04.『私の理想とは』
読む自己で。
相変わらずシャツ1枚でゆったりタマキを愛でていると榛くんが帰ってきた。
「おかえり~」
「お前なあ……」
今日は謙虚にきちんと見えないようにしているつもりだ。
だというのに、なにが気に入らないと言うんだろうか。
「渚、お前は閉じ込められた時にどう感じてた?」
「え? バレーで足を引っ張ったくらいで大袈裟だな~かな」
あまりにも余地がなさすぎる。
他にも同じような子はいたというのに、私にだけはこれなんてね。
でもあれだ、別に泣いたりするような結果ではない。
そりゃ『お荷物』と書かれた紙をいちいち直接手渡しされたことは少し堪えたが。
「悲しいとかそういうのは?」
「閉じ込められたことについては感じてないかな。それに帰りにパ○コ買ってもらったし!」
あれは美味しいものだ。
甘いものを食べていれば大抵は回復する。
そして仕上げにタマキを愛でる! このサイクルがある限り、私は消えない。
「学校が辛くないか?」
「辛くないよ~辛かったら多分ずっと泣いてるよ」
中学生の頃のように。
だから榛くんの存在やタマキの存在が大きいわけで。
「渚、家くらいでは素直になれ」
「だから大丈夫だっ、ちょ!?」
今日は積極的じゃないですか!
……冗談はともかくとして、なぜに私は兄に頭を抱かれているのでしょう。
無理しているとでも判断したのかもしれないから、腕に触れて「ありがと」と言っておいた。
「これは環さんにしてあげてね、抱きしめるのはしちゃダメだよ」
私から抱きつくならともかく、好きな人がいる兄がしてはいけない。
あと、なるべく負担や迷惑をかけないよう生活したいのだが、私にできるだろうか?
兄にそれらをかけないということは、友達である希ちゃんに全振りすることになる。
そうなった場合、今度は彼女の方が去っていかないだろうか、という不安が私の中にあって。
そうでなくても自分のことを信用してくれているのか分からない状況で。
「確かに環は大切な存在だがな、俺にとってはお前の方が大切なんだ」
「えっ! あ、じゃあ結婚するっ!?」
「茶化すな馬鹿! 真面目な話だ。他所様の娘さんより実の妹の方が大切に決まってるだろ」
うーんでも、私も兄やタマキの方が大切だし、そういうものなのかもしれない。
「えへへ、ありがと。お兄ちゃんがいてくれて良かった」
「俺はお前が笑ってくれていればそれでいい、勿論、偽りのない笑顔だったらだがな」
「偽りないよ~えへへのへ~!」
「やれやれ、その調子でいてくれよ?」
んー、だけどこうなると甘えたくなるなぁ。
完全に断つのではなく適度に上手く甘えていこう。
「だから、ちゃんとズボンかスカートも履け」
「えぇ……メンドくさー……」
せっかくいい感じの雰囲気だったのに。
榛くんらしくて別にいいけどね。
翌日、教室にて自分の机の中に教科書をしまおうとしたときだった。
昨日と同じような紙が入っていて身構えたものの、確認してみなければ始まらないわけで。
内容は、
『放課後、中庭に来てください』
とだけ書かれていたものだった。
相談するかどうか迷って、でも私はしなかった。
「あ、あなたは……」
そして放課後。
中庭に行ってみると昨日の女の子がそこに立っていた。
また暴言を吐かれてしまうのだろうか?
……それでも今日だって同じように笑顔を浮かべてみせるぞ!
「率直に言うわ」
初めて聞くこの子の声。
少し低くて、けれど低すぎないそんな感じ。
「あなた、おかしいわよ」
ガーンッ!?
私はどうやらおかしかったみたいだ。
その子はちょっと長い横髪をイジイジと弄りながら続きを言う。
「普通、怒るところでしょう?」
「いやまぁ、足を引っ張ったのは確かだからね」
なんでこの程度でとは思ったが。
「えと……それであなたはそれを言うためだけに?」
「あなたおかしいわよ」
「な、なぜに2回も……」
別に否定して食いついて「謝れぇ!」とか言ったわけではないのだから許してほしい。
これが私の生き方だった、たったそれだけで説明がつくのだから。
その子をタメ息をついてベンチに座る。
なんとなく自然に私も座る。
「……どうしたらあなたみたいな強さを得られるの?」
「強さ!? ううん、私は希ちゃんや榛くんがいないと生きられないくらい弱いよ」
タマキの存在を言うことはできない。
言ったら最後、きっと食いついてきて「見せなさい!」とか言ってくることだろう。
私にはそれが耐えられない。
恐らくタマキだって初対面の子にガツガツと来られたら嫌なはずだ!
「それってあなたのお兄さんよね? 仲がいいのね」
「うん! 自慢のお兄ちゃんなのだ! 希ちゃんとは中学生の頃からの仲だけど~」
「ふふ、ふたりのことを話しているときの笑顔は、しっかりとあなた本来のものよね」
「なっ!? ば、バレてるだと……?」
改めて考えてみなくても当たり前のこと。
大して仲良くない、悪口を言ってくるような子に、素の自分なんか晒せるわけがない。
昨日の放課後のだって希ちゃんにすら見せたくなかった1面だ。
呆れられたくない、愛想尽かされたくない、だから平均的な態度や言動を引っ張ってきているだけ。
「すごいじゃない、しっかりと使い分けができていて。私なんてずっとこの調子よ?」
「悪口を書いた紙を直接渡しに行けるバイタリティがあるあなたの方がすごいけどね」
「……昨日はごめんなさい」
「いや、そう言いたくなるポンコツ能力でごめんなさい」
「ふふ、でも本当に酷かったわよね」
「うぇ……」
痛いところを突くことが得意のようだ。
そういう強み? が自分のもあればいいなと考えている。
例えば、相手の顔色を伺わずに甘えられる能力とか。
「玉平さん、あなたにとって理想の生活とはどんな感じかしら?」
「え? そうだね~喧嘩とかがなければいいかな」
「恋人とかは?」
「そんなの後回しでいいよ~副次的なものでしょそれは。みんながみんなは無理だけど、少なくともニコニコして生きられて元気良くいられるのが1番だよ」
私と関わってくれる人が健康でいてくれるのならそれでいい。
お母さん、お父さん、榛くん、この3人がいてくれれば最悪いいけどね。
とにかく、小さな望みではないかもしれないが、私にとって大切なのはこれだ。
「そう、教えてくれてありがとう」
「うん、あ! あなたの名前を教えてくれない?」
「え……はぁ、榊原稀衣よ」
ふむふむ、榊原稀衣さんと。
し、仕方ない、だって今年多分同じクラスになったばっかりなんだからおかしくない。
それに正直、希ちゃん以外の情報が必要なかったので、それくらいでしかないわけだ。
恐らくこの会話も意味を失くす。
それでも一応、聞いておきたかった。
「それじゃあね!」
「ええ、さようなら」
私は学校をあとにして目当ての人物を追うことにする。
そして案の定、あまり離れていない場所に彼女が立っていた。
その子は私を見て「遅えぞ」と言って笑う。
普通に「ごめん」と謝って歩きだした。
「まさかバレてるとは思わなんだ」
「だから渚は分かりやすいんだよ、隠せてると思わない方がいいぞ」
彼女と会う前に連絡がきたときはすごく驚いた。
でも、だからこそ榊原さんにも普通に対応できたのかもしれない。
やっぱり希ちゃんもいてくれないと嫌だと理想日記を上書きした。
「明日どっか行こうぜ」
「お、いいね! どこ行くっ?」
「んー本屋かな」
「あ、そういえば買ってない新刊あったんだ! 行こう行こうっ」
大好きな本を買ってタマキを抱きつつ中を読む。
最高の時間になること間違いない!
……そろそろいいのかな?
「ねえ希くん」
「だからくんゆーな」
「えへへ……あのさ、家に来ない!?」
「うるせぇ!!」
そっちの方がうるさいョ……。
「って、いいのか?」
「う、うん……」
これだけお世話になっておきながら家にすら招かないのもどうかと思う。
興味がないと言われたらそれまでだが、家にくらい招けるよ! 信頼してるよ! と伝わればいい。
「本屋さんにそんな長時間いられないだろうし、その後で……どうかな?」
「仕方ねえから行ってやるかな」
「うん! 来てねっ」
「お、おう」
うーん、話し方をもうちょっと変えてくれればなぁ……。
他の子と話すときはもう少し柔らかい感じがするけど。
このまま仲を深めていけば新たな1面を見せてくれるだろうか?
私が恥ずかしいところをもう見せているんだから、希ちゃんも見せる義務があると思うんだよね。
「あ。あたしこっちだから」
「うん、ばいば~い」
「ああ、明日の10時にさっきのところに集合だ」
「はーい」
私も家へ。
家に着いたらすることと言えばっ――
「まあ制服脱ぐことだよねぇ」
ここは気を使わなくていい空間、だったら制服なんて着てたら失礼というもの。
ちなみに、私が散々着ている大きな服は言わずもがな榛くんの服である。
い、一応、可愛げのある妹ではいられてると思うし、恐らく嫌というわけではないだろう。
「タマキー」
「にゃー」
はぁ……正に理想の状態。
……榛くんの服が好きなんだよね、た、タマキが!
だからこれは仕方のないこと。
誰にも怒る権利は存在しないのだ。
タマキのお腹に顔を埋めつつ、どこかの誰かに向けて言い訳をしたのだった。
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