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たこ焼きに推しを入れたら何味

作者: 道ノ瀬カイ

「た」

「たこ焼きに推し入れたらうまいんかな」


 唐突に発せられた言葉を理解できず、僕は思わず眉間にシワを寄せた。言葉はわかるのに、まるでわからない外国語を一方的に投げつけられたようだ。何を言っているんだ?という疑問は、先輩を前に喉元に突っ掛かった。


「いやだから、たこパする時たこ以外にも入れるだろ。イカとかチーズとかキムチとか」


 隣に座る先輩はスマホを片手に揺らしながら、当たり前のように話し続ける。ここまでは頭の良くない僕でも理解できた。先輩はもう片方の手でペットボトルを持ち、刺さっているストローを軽く口に含んだあと、また口を開いた。


「推しをたこ焼きの中に入れたらうまいんかなって」


 全く意味がわからない。さっきまでの説明はわかるが、最後の一番重要なところだけが他の言語かのように僕は理解できなかった。この一言で突然宇宙に投げ出されたような気持ちになった僕の顔を、先輩は怪訝そうに見つめた。その顔をしたいのは僕の方だ。


「……推しって、食べられなくないですか?」



 理解できないものを前にした時は、理解できる部分を探すべしと何年か前の受験勉強で学んだ。必死に振り絞って出した質問だった。けれど先輩は硬かった。「推しは推しだから食べられる」と真顔だった。

 僕は理解できる部分が見つけられないと悟った。こうなったら相手が気持ちよく喋られる空間を作ることに徹しよう。


「先輩の推しって誰ですか?」



 推しの話を振ってくる人は推しの話をしたい人だと17年余りの経験で知っている。きっと先輩は推しの話をしたいのだ。ならば推しの話を広げていけば万事解決のはず。


「もるちゃん」

「もるちゃん……?」

「知らないの!?動画サイトで餌代稼いでる猫」


 猫……。てっきり人かと思っていた。生憎僕は100%犬派なので、猫の話を広げられる自信がない。もうだめだ。


「たこ焼きに猫は多分、合わないかと……。そ、それにかわいそうですよ」

「まあ、架空の話よ、架空の。時々かわいすぎて、食べちゃいたいくらいかわいい‼︎って独り言叫んじゃうことがあるんよ」


 「食べちゃいたいくらいかわいい」という言葉は聞いたことはあるにしても、真剣に考える人間がいるとは予想外だった。しかも調理法を「たこ焼き」に限定している。先輩が僕からは到底追いつけない境地にいることを思い知らされた。


「そもそもなんでたこ焼きなんですか?」

「今食べたいからだよ。きっともるちゃんはふわふわでかわいいから、たこ焼きに甘味を足してくれると思うんだよね」


 甘いたこ焼きが喉を通る想像をしかけてやめた。何かが出てきてしまう気がしたからだ。

 これ以上この話を広げるのは僕には無理だ。水を飲んで、間を開けて別の話題を提供しようとストローを咥えたら、扉がコンコンコン、と3回ノックされた。扉越しに「開場しました!準備お願いします」とスタッフから声をかけられた。先輩はスッと立ち上がり、「行くかー」と伸びをした。僕も立って、先輩の後ろをついていく。


「俺らも″食べちゃいたい推し″を目指して、今日も盛り上げるぞ」


 先輩の独特な考えには振り回されがちだが、アイドルの顔になったこの人は誰よりもカッコいいことを、僕は知っている。先輩の″食べちゃいたいくらい″が最上位の褒め言葉ならば、僕にとって食べちゃいたいくらいの推しは先輩なのだ。一生追い越せない推しと、肩を並べてステージに立てる幸せを噛み締めながら、「はい」と応えた。


 今日の打ち上げはたこ焼きパーティーにしよう。

知らない人へ

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