表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

十六. 吸着合体

 張り詰めていた緊張きんちょうの糸がプツンと切れると、安堵あんど感、達成たっせい感、滑稽こっけい感、……、種々様々な出処でどころから生じる笑いがせきを切り、道行みちゆきの口から飛び出てきた。


 霜氷しもごおり化粧けしょうをした顔のまま、その様子を冷凍庫内からきょとんと見つめていたコオリさんの、水色をしたくちびるが開く。


「こういう時、私は何かをすべきなの?」


 と、時間差で尋ね返してきた。


「助けて貰ったのだから、なによりもまずお礼を言うのが――」


 道行の話に耳を傾けようとしたためか、不意に、体操座りをしている氷女さんが前かがみになり、折り曲げている足の太ももへ上体をべったり押しつけた。胸から張り出ているふくよかな二つの球体が、もにゅっ、とつぶされ、線の細い体躯たいくから、シュークリームの生地きじからはみ出たクリームみたいにやわらかそうなものがあふれる。


 コオリさんは、裸体らたいなのだ。しかし彼女がそのことを気にかけるようすは微塵みじんもない。道行に見られているのにもかかわらずわらず、である……。


 ヒトとは違って素肌すはださらすことに頓着とんちゃくしないたちなのだろうか。となれば、ここまで修羅場をかいくぐって来たのだから、ちょびっとばかし、見返りをたまわっても良いのではないでしょうか?――と、道行は良くないことを思いつく。


「このようなシチュエーションにいたってはですね、コオリさんは、『わ~! 私生きてるッ! あなたが助けてくれたのね、ありがとう! だ~い好きッ❤』っというようなセリフを感動的に口にして僕へと飛び込み、ギュッと力強く抱きしめるところなんです!」


「ふーん。そうなんだ」と、コオリさんは疑問など寸分すんぶんもいだかず、無垢むくひとみでコクっとうなずき、「わー、私生きてる(棒)。あなたが助けてくれたのね、ありがとう(棒)。だーい好き(棒)」と、すべて棒読みで復唱ふくしょう


 感情的には程遠ほどとおく、心からの成分など1ミリも含まれていない言い回しだったけれど、道行が口にしたとおり、彼女は要望に応えてくれたのである。


 もちろん言葉だけではない。


 冷凍庫の中から腕を広げ、目先めさき廊下ろうか膝立ひざだちしていた道行に向かってダイブ。


 がっしりきついた。


 突き出た胸の先端から、道行の胴体にふれていく。


 至福しふくとき、来たれり!、と道行が思ったのは、0.5秒だけだった。


 抱きついたのは氷の女である。いや、女の氷? かたや、それを抱きとめる道行は、パンツ一丁に靴を履いただけの、だいたい素っ裸の状態である。


 するとどうだろう。


 すこぶる冷たい。


 冷たいなんてもんじゃない。


 冷たいを通り越している!


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああっ!!」


 絶叫する道行の耳元で、コオリさんが「どうかしたの?」と冷淡れいたんに問いかけてくる。


「つ、つめっ、冷たいっ! はなはなはな、離れてください!」


「わかった」と一度了解されるが、すぐに「やっぱり無理」と却下きゃっかされた。


「なんで!? どうして!?」


「くっついた」


「はっ!?」


 コオリさんの横顔を見ようとして、道行が顔を振ると、ほほの肉が、とてもソフトで、なおかつ、てついたものに接触。ヒタリと吸着した。噛まれるような痛みに面食めんくらって無理にがそうとすれば、彼女の頬肉が、白いおもちのように伸びてきてしまう。


 氷に素手でふれたさい、手にくっついてしまうことがあるが、その吸着現象が、ふたりの間で、起こってしまっているのだ。


「はなえはれはい、たすけへ(離れられない、助けて)」


 と、頬がひっぱられたままコオリさんが淡々と言い、


「は~、ほう……はれははすへへ!(あ~、もう……誰か助けて!)」


 道行は天井を仰ぎ、なげいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ