06.『真顔な榛くん』
読む自己で。
月曜日。
昨日調子に乗りすぎてしまったとき以外の榛くんは普通だった。
美味しいご飯も作ってくれたし、タマキをうりゃりゃーと撫でていたし。
私は自分の席で方づえをつきながらそのことに安堵する。
あ、そうそう、希ちゃんにワケを聞いてみたんだけど結局教えてくれなかったんだよね。
あの後、普通に帰ったみたいなんだけどなんでだろうか?
榛くんのデリカシーのなさに嫌気が差したとか?
それならそれで「渚の部屋に行きたいんだ」とか言ってくれれば良かったのに……。
そして……今日も体育があるし内容がバレーボールなんだよね……。
で、細かい謎のことはあまり考えずに過ごしていたら体育の時間がやってくる。
「私達、玉平さんと同じチームになりたくない!」
で、出たぁ!? しかもちゃっかり「達」になってるぅ……。
いやいや、自己主張できることは素晴らしいことだ。
嫌なことを嫌だと言えるのは自分にはできないことだし羨ましいと思う。
「まあそう言ってやるなよ、渚だって頑張ってるんだぜ?」
「橋本さん……」
「別にいいよ? 大丈夫だよ橋本さん、ちょっとお腹痛いし見学するよ」
「お前……」
好きな人には申し訳ないけど、バレーは好きじゃない。
だって手が痛くなるし、前は顔面にぶつかったことあるし、赤く腫れたし。
希くんが優しいのは嬉しい。
でも……本当にお腹が痛いんだよなぁ……。
精神的なダメージが私といえどもあるのだろう。
だからちゃっかりまた見学している榊原さんと一緒に眺めることにした。
「榊原さん、この前はどうしてあなたがお荷物って書いた紙を渡してきたの?」
よく考えてみれば分からないことだ。
この前の彼女は見学していたというのに、関わっていないのに『お荷物』なんて言ってくるだろうか。
「……そう思ったからよ」
「あはは、そっか! だからこうして休憩中~」
「…………」
あ……「そんなことないわよ」とか期待してたんだけど。
彼女自体が謎の女の子。
私にとっては希くん、榛くん、環さん以外は全員そう。
中学生時代と違って謙虚に生きているのに、なぜだか嫌われてしまう。
教室でうるさくしているわけでもない、言い返すわけでもないのに。
納得できなくて、でもどうもすることができなかった。
……とにかく、みんながギスギスすることなくバレーをしているところを眺める。
うーん、これから団体競技のときはこうして休めればいいんだけど、ちらりと見てみると担当の先生は厳しい表情でこちらを見ていた。
さ、サボりたくてサボっているわけじゃないのよ!? ……みんなが望むなら仕方ない。
ここで希くんが食いついて私を無理やり入れたりなんかしたら、それこそダメな結果になるだろう。
「玉平ーちょっと来い」
「ひゃ、ひゃい!!」
男の先生ではないことがまだ救いだろうか。
私が先生のところに行くと、いきなりボールを渡してきて困惑する。
「手はこう、腕はこう、分かったな?」
「え、は、はい?」
「ボール貸せ、練習だ」
「えぇ……」
渡すと先生は優しく放り投げてくれたのであわあわレシーブ。
「落ち着け、誰も怒りはしない」
「いやでも……」
別にバレーが上手くなれなくても、このまま排斥されたままでも構わない。
目立たない生活ってやつを自分は望んでいる。
こういうときに誰かを頼るのは悪手だ。
特にあのときみたいに希くんを頼るのは1番良くない。
「玉平、お前はああいう反応をこれからずっとされて生きていけるのか? 別にそれで後悔しないなら構わないが。我慢できるなら休んでも成績を下げるなんて言わないし、なにかしろなんて強制することもしない。でも、少しでも引っかかっているなら少しくらいは見返してやろうぐらい考えろ。今すぐは役立たないかもしれないが、いずれは役立つ。もしかしたらこのバレーもな」
そういえばお母さんはママさんバレーやってたっけ。
素人だけど誘われたんだと、困惑しつつもワクワクしていたお母さんを思いだす。
「それじゃあこれくらいなら……」
「ああ、付き合ってやるから少なくとも体は動かしてろ」
「あの、榊原さんも……」
「あいつが参加したいならな」
というわけで誘ってみることに。
「榊原さん、一緒にやろ? 先生と私とあなたなら問題ないでしょ?」
「……あなたがいるならやるわ」
「うん!」
先生に付き合ってもらって、レシーブしたり、トスしたり、アタックの真似事をしてみたり。
別に点が取れたわけでも、スムーズにいっているわけではないのに、すごく楽しかった。
私のとって新しくお友達ができた感じだったから、というのもあるのかもしれない。
先生と接してみると分かるけど、優しく微笑んで付き合ってくれる人で――
「今の取れるぞ!」
「おいおい、そんなんじゃ任せられないぞ!」
「頑張れよ!」
……熱が入ってくると変わっちゃうみたい。
スポーツをする人にとっては必要なスキルなのかもね。
「す、すまない……少し楽しくなってしまってな。だって自分がやる機会ってあんまりないだろ?」
「確かにそうですよね、先生は基本的に見ている立場ですし」
「ああ、それに榊原が楽しそうにやってくれたのが嬉しかったんだ」
分かる、私も彼女が笑ってくれているのを見て嬉しくなったから。
私達は休憩になり、そしてみんなも休憩時間にしたようだった。
とはいえ、入れなかった人がいるので即席のチームを作り開始していたいけどね。
「渚、楽しそうにやってたな」
「あ、うん、先生と榊原さんのおかげなんだ!」
「へぇ、あたしもそっちに混ざりたかったなぁ」
「ダメだよ、希くんはみんなに求められてるんだから」
仮にいたとしても「橋本さんと同じチームになりたくない!」なんて絶対言われない。
もしそんなこと言われるようなことになったら、そのときは私が動くつもりだ。
友達にすら優しくできなくなるくらいなら、やりたいことをやって不登校になった方がマシというもの。
「橋本さーん、一緒にやらない?」
「おう、いいぞ。また後でな渚」
「うん」
――残り時間も終了し片付けの時間となる。
先生にはお世話になったので片付けを申し出ると「任せたぞ」と言って笑いかけてくれた。
それでネットをしまったりボールをしまったりして出ようとしたら、ガラガラガシャンである。
「(あ~お弁当……)」
救いなのはこれからお昼休みだということ。
また榛くんが助けに来てくれるかなぁ……。
誰なんだろうなぁ、もしかして榊原さんとか? ……メリットがない。
私を閉じ込めて楽しめる趣味だったとしても、だったらさっきのような言葉は有りえない。
「あ~お腹空いた~……タマキー……」
あと逆張りというわけではないが、ここはどうしてこんなにも落ち着くんだろう。
くぅと眠くなる、空気がないわけじゃないよね!? なんて考えて時間をつぶす。
……来ない、今日はこのままここで夜まで過ごすことになるのかな。
夜になるとボールの跳ねる音が聞こえてくる! そんな七不思議はないから安心できるが。
昼休みはあまり余裕があるわけじゃないので予鈴が鳴ってしまう。
……無情にも本鈴が鳴って無断欠席が決まった。
「終わったぁ……」
大丈夫、誰かが見つけてくれるさきっと。
私はそう信じてあまり綺麗とは言えない床に寝転がったのだった。
「うぇ……? あ、多分……これで最後の授業が終わったんだよね……」
午後に体育があるのは1年間に数度くらいなので今日は該当しなかった。
私は少しの焦燥感に駆られる。
だって2時間も顔すら見せず休んでしまったからだ。
家に電話をされても両親はいないし、どうしようもない。
靴があるのにいなかったら大事になるのではないだろうか。
とはいえ、ここから自力で出られるわけじゃないし……。
そんな時だった、ガラガラガシャンとなったのは。
今日も今日とて榛くんで、えへへっと笑みを浮かべる。
これで最悪ENDは避けられたわけだ。
おまけに榛くんに謝ることもできるのだから、好都合と言える出来事だった。
「榛くん、昨日はごめんね。あと、毎回ここにこさせて」
榛くんはなにも言わない。
だから制服の袖をちょいちょいと引っ張ったら正面から抱きしめられた。
「悪かったっ」
「え? なんで榛くんが謝るの?」
「……気づいてやれなかったから」
「当たり前じゃん! 榛くんは別の学年なんだし~」
でも嫌なのが先生に謝らなければならないこと。
「榛くん……職員室に付き合って?」
「ああ、行くか」
で、行ってみた結果は――怒られはしなかった。
すごく心配したんだよ、いてくれて良かったって言ってくれた。
申し訳ないことをしたと思って、謝ったら涙が出た。
人に迷惑をかけることが私にとって1番苦しい。
拘束されることなくすぐに解放され、教室に榛くんと行く。
「おい、どこ行ってたんだよ渚!」
「あはは、ちょっとね」
制服をそのまま着て帰らせてもらう。
今日はどうやら榛くんが一緒に帰ってくれるみたいだから、少し安心していた。
靴に履き替え外に出て、学校からも出て歩いていると、
「渚、アイス奢ってやるよ」
「え、悪いよ」
唐突にそんなことを言われ咄嗟に断る。
「買うから、いいから食え」
「まあ……」
どうしたんだろう、今日の榛くんはずっと真顔だ。
それがちょっと怖くて、素直に大人しく従うことしかできなかった。
気に入らないから閉じ込めるとかあるのだろうか。
周りが悪口を言って先生を来なくさせなくなるまで追い詰めたのが中学の時、実際あったからな。
幸い陰キャ野郎の俺が虐められることなく学校生活を終えたけど。
渚すまない……。