十二. 歳をかける妖女
沈黙しっぱなしになってしまった〝助けてお化け〟のことが気が気ではなく、道行が走りながら声をかける。
「大丈夫ですか? 何か言ってください!」
「あいちゅくりーむ、たべたい」
……おわっ。
数十メートルも走らないうちに、コオリさんの呂律があやしくなり、幼稚園児級にまで退行していた。
「助かったそうそう僕を取って喰べたりはしませんよね? アイスはちゃんと食べさせてあげますから、持ちこたえてくださいよ!」
氷彫刻化は顔にも進行してきている。
耳や唇の色は消えていて、あっという間にショートヘアーまで縮んでしまった髪や眉毛は、白銀色である。辛そうに開かれる青碧のドングリ眼が、それはそれは痛ましく、気の毒だ。
液化も格段に速度を上げていた。
氷の体が小さくなるにつれ、体温がめっきり下がってもいる。シャツとズボンのクッションがなければ、とうてい抱えていられなかっただろう。
この期に及んで、車道には鉄の塊が姿を現すようになっている。一台、二台、と乗用車が通り過ぎていく。運転手の表情など見届ける暇は瞬刻もないが、顔をしかめているか、口をあんぐり開ているか、笑っているかの三択だろう。
腕に抱えている半透明幼女が、生命体であるとは映っていまい。
羞恥を覚える次元はとうに越えている。暑さで狂ったどっかの馬鹿が、全裸同然の死に物狂いの形相で、愛玩用人形を抱きかかえて疾走しているとだけ思ってくれればいい。ただ、赤色灯を搭載したパンダカラーの車だけはまだ現れないでくれ、と道行は願うのみだった。
猶予はない。
道行きが一歩踏み出すごとに、コオリさんは何日も何十日も歳を遡っているようなものなのだから……。