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03.『渚という女子』(希

読む自己で。

 あたしには玉平渚という女の友達がいる。

 幼馴染とかそういうのではなく、中学の時、ベンチに座って泣いている彼女を見たのが始まりだった。

 渚は率直に言えば可愛くて、なんでもできるようでできない女だった。

 不器用だった、ひとりああして泣くしかできないような女。

 なんとなく興味を抱いてあたしは彼女といるようになった。

 だが、それが逆効果になるとはあたしも思っていなかった。

 彼女の教室に行くと悪口が聞こえてくるくらいだった。

 運動が下手、すぐ言い返してきて生意気、その割にすぐ泣いて被害者面云々。

 教室にはほとんどおらず、大抵は中庭のベンチでひとりでいた。


「おい、もっと上手く生きろよ」


 あたしは悪口を言われてもひとりで泣いたりしない。

 運動が下手なら上手くなろう。

 生意気と言われるなら、生意気と言われない範囲で生活をしてやろう。

 泣いて被害者面するなと指摘されれば笑ってやろう。

 それが、あたしにできる生き方で、この時のあたしは彼女にもそれを強要した。

 だからだろうか、彼女が歪な存在になってしまったのは。

 問題だったのは、言い返さなければ文句を言われないわけじゃないこと。

 彼女は黙って、時に謝罪をして、笑って、平気なふりをした。

 その時になってやっと、自分の愚かさを気づいた。

 だってこの子はあたしじゃない。

 メンタルだって恐らく自分より弱いそんな女で。


「希ちゃんといたら悪口言われるんだよ!」


 ……1度だけ爆発してそんなことを言われたことがある。

 自惚れだったら良かったのだが、一応私は周囲から求められていた。

 そんな人間が彼女みたいな、言い方を悪くすれば弱者な存在といればどうなるか。


「あいつ媚売ってるんじゃない?」

「そうそう、そうじゃなきゃ橋本さんがいてくれるわけないよね」

「被害者面して同情を誘ったんでしょ」


 ……ま、全員からとは言えなくても、悪口を言われる可能性はあるのかもしれない。

 私だって近づきたいのに○○がいるから近づけない、みたいな感じで。

 でも、彼女は弱いようで強くて、……弱かった。

 妥協、諦観、なにを言われても不登校になることはなく、学校に登校し続けた。

 あたしは自分の存在が重荷になるならと、距離を作って過ごしていた。

 正直言って、見てられなかったのは言うまでもない。

 だって浮かべる笑みが痛々しいんだ。

 全然笑えてないのに笑顔を貼っつけて、これ以上嫌われまいと行動しているあの子が。

 迷惑だと分かっても近づかないでいられたのは、たった2日のことだった。


「(なにか話してるのか? あの顔……なんか言われたんだな)」


 そして現在。

 席に座って弁当を食べていた時、大して仲の良くないはずの女が渚に近づいた。

 驚いたような顔、続いて……悲しそうな顔、なにか言われたかされたのは事実で。

 かと思えば笑って渚が女になにかを言う。

 その女が席に戻ったのを確認してから、あたしは近づいた。

 なにを話していたんだとストレートに聞いたら、複雑な表情を浮かべ答えてくれた。

 嘘だと分かった、隠せてるようで全然隠せないのだこいつは。

 それでも無難に「そうか」とだけ答えて。

 ……いきなり涙を流し始めてぎょっとした。

 だから怒るフリをして拭いた。

「被害者面してんじゃないの」と周囲の人間から言わせないために。




 放課後、あたしは渚の兄である榛先輩に呼ばれて屋上へ向かった。

 先輩は先に来ていて、こちらを見たら「来てくれてありがとな」と真顔で言う。

 普段は明るい人の真顔とは、どうしてここまで薄ら寒く感じるのだろうか。

 自分がしたわけじゃないのに責められている感覚。


「やっぱり閉じ込められてた」


 情けないことに自分で動けなかったから先輩に頼んでいたのだ。

 ……頼んだことはこれが初めてではない。


「あいつ、普通に笑ってやがったぜ」

「え、悲しそうな顔をしていなかったということですか?」

「いや、やっぱり違うわ。普通だった、かな」


 普通、か。

 あたしや周囲の視線がある時は隠せるようになってしまった。

 実は家に1度も入れてもらったことがないので、家にいる時の生活は窺い知れない。

 そして先輩と関わりがあることを恐らく渚は知らないはずだ。

 あたしが不安視しているのは、あたしのことを彼女が信頼していないのではないのか、ということ。


「すみません、あたしが彼女に『もっと上手く生きろ』と言ったせいで」

「いや、実際あの生き方ができてるからまだ潰れずに済んでる、橋本のおかげだ」

「でも、今日だって恐れて動けませんでした」


 全部ブーメランになって返ってきている。

 だが、周囲からの反応なんかよりも、なにより彼女から悪く言われることが怖いのだ。

 身長は高くても、運動や勉強が彼女よりできても、心は弱い女。

 決して哀れみの感情から近づいて自尊心を満たしていたわけではない。

 けれど、彼女に「希ちゃんといると悪口言われるんだよ」と言われてから怖くなってしまって。

 一緒にいられるようになったのは幸せだったが、全部にそうだとはとてもじゃないが言えなかった。


「姉妹ってわけじゃないんだ、自分を守りたくなるのは普通の感情だ。それに橋本は俺に知らせてくれた、そうじゃなければ知らずにあいつは今頃、あの中に入ったままだったかもしれないからな。感謝してる、自分を責めるな」

「はい……」

「うんまあ、橋本さえ良ければあいつといてやってくれ。でも、無理ならいなくていい、ほぼ家でしかいてやれねえけど、俺がするつもりだから。ありがとな、気をつけて帰れよ」


 屋上入り口に人の気配を感じていたので振り返ってみればとても綺麗な女の人がいて、その人と仲よさげにしつつ先輩は帰っていった。

 それを見ただけで分かった、先輩がその人を好きだということに。

 それでも支えようとするのは妹だから?

 好きな人との時間が減ってもできるのは素晴らしいと思えるが、心から思っているのだろうか?


「あたしに言われたくないか」


 恐れてあの子の兄を頼らなければなにもできない存在なんかが疑ったら失礼だろう。

 屋上から下駄箱へ移動し靴へと履き替える。


「(あ、渚のやつまだいるのか……)」


 なんとなくかかとを踏み潰した上履きを再度履いて教室へと向かったら、


「ふんふっふふーん~」


 楽しそうに掃除をしている女がひとり、と。

 あたしは1番廊下側、最後列の席に座って彼女を眺める。

 微笑ましかった、この時の笑顔は本物だと思った。

 動く度に肩まで伸ばされた黒色の髪がふわふわ揺れる。

 スカートもふわりふわりと舞って、まるで踊っているかのよう。


「ふぅ……終わったぁ!」

「お疲れさん」

「ふぁびっ!? あ……希くん……」

「くんゆーな」


 立ち上がって彼女に近づき、彼女の頭を撫でた。


「ん?」

「はは、良く頑張ったな」

「あはは、これが日課なんだぁ」


 真面目に掃除しているやつなんてきっと彼女くらいだというのに。


「渚、帰りにアイス奢ってやるよ」

「ほんとっ!? じゃあ早く帰ろ!」


 ――コンビニ。

 ……情けないことに余裕がなかったのでパ○コを買ってふたりで分けることにした。


「わ、悪いな……これで」

「ううん! これ大好きだもん、だからありがとっ」

「おう、なら良かった」


 行儀は悪いが食べながら歩いて帰る。

 少し先を歩く渚からマイナスな雰囲気は伝わってこなかったが、


「希ちゃん、私のことが邪魔になったらその時は――いや、なんでもない! じゃあね!」


 マイナスなことだけを吐いて走り去っていってしまった。


「そんな時がこないよう願っておくか」


 人間だから分からない。

 あたしはいてやるよなんて無責任に言えない。

 だからあたしにできるのは願うことだけ。

 いつか信用してもらえるような存在になれたらいいなと考えつつ、あたしも家へと帰ったのだった。 

人気者といるから悪口って、男x女とかだったら有り得そうだね。

女と女の場合でも、女子からは嫉妬の対象になるのかね?

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