捨て、右手でもブレーキをかけた。
だが、止まらない。
ぜんぜん速度が落ちてくれない。
自転車は横滑りしたまま、少女めがけて猛然と迫っていく。
タイヤと地面の摩擦で、白煙まで噴き上がった。
……轢いてしまう。
血相を欠き、なかば本能的に地面のアスファルトに片足を突き立てる。
その一本足を軸に胴体をめいっぱい捻り、
「オンドリャァァァッ!」
と、ファイトいっぱつの危機回避行動。
ハンマー投げの要領で、自転車を路肩に向かって思いっきりかなぐり捨てた。
そして道行は、反動で倒れ、勢いのまま路面をゴロゴロ転がり下っていく……。