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一. 駄菓子屋バッドニュース

 時計の針は正午をまわっていた。


 だる炎天下。


 緑豊かな田舎道いなかみち


 がなるセミの


 そこにぽつんと建っている、古びた木造商店。


 色あせた大きな看板かんばんには『川渡商店かわたびしょうてん』と書かれた文字がうっすら見えている。軒下のきしたには、ガチャガチャや、昭和レトロなアイスショーケース、年季ねんきの入ったアーケードゲーム機などが並び。時代遅れでノスタルジックな駄菓子屋だがしや彷彿ほうふつとさせる、小さな個人商店だ。


 その川渡商店に向かって、ひとりの男子高校生が自転車をゆるゆるいでいた。


 高校一年の有賀道行ありがみちゆき(16)である。


 半袖はんそでシャツの背中はあせ湿しめり、ズボンの生地きじは太ももにりつき、ハンドルをつかむうでは汗でテカテカ。ペダルは悪いモノにかれているかのように重い。あごからは大粒の汗がしたたっている。


 へろへろと蛇行だこう運転されていた自転車が、商店前へと到達。


「暑ぅ~、死ぬぅ~、溶けるぅ~、ジュースぅ~……」


 と、つぶやきながら、道行はスタンドを下ろす。



     ×   ×   ×



 商店の中には、陳列棚ちんれつだな所狭ところせましと置かれている。商品の大半が駄菓子でめられているため、店内は色鮮いろあざやかでごちゃごちゃした印象だ。はしらかべにまで、シャボン玉やスーパーボールといった玩具がんぐられている。


 店番をしているのは女子大生風の若い女性だった。入り口のすぐとなりにある勘定台かんじょうだいのうしろに座り、ショートヘアの頭を退屈そうに頬杖ほおづえでささえ、レジわきには旅行雑誌が広げられている。


 彼女は川渡沙苗かわたびさなえ(19)。この川渡商店の、現〝店長〟である。


 カラカラカラ……


 引き戸が開けられ、「こんにちはー」と汗だくの道行みちゆきが入ってきた。


「らっしゃ~――」沙苗さなえが顔を上げるが、幼い頃からの見知った顔に「なんだよ、汗臭い道行か」とて、また気だるそうに雑誌に目を向け戻す。


「なんだとはなんですか、僕はお客様ですよ、お客様。っていうか、出し抜けに汗臭いとかちょくで指摘してくるのやめてもらえません……? しょうがないじゃないですか、外が馬鹿になったよう蒸し暑さ! 40℃ですよ40℃()え! ここ東北ですよ!? ふざけてませんか? 人が溶けてもおかしくない酷暑こくしょなんですからね!」


 まれにみる異常気温について、道行きが入店そうそう多弁たべんになるも、


「はいはい。なんでもいいから、いっぱいお金を落としていってね、お客様~」


 と、手を一振ひとふりしてあしらわれただけ。


 室内はエアコンによって快適な温度にたもたれていた。


 そんな場所でのんびりしている沙苗にとっては、外の気温など、どうだっていいのだろう。


 道行は不毛ふもうな会話はさっさと切り上げ、「ああ~すずしぃ~」と半袖シャツの胸元をパタパタさせながら、店内奥にある飲み物用のショーケースのもとへ、一目散いちもくさんに向かっていく。


「夏休みだっていうのに、学校かい?」


 勘定台から投げられたいかけに、道行はショーケースの扉を開けながら、「夏期講習ですよ」と返す。この日の科目は少なく、午前中のみの時間割だったため、弁当は持参せずに帰ってきていた。


「最近の高校生は大変だねぇ~」


「沙苗先輩も去年まで高校生やってたじゃないですか……」


「そんな昔のことは忘れちまったわい」 


 道行はペットボトルの炭酸飲料を一本だけつかんで、すぐに店の奥から引き返えすと、代金の小銭こぜにとともに勘定台に出した。


「ジュース一本だけとか、最近の高校生はしけてんねぇ~。小学生でももうちょい落としてくれるけど? ガリガリ君でもいいからアイスも買っていきな」


「今月ちょっと小遣こづかいがピンチなんですよ」


「まったく、エロい電子書籍ばっか買ってるから」


「買ってません!」


紙媒体かみばいたいにしたらうちで取り寄せてあげるよー?」


「だから買ってませんってば!」


「百円やそこらじゃ、ぜんぜん旅の軍資金ぐんしきんにならんじゃないの」


「旅の軍資金?」


「夏といえば海。海といえば~!」


 ニンマリと笑った沙苗が、レジに広げていた雑誌を閉じて、道行の顔前に表紙をふりかざす。何を読んでいるかと思えば、『沖縄』というバカでかい題字が入った旅行雑誌だった。


「……行くんですか? 沖縄に?」とたずねる道行の顔は、雑誌の表紙に写った晴れやかな海空うみぞらとは逆に、曇っている。


「いやさぁ~」沙苗は急にウキウキとして語りだす。「インスタで知り合った子が沖縄に住んでるらしいんだよね。そんで、もしこっちに来ることがあるなら、好きなだけ家に泊めてあげるよ、って言うから、さっそく近々(ちかぢか)、てか明日にも飛行機でブーンとね」


「えっ……じゃあこの店、誰もいなくなりますよね……?」


「しばらく閉店ナリ」


「飲み物が欲しいときは!? アイスが食べたいときは!?」


「隣町のコンビニでよろしく」


「何キロも離れてるじゃないですか、家の近くはここだけなんですよ!」


「なら、うちの婆ちゃんにでも店番(たの)みな」


 と、商店奥に垣間見かいまみえる住居スペースを指差す。


 座敷ざしきすみにある仏壇ぶつだんには、笑っている沙苗の祖母の遺影いえいが置かれている。


「去年亡くなったから先輩が店番してるんじゃないですか!!」


 あせっていきどおる道行を尻目に、沙苗は雑誌めくりに手を返していた。


「どうしてもというなら、バイトを探して来るんだね~。まあ、うちじゃあ時給ゼロ円じゃないとやとえないけど」


「……半分ニートめ」


 雑誌をめくる沙苗の手が、ぴくっと止まる。



     ×   ×   ×



「さっさとお帰りなさいませ、お客様~♪」


 おだやかな口調とは裏腹の強烈なりによって、ペットボトルを手にした道行は店内から強制退場させられた。


「うわっ」


 と言っているうちに、店の引き戸はピシャリと閉め切られてしまう。


 ……ミ~ン、ミ~ン。


 ……ジ~ク、ジ~ク。


 ……ジュワジュワ、ジュワジュワ。


 冷房楽園から一転、炎熱えんねつ地獄のへ逆戻り。 


「もうちょい休憩してたかったのになぁ……ニートな大学浪人生め」


 肩を落としたあと、レンチンされたようにねっしたサドルへ尻を乗せる。


 行く手に見える傾斜けいしゃのきつい上り坂へ向けて、自転車を漕ぎ出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませて頂きました。 風景が目に浮かぶので、とてもすんなりと読めて楽しかったです。 これからも楽しみにしています。
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