09.『私のライバル』(まどか
読む自己で。
向こうはともかく私が彼女の存在に気づいたのは高校1年生の夏だった。
彼女はいつも橋本さんとだけは一緒にいて、彼女といるときだけは自然な自分というのを見せていた。
でも、それ以外では全然隠していて、素の自分を出せばいいのにと思っていた。
その思いが強くなったのは夏休みに榛先輩といるところを見たとき。
橋本さんにすら見せない自然さがそこにあって、勿体ないなと感じたものだ。
――チャンスが訪れたのは高校2年生になって同じクラスになった今だったんだけど……。
案の定、橋本さん以外とはいようとしない女の子でやきもきしていた。
そのやきもきさが歪んで『バレーで足を引っ張ったから』という理由で体育館倉庫に閉じ込めていた。
それは単なるイジメというよりも、他の子に見てほしくなかったからというのもあったのかもしれない。
橋本さんや榛先輩にだけ見せるなんてずるい。
私では引き出せない彼女を他の子が先に見たら嫌だ。
そんな下らない理由で1度だけ私はしてしまった。
2度目は誰がやったか分からないけど、同じような思いを抱いている人物の仕業かもしれない。
「タマキちゃんも可愛かったけど……」
恐らく、私が言いたかったことの真意が伝わってない。
猫の可愛さを褒めることくらい教室でだってできるわけだ。
でも、私が本当に言いたかったことは教室で言うわけにもいかない。
彼女は分かっていないようだけど、それなりにあの子も人気だったから。
だって可愛かった。
誰かが話しかければ偽りとはいえ笑って受け答えをするような子だった。
全てがいいと言えるわけではないけど、言い返さずいられるような強さを持っていた。
全部自分にはない、できないことを彼女はやっている。
波風を立てないようにという生き方を貫いている。
それを邪魔して友達になってくれなんて自分勝手なことこのうえない。
……けれど、私の望みはあくまでお友達になれていればいいのだ。
勝手でもなんでもいい、今度はもっと上手くやってみせる。
決して傷つけることなく、一緒にいられて良かったと思ってもらえるような人物になってみせる。
そのためには榛先輩とも関わりを作らなければならない。
彼女が心から信用している先輩と関われば、きっと正解が見つかることだろう。
橋本さんと深く関わってもヒントが貰えるかもしれない。
「頑張るぞ私っ」
とりあえずいますることは榛先輩に謝り続け1ミリでも信用してもらうことだ。
しっかりと心から謝罪し、評価を改めてもらうように努めよう。
非常識とは思いつつも午後の19時過ぎに先輩を呼び出した。
場所は家の近くにあるコンビニ。
私はそこで髪の毛を弄って待っていた。
来てくれるだろうか?
ただ、連絡先を交換しておいて本当に良かったと思う。
で、肝心の先輩は30分頃に来てくれた。
買ってあったジュースを渡して「来てくれてありがとうございます」と明るく口にする。
先輩の雰囲気はあまり良くなかったけど、「これありがとな」と言って笑ってくれた。
渚さんに見せるのとは違う全然硬い笑み。
ま、当たり前だ、私は妹さんにイジメをしていたようなものだし。
「それで?」
「……あの、すみませんでした、渚さんのこと」
「俺に謝ってどうするんだ? そんなことしても変わらないだろ」
……消えるわけではないのは分かってる。
自己満足で自分勝手なのも分かっているけど、気に入られておきたかった。
「あの……渚さんと仲良くしたいんです、そのためにはお兄さんとも……」
「それは近づく度に許してないとか言われるのが嫌だからだろ? 自分可愛さってやつだろ」
「……そうですよ、誰だって冷たくされて普通でいられるわけではないですから」
「渚は閉じ込められても悲しくないって言ってたがな」
先輩は「それはまあ俺らがそうさせちまったんだが……」と呟いている。
少し歪とも見えるあの生き方は先輩や橋本さんのせいってことなのかな……。
「五十嵐、2度としなければそれでいい。それ以外は余計なことをするな」
「え、でも……先輩は私のこと嫌なんですよね?」
「んータマキに優しくできるやつは信用してるんだ」
言い方は違うけどそれは渚さんにも言われたこと。
……人の家の猫ちゃんを可愛がることなんて普通だと思うけどな。
それで信用しちゃうと、ちょっと大丈夫かなと心配になってしまう。
つまり、他の子が来ても「タマキちゃんを可愛がってくれたから」という理由で入れてしまうわけだ。
他の子が増えれば増えるほど、私が渚さんといれなくなってしまうわけで。
「榛先輩! 私は渚さんに他の子が近づいてほしくないです!」
「俺としては一緒にいて楽しいと思える人と沢山、関わってほしいがな」
「榛先輩! 協力してください! あ、優しくしたら渚さんが抱きしめてくれるかもしれないですよ?」
あわよくば私にだって――それはまあ後回しでいいけど。
危惧しているのは私がおまけになってしまうことだ。
「あいつなあ、無防備だからな」
「沢山の人に囲まれたら危なくなりませんか?」
「とはいえ、お前らがいなかったら普通の生活だったからな」
「うぅ……」
「冗談だ。そうだな、あんまり沢山いればいいわけじゃないからな、少しはお前の言う通りかもしれない」
当たり前なんだけどなんか悔しい。
渚さんのことをよく分かっていて、渚さんもまた先輩のことを分かっている。
決して全て言うことを聞くという感じではなく、先輩にはしっかりとNOを言えるわけだ。
「榛先輩ズルいですよ!」
「はぁ?」
「なんで渚さんのことをよくわかってるんですか!?」
「えぇ……実の妹のことなんだから当たり前だろ」
「あと、渚さんのために真っ直ぐ動きすぎですよ!」
下手をしたら彼女が先輩に惚れてしまうかもしれない。
だって格好いい、物理的にも精神的にも。
もし~だったらなんて想像しても無駄だけど、こんなのされたら実の兄でも私は惚れる。
「環先輩のことが好きなんですよね? だったら適度にしておいた方がいいんじゃないですか!?」
「言っておくけどな、環よりも渚の方が大切だ」
「っなぁ!?」
これは冗談じゃない。
その証拠に先輩の顔は真剣そのものだった。
ただ分かる、先輩にそういうつもりがないことは分かる。
でも、渚さんが甘え続けて我慢できるような性格をしているだろうか。
こういうタイプこそ落ちるのは早い気がする。
「……好きじゃないんですよね?」
「は? 好きだぞ?」
「じゃなくてっ、異性として……」
「んー、どうだろうな」
「うぇ!?」
「あいつ、俺には上手く甘えてくれるからな。分かんねーな正直、魅力的なやつだとは思ってるぞ?」
魅力的だというところには完全同意。
ただ、なんでだろう、先輩なら「なわけないだろ」と言うと考えての質問だったのに!
「あ、家であんなちょっとえ、……ちな格好見られるているからですか?」
「あれは是非ともやめていただきたいけどな。ホイホイ見られれば喜ぶ男ばかりじゃないんだ、あいつは男心ってのを分かってない。そしてまた、俺も女心ってのをわかれてないんだろう。でも、あいつが無理しているのだけはわかる、だからこそ俺は一緒にいてやりたいって思うんだ。どうなるかなんて知らない、まかり間違ってあいつのことを異性として好きになるのかもしれない。勿論、あいつから言ってこない限りは、そうであっても隠しておくつもりだけどな」
先輩は「そういうもんだろ?」と言って笑った。
そのときの笑顔は渚さんによく向けている気持ちのいいもので、やっぱり悔しさしか感じなかくてむぅと内心で唸る。
「そんな顔してくれるな、俺らは1種の同盟みたいなもんだろ? 昨日までとは違ってお前は渚のことを大切と思っている、で、俺も思っているわけだ。だったら、微妙そうな顔をする必要はないだろ? トラブルがなにも起きないよう動いておけばいいんだよ。ま、そんなのは不可能だけどな、感情を抱けるわけだし」
「はい……。あ、私はあなたのことを認めていませんからね!」
「はははっ、俺だって五十嵐のことを認めたわけじゃないからな」
――お礼を言い先輩と別れて帰路に就く。
本当に渚さんのことしか考えていないようで、私のことを送ってくれるみたいなことはなかった。
でもそれでいい、あの人は渚さんのお兄さんで、先輩で、ライバルだ。
ライバルに優しくされたらどうにかなってしまう。
勝者の余裕なのかと困惑することになってしまう。
そんなのはゴメンだ、私は私の力で、決して一方的な形ではなく彼女の側に居場所を作ってみせる!
それと同時に私もあの強さを得てみせるのだ。
「楽しくなってきたぁ!」
「ワンワンッ!!」
「ひゃうっ!? ご、ごめんなさいぃ!」
橋本さんとも仲良くならないと。
表だけではなく、しっかりと踏み込んで。
……恐れるな私! 絶対にできる!
「ただいま~」
「おかえり」
「ただいまお父さん! もうご飯は食べた?」
「まだだな、頼めるか?」
「うん、任せて!」
兄でも好きになるとかありそうだ。
甘えてくれたらそりゃ可愛くも映る。
ただ、現実の兄妹はほぼ仲良くないと聞くけど。
勿論、中には仲のいい人らもいるだろうけどね。