挿話『警官と女子高生』
集落の外れにある小さな駐在所。
こぢんまりとした白い平屋の玄関口には『POLICE』の刻印。張り出した軒下には赤ランプがぶら下がり、外壁のわきには白黒カラーのミニパトが駐車されてある。
ガラス戸から駐在所の屋内がうかがえ、交番勤務の男性警官(28)が、ひとりぽつんと机に向かい、のんびりと書き物をしていた。
その彼が、ノートに滑らせていた手を安め、背伸びをしてから戸口を見やる。
屋外に広がっている田園風景に目を細めた。
「今日も平和で、暇だねぇ~。事件なんか起きないよなぁ、こんな片田舎じゃあ」
事件と言ったところで、交通事故くらいなもの。めずらしく騒音被害を訴える電話が入ったかと思えば、「セミがうるせぇーから撃ち殺せ!」というアレな感じの通報。バカバカしいと思いながらも報告書にまとめている最中だった。
シャシャーーーッ
「……なんだ?、今の」
駐在所前を何かが猛スピードで通過した直後、
ガッシャーン!
敷地の端っこから物々しい激突音。
「……じいさんか? ばあさんか?」
警官は、ブレーキとアクセルを踏み間違えた車が突っ込んできたのだろう、と思い、脱いでいた帽子をかぶって、やれやれと重い腰を持ち上げた。そうして戸口へ向き直ってところで、わっ!、と驚く。
「お巡りさん、大変ですよ!?」
ガラス戸を引き開けていたのは、ボロボロになった制服を着ている女子高校生である。彼女は顔を真っ赤にして息を切らせ、過度の興奮状態にあるようだ。
警官が「……どうなされました?」と気圧されながら尋ねるても、女子高生はその場で応えずに、片足をひきずりながら駐在所の中に入ってきて、両手で机を叩きつける。
「事件です、大大大事件!」
「……大事件?」
「バス停で強姦されたんです!」
その瞬間、飛び込んできたのは、耳を疑うレベルの大事な通報に変わった。
「きみは、被害者なんだね!?」
「何言ってるんですかお巡りさん! アタシが被害者に見えますか!?」
「かなりそう見えますけど……?」と警官が、スカートの裾やブラウスの袖が破けている制服を指差す。
「これは今自転車で派手に転んでミニパトにぶつかったときのに傷に決まってるでしょ!?」
「えっ……パトカーに? いやそれより、強姦されたというのは?」
「幼女なんです、小学校高学年くらいの! 目が青くて肌が白い女の子! でも日本語は流暢で、髪の毛も黒だったんで、たぶんハーフの子かなと思うんですけど、バス停の小屋の中は雨が降ったようにびしょ濡れで、アタシの幼馴染の有賀道行っていう冴えない男子高校生が、白昼堂々連れ込んで、童貞をこじらせた末路で、むりやり事におよんでいたんですよ! 全裸ですからね、全裸! 服のカケラはパンツすら見当たらなくて、この耳で、助けて、っていう声をはっきり聞きました!」
「ちょっとまってくれる? 情報量が多いし、ごちゃごちゃ……」
「こんなところで油売ってる場合じゃねぇ~んですよ、お巡りさん!」
「まずはすこし落ち着こう。ね?」
「説明している場合じゃないんですってば! とにかくアタシと一緒に――」と、言葉を切る女子高生の血走った視線は、警官の腰にぶら下がっている拳銃のホルスターに向けられていた。「やっぱりアタシひとりでいいんで、そのリボルバー、ちょっと貸してください!」
「なにサラッととんでもないことを言ってるんだきみは!?」と制止する声を警官が上げるも、女子高生は腰に向かってためらうことなく手を伸ばしてくる。「馬鹿な真似はよしなさい! これはおもちゃなんかじゃないんだぞ!?」
のどかな駐在所のなかで、もみ合う警官と女子高校生。
「おもちゃなら要りませんよ! 実弾入ってるんですよね? さっさと貸してってば、ヤクタタズの税金泥棒!」
「貸すわけないだろう!? 税金泥棒ってなんだコラァ!?」
「そこをなんとか! 一大事なんですから!」
「それはこの状況だ! ちょっとここに座りなさーーーい!」
と、警官は力づくで、女子高校生をパイプ椅子に座らせたのだった。