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釣り堀

 僕が住んでいる場所は自然がとても豊かな場所で季節ごとに色を変える様は幻想的で皆は何もない所だと言うけれど、僕はこの地域をとても誇りに思っている。

「なあ、最近釣り堀が出来たらしいよ」

 知り合い以上友人未満の高校の通学を共にしている同級生の山西が学校の帰り道、自転車を押しながら言った。ちなみに僕も自転車を押している。山西とは帰る道が一緒なのだけど、途中ででこぼこ道があって自転車に乗ったまま進むとパンクをする確率が飛躍的に上がるだけじゃなく、雨が降った次の日なんかにその道を通ると泥が粘土質なのでぬめりを伴っていてほぼ必ずこける道だ。

「釣り堀ねえ。魚なんか人工的に池に放っているのを釣って何が楽しいんだか」

 僕が冷めた口調で言うと、同級生が「はあっ」とため息をついた。

「大木はどうしてそうネガティブなんだよ。そんなネガティブな事ばかり言っていると根がネガティブになるネガティブ星人になっちゃうぞ」

 山西がギャグなのかも分からない意味不な事を言ったけど、僕は何も返事しなかった。

「じゃあ、その釣り堀普通の釣り堀じゃないのかよ」

 この後の話題もなかったので、仕方がなく僕は山西に話の続きを振った。

「よくぞ聞いてくれました。なんかその釣り堀は一匹一匹管理されているらしいぞ」

「管理されている? いや管理人だったら動物を飼育管理するのは当然だと思うけど」

「いや、そういうのとはちょっと違うらしいんだよ。一匹一匹にタグを付けてるんだって。それで釣った魚によって景品が貰えたりするんだって」

「へえ、それはちょっと面白そうなだな。ただ魚を釣るだけじゃなくてゲームも兼ねているのか」

「だろ? 面白そうだろ? 今から行かないか?」

「今から?」

「良いじゃん。今日は授業早く終わったし、そこ金も特別高いわけじゃないらしいし、出来たばかりでまだ口コミも広まる前で人もそんなにいないらしいぜ」

「へえ。じゃあ行くか。どうせこの後、家に帰ってもゲームしてテレビ見て寝るだけだしな」

「へへっ。久しぶりだな。大木とどっか行くの」

「そうだな。一年前に文化祭の道具買いに行った時以来か」

 そうして僕と山西は新しく出来た釣り堀へと向かった。

「すげえ。思った以上にでかい施設だな」

「本当だ。俺もこんなに大きいとは思わなかった」

 山の中腹の一部を開拓して水を貯めてそこに池を設置しているのだろう。しかしその池の先に更に巨大な施設が見えた。

「いらっしゃい、本日初めてのお客様だよ」

 僕達に声を掛けて来たのは顔に皺がいくつも刻まれた短髪とちょび髭の白髪を生やしたおじさん以上お爺さん未満の人だった。

「この釣り堀なんか凄いって聞いて来たんですけど」

「人によってはそうかもしれないね。でもね、おじさんは純粋に人々を楽しませたいからこの釣り堀を作ったんだよ」

「でも、僕釣りあんまり好きじゃないんですよね。特に釣り堀は。自然との会話しながら一体化しながらするというわけでもないし、まあ必ず魚がいるからほぼ釣れるんだろうという安心感と他の客とのコミュニケーションを取れたりは出来て違った意味で楽しいかもしれないけど」

「おい、大木失礼だぞ」

「いや、一応自分の思っている事を言っておこうと思って」

「ここは他の釣り堀とは違うぞ。まあ普通の釣りとも違うから純粋に釣りを楽しみたい人には向いていないかもしれないね。ここはさっき君が言ったようにコミュニケーションの場でもあるし、エンターテイメントの場でもある。新しい釣り堀として作ったんだよ。ごめんね。上手く説明出来なくて」

「いえ、良いんです。じゃあ早速やらせて下さい。すぐに帰るとは思いますが」

「はいよ。じゃあ五百円ね。竿と疑似餌は無料だから。頑張って。あっと、忘れていたやる前に簡単なアンケートをよろしくね」

 そう言って手渡されたアンケートに記載されていたのは質問事項で初恋相手の名字と自分の名字を書くように書かれていた。

「いや、これ個人情報だろ。書かなくても良いですよね」

「いや、このゲームをする上で重要な事だから書いてくださらんか?」

「書けよ。大木。良いだろ名字ぐらい。減るもんじゃないし」

「まあ、そうだけど。まあいっか。どうせここに来るのももう二度とないんだから」

 僕は小さな声でおじさんに聞こえないぐらいの声で呟いた。

 アンケートを提出していよいよ釣り堀に向かう。この辺りが良いか。

 糸を釣り堀へと垂らす。こうしていざ釣りを始めて見ると釣り堀ならではの良さというのが分かって来た、流れのない池の中に潜む魚を探す楽しさみたいなのもあったし、何より必ず魚がいるのが分かっているので魚との駆け引きに勝ちたいという何か魚と自分との闘いのようでもあり、心が燃えた。

 竿がしなったので、僕は力一杯一気に引き上げた。池の中から息の良い魚が水面へと飛び出して来た。

「やった、魚捕ったぞ。これは一体何の魚だ?」

「すげえな。大木」

 山西が近付いてきながら言った。

「これ何の魚かな。鯖かな」

「いや、ヤマメだよ」

「へえ、これヤマメなんだ。山西詳しいな」

「いや、それは岸谷じゃ」

 おじさんが後ろから僕に急に声を掛けた。

「うわっ、びっくりした。何ですか。驚かせないで下さいよ。それに何ですか? 岸谷って。僕がさっきアンケートに書いた初恋相手の名前じゃないですか」

「違う。そのヤマメの名前は岸谷という名前なんじゃ」

「はい?」

 おじさんはそう言って、僕にファイルを見せてくれた。そこにはデータファイル八七番岸谷と書かれていた」

「そのヤマメに付いている番号は何番じゃ?」

「ええと……八七番だ。って事は本当にこのヤマメの名前は岸谷なの?」

「そう言う事。私が今君が岸谷を釣ってから急遽ファイルを作ったわけじゃないぞ」

「すげえじゃん。お前岸谷を釣ったのかよ。というかお前の初恋あの岸谷だったのかよ」

「いや、お前俺と小学校違うじゃん。岸谷しらないでしょ」

「ばれたか」

「兎にも角にもおめでとう! 初恋賞を獲得したから大木君には商品をプレゼントするぞ」

「本当に!?」

 僕はその場で高級腕時計を貰った。

「一体ここにはどのぐらいの数の魚がいるんでしょうか?」

「一万三六三一匹いるの。現時点では。あっ、今河中が死んだ」

「死んだらすぐ分かるようになっているんですか?」

「そう。動かなくなったらデータが送られてくるのじゃ」

「ちなみに河中はヤマメでしょうか?」

「ううん。メダカ」

「おーい! 鯉を釣ったぞ!」

「今行く! 行きましょう!」

「うむ。そうじゃの」

「山西何番の魚釣ったんだ?」 

「ええと、九三二一番だよ」

「これがそのデータじゃ」

 おじさんが開いたファイルを見て山西は喜んだ!

「やった! すげえ偶然。俺も初恋賞ゲット! 長野じゃん。その鯉の名前」

「いいや。残念だが初恋賞ではないな」

「ど、どうしてだよ。俺ちゃんとアンケートに初恋の相手は長野って書いたぞ!」

 山西の顔に困惑と若干の怒りが見て取れた。

「よく振り仮名を見てみるのじゃ。お主がアンケートに書いた名前は長野ながのそして九三二一番の名前は長野ちょうのじゃ。だからこの鯉はちょうのなのじゃ」

「嘘だろ。そんなのってないよ。同じじじゃないかよ」

「字が同じでも読み方が違えばそれは全く違う物じゃ。この間も渡辺を釣って喜んでいた人がいたのじゃが、実際釣っていたのは渡邊だったのじゃ。まあニアピン賞じゃったがな。読み方は一緒なので」

「いや、じゃあこっちもニアピン賞にしてよ。字が同じなんだからさ」

「そうじゃのう。考えておこう」

 そんなこんなで楽しい事ほど時が流れるのが早く感じ、気づけばもう夜になっていた。

「そろそろ帰った方がいいぞい」

「そうですね。ありがとうございました。また来ます」

 あの後、僕達は蛙の北山、カミツキガメの西見、ドジョウの南野、ザリガニの東を釣って、東西南北賞もゲットしたし、空来と陸津と海前の三人を釣り上げ陸空海賞もゲットして大満足して帰った。

 釣った魚は希望すれば一匹五百円で持って帰る事もでき、僕は初恋の相手の岸谷を持って帰る事にした。

 おじさんの話では今新しい施設内で海の生き物も、サメや鯨や深海魚なども釣れるテーマパークを作っている最中との事で、更に闇鍋ならぬ闇釣り堀を作る計画を練っている最中との事で、僕はこれからのあの釣り堀に胸のときめきを抑える事が出来なかった。闇釣り堀では長靴とかが釣れたりするのかな、あるいは未知の生物が泳いでいたりするのかな、それとも誰かがこっそり夜に捨てた人間の死体とかもあるかもしれないな。とかそんな想像を水槽で優雅に泳いでいる岸谷を見ながら膨らませるのであった。

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