十七. バスルーム早着替え劇場
危うく真夏に凍死するところだった。
文字通りに〝合体〟してしまった体同士は、接合部に水を注ぎ込むことで分離することに成功。よこしまな心は身を滅ぼすということを、道行は骨の髄まで沁み入るほどに体感した。
皮膚を無理矢理にひっぺがされてネオグロテスクな姿になるという恐ろしい事態は回避できたが、道行の上半身には、コオリさんにしがみつかれた真っ赤な痕がクッキリと残されることになった。ホラー映画なんかで幽霊に足をつかまれたとか言って痣がでてくることがあるが、あれの酷いバージョンだ。
頬にも力士に張り手を食らったような痕がついたままで。しばらく治りそうもない。今夏はもうプールや海にいくことができないくなるだろう……。
浴室のシャワーの水で分離したあと、コオリさんの全身が再氷解してしまうのではないかと道行は焦ったが、隠し所をまるで隠しもせずに水をだらだら滴らせて棒立ちする彼女いわく、
「十分冷気を摂取したから数時間は平気。それより、アイスクリームどこ?」
とのことだった。
実際、コオリさんは、さきほどまで暑さに呻いていた苦渋顔の様相が、すっかり嘘だったかのように、へっちゃらな面構えをしている。
道行が坂道で発見したときに、路上で死んだように倒れていたのは、体内に蓄積していた冷気が底をついてしまった影響らしい。まるで電気製品のバッテリーのように、充電ならぬ〝充冷〟が切れると、一気にパワーダウンして溶け出してしまうふざけた体質なのだそうだ。
なにはともあれ、一糸まとわぬ彼女の体は目の毒であるし、家に誰か来て、白と青が基調の実体を見られたのでは、よろしくない。
遭遇したときのように、ふつうの人間の女性に見える姿になってもらうことはできないか、と道行が尋ねたところ、コオリさんは「もう一回、出して」と、シャワーを指さして水を要求してきた。
そして現在、道行が浴室内にある水栓のハンドルを回したところである。
☓ ☓ ☓
シャワーノズルから冷水が飛び出すと、コオリさん(全裸状態)は、大口を開けてキャッチし、ハムスター並に頬を膨らませた。それから真上を見あげて、貯めこんだ水分を「ぷしゅぅぅぅっ」と、霧状に噴射しはじめる。虚空に散布された霧は瞬間冷凍されたかのように白ずんで結晶化。輝きながら舞いおりるダイヤモンドダストになった。
そして彼女さんは、舞い上がった氷の粉塵の中央で、長い黒髪を振り乱し、両手を広げてコマのようにくるくる回りはじめる。しなやかな体に、綿飴のように絡め取られていく結晶が、徐々に、下着をかたどったり、セーラー服をかたちづくったり、色までも付着させていく。やがてダンスをやめると、あっという間に、ピカピカの女子高校生が出来上がっていた。
「これでいい?」
事も無げなコオリさんが、両手でスカートの裾を広げる。
道行は驚きのあまり開いた口がふさがらなかった。どこぞの美少女戦士か魔女っ子かと思えるような早着替えの変身劇を見せられたのでは、唖然とするのも当たり前だ。
ようやく直視できる容姿となったおかげか、坂道で遭遇したときよりも、背丈が伸びているような気がする。いや、目の高さがほとんど道行と変わらなくなっているので、あきらかに伸びているだろう。あの時点で、すでに溶けはじめていたのだから、それも納得。ブラウスに包まれてしまう前の、胸のボリュームだってレベルアップしていたのだから。
「ねぇ、聞いてる? もっと幼いほうが良かった?」
「……それはいろいろと勘弁してください。その姿で、全然OKです」