十一. 走れミチユキ
左手に山林と時々民家、右手には田んぼが広がる公道。
道行は全力で走っていた。
腰にパンツ一枚だけをまとっただけの、ほとんど全裸なスタイル。
紐をキツく結びなおしたスニーカーをひたすらに回転させ、駆けている。
デイライトが容赦なく照りつて首筋がひりつく脆弱体質の肉体は、メロスのように汗みどろ。
コオリさんはお姫様だっこで道行の腕に抱えられてあった。制服のズボンは二つ折りにされ、断熱シート代わりで、両腕にのせられている。その上に、半袖シャツを着せた彼女を寝かせ、さらに最上部には、遮光のためにTシャツを掛けていた。
「しっかりしてください。もう少しですから、もう少しで家に着くんで、辛抱してください!」
「いやだ~! 死んじゃうって言ってるの! はやく助けろバカミチユキ~!」
と、空色の唇がガミガミと動く。
「ダメですよ、そんなに暴れないで! 静かにしていて下さい!」
コオリさんの見ため年齢は、一桁代後半まで低年齢化ている。言動は、その風体にマッチした幼稚さになってしまっており、声のキーも耳がキンキンするまで高くなった。腕の中で駄々をこねるように藻掻かれるので、バランスが崩れ、千鳥足になったりもつれたりして思うように走れない。
「コレ、あついのぉっ! じゃまだから飛んでけ~!」
「ちょまっ……なんてことするんですか!?」
遮光用に掛けていたTシャツが、小さな手でむんずとつかまれ、投げ捨てられた。両手がふさがっているため、阻止することができず、歩道脇を並走する用水路に落ちてしまう。水量が増しているので、流れが速く、回収は不可能。流にもてあそばれるようにして水中へと姿をくらましていった。
「うぅ~……もっとあつくなった……死ぬぅ……」
「ああもう、ヤバイよ、ヤバイよ……」
超絶グロッキーのコオリさん(幼女形態)には、先陣を切って消失してしまっていたセーラー服やスカーフと同等の、形質変化が見られた。
半袖シャツの裾と袖口から出ている手足の表層部は、白色から透明に変わっている。皮膚表面に存在していた白い色が、体内に逃げて潜り込むようになっているのだ。さしずめ、家庭用冷蔵庫で製氷される『外側が透明で内側が白い氷』のような状態。
末端にある指先は、もう、人の指を模した水晶のようなありさま。頭部から生えていたロングヘアーは、ミディアムサイズにまでちぢみ、色が、黒色から灰色まで薄まってもいた。それでも彼女の体から流れ出る冷水は、留まることを知らない。大放水しちゃっているように、だらだらびしゃびしゃ、したたり続けている。
「急げ、超急げオレッ!」
自身に檄を飛ばし、乳酸がたまった上腕筋を叱咤し、両足をフル回転させる。
通過したアスファルトが、道行の汗とコオリさんの体液で、濡れてゆく。
家までは、あと半分の道のりだ。