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デストピアの先兵 前編

あらすじ:

小見川 耀(30歳 男)は大手広告代理店電痛に勤める若手のエースである。

ある日アカルは地獄からの使者ナオに余命1日を告げられる。

完全監視社会となった日本でアカルはナオと最後の時をすごすことにした。

残された時間で自分の生きてきた証を探りながら、アカルはいつしかナオに好意を持ち始める。








 202X年、新型CCP0604ウィルスは全世界の各経済ブロック毎に完全監視社会を産み落とした、全世界人口の三分の一にあたる屍の上に、自由と民主主義の屍の上に。


 取り返しのつかない大きな失敗をしないという前提で、失敗を繰り返さないことが人生で最も重要な事であると知っているにもかかわらず、俺の人生はそれと気づいた時には取り返しのつかない、大きな失敗の連続であった。


 そんな俺の人生は、今日までの人類が辿った運命に似ている。ある日、俺は不意に地獄からの使者を名乗る者に余命1日を宣告された訳だが、そんなことを考えていた俺は、だから特に驚きはしなかったのだ。


 発端はウィルスだったのかもしれないが、そもそもにおいて監視社会を選択し大量生産大量消費主義を加速させ、地球環境の破壊を加速させるような人類こそが地球と共存出来ないウィルスだったのだ。


 地球は人類の自殺に付き合わされて、今ゆるやかに死んでいっている。見方を変えれば俺も人類も地球も、そのあるべきゴールに到達したとも解釈出来るが。







 いつものように会社の会議室で目が覚めると、目の前にリカちゃん人形サイズのボーイッシュな女の子と思われる自称悪魔が笑顔で浮遊していた。



 「おはようございます、オミガワ アカルさん、地獄からあなたの魂を引取りにきました、私はナオって言います、これから一日よろしくお願いします」


 久しく周りが気違いだらけだったので俺は俺の正気を確かめる術を失っていた訳だが、俺は目の前のこれは幻覚や幻聴ではないと直感的に確信していた。



 「死因は過労死かあ、他人事だと思ってたけどね、マジで?」



 「人間を騙すのは人間だけだよ」



 「ナオは悪魔なんだっけ?」



 「うん、アカル専属の悪魔」



 「で、あと1日で俺の魂が君と一緒に地獄へ行く訳ね…



 …ちなみに天国に行く人と地獄に行く人の割合はどれぐらいなの?」



 「最近はもうほとんどすべての人が地獄行きだね。特にアカルみたいに他人を地獄へ堕とす働き者さんたちの頑張りで地獄はもう満杯」




 ナオの言う最近というのはCCPウィルスパニックあたりから監視社会を完成させた現在に至るまでのことだろうなというのは容易に推測出来た。


 確かに俺の務める株式会社電痛は監視社会への移行に多大な貢献をした。


 俺のデスクに常備されている洗顔セットを手に、トイレに髭剃りに向かう。


 朝9時、社内ですれ違う連中は徹夜組だろう。


 どうやらナオが見えるのは俺だけのようだ。


 話かける声のボリュームをおとす。



 「いろいろあるけど、端折ってズバリ聞くけどさ、CCPウィルスって『神様の与えたもう試練』とかそんなのだった?」



 「うーん、神様ってのがそもそも存在しないから、なんと答えてよいのやら、かなあ」


 俺の右肩に座っているあきれ顔のナオは、髭を剃りながら見る鏡にはうつっていなかった。


 その時突然俺は死を実感し恐怖した。たった30年しか生きていない俺はまだ死にたくなかった。


 俺は耳鳴りと吐き気を無視してこの悪魔を出し抜けないか模索した。



 「うーん、無駄だよ?抵抗しても」


 ナオに俺の思考はまるわかりのようだ。


 ナオは困ったような笑顔で告げる。



 「私のこれまでの経験では、みんなもれなく死んでるし、みんなもれなく地獄行きだったから」


 俺は切り傷まみれになりながらの髭剃りを終わらせて洗面所の鏡の前から逃げ出した。




 「アカルが今までやってきたこと、思い出してみて、ね?」


 せめて天国に行先を変更出来ないか、デスクで朝飯のコンビニおにぎりを食べながら考えている俺にナオは困ったような笑顔でそう言った。



 「奴隷牧場を、作ったのはアカルたちでしょ?」



 「仕事でね、ああ、けど切っ掛けはCCPだぜ?」



 「非情事態期間の延長を意図的に繰返すことで国民に効率的に多大なストレスを与えること、それを利用して国民を洗脳する手法を発案提言・実行指揮したのは誰?」


 俺はなぜこんな惨めな言い訳をしているのだろうか。



 「ネットの登場で死滅するのを待つだけだった権力階級の延命システムを構築したのはアカルのアイディアだったよね?」


 俺は俺の仕事に誇りを持っていたんじゃなかったのか。



 「連中の生態、キミならよく知ってるでしょ?美しい?それとも醜い?」


 ずっと心のどこかで漠然と感じていた、このままではいけないという悪い予感。



 「抑止力が働く…自浄作用とか…」


 その悪い予感が最悪のかたちで的中したのを実感する、口の中が乾いてめまいがしてきた。



 「その役割を担うはずのリベラル勢力は、長らく近隣諸国のスパイ活動に勤しんでいた結果、まったく機能しないだろうって提言したのは?」


 俺が今までやってきた仕事って実のところなんだったのだろうか、呼吸困難。



 「反体制勢力をウィルス使って粛清するのを提言したのは?」



 「そ、それ、俺じゃな、俺の上司…」


 冷や汗と涙と鼻水とプライドと脳みそが流出する。



 「そのキミが抑止力とか自浄作用とか言っちゃうんだ、フフッ」


 ナオに嘲笑され、そこで俺の中で何かが崩れ落ち、同時に爆発する轟音が聞こえた。




 「ウルッセ!ウルッセェェェエエエ!!!選択肢なんてあるワケ無えだろうが!俺は与えられた仕事をこなしてただけだろうが!なのになんで地獄行きなんだよ!フザケンな!」


 勢いをつけて立ち上がる俺の見事な逆ギレに、人差し指を口元に持ってくるナオ。


 俺のデスクのまわりを見回せば、驚いた顔を気の毒そうな顔に変えつつある年上の部下たちがいた。


 彼らのその表情は、俺の気が狂ったことに対してなのか、会社の方針に反抗するような言動がフロアの監視カメラに収められたことに対してなのかは不明だ。


 恐らく両方なのだろう。


 例外もいた。


 心配そうな表情を貼り付けて駆け寄ってきた同期が俺の両肩を掴んでガクガクと乱暴に前後に揺さぶる。


 口では大丈夫かとか言っていたが嫌がらせだ。


 耳元で囁かれる、オミガワぁこれでテメーもおしまいだ、だってさ。


 代わりに報告の仕事を引き受けるから休んだ方が良いとか言ってやがる。


 そこでまた轟音が聞こえた。



 「オォ、お前なんかに!俺の代わりがぁ!つとま…!」


 そこまで叫び、やっとで気が付いた、俺の代わりなんてそんなものいくらでもいるってことを。


 俺はその現実に腰が抜けて無様に尻もちをついていた。


 思い返してみれば大卒したばかりの若造がこんなに出世するのもおかしな話だ。


 もっと早くに気付くべきだった。


 要は俺の役割は用事の為の生贄であり、また若い世代に偽りの希望を与える広告塔でもあったワケだ、うちがひり出したステマチューバーどもと同等の使い捨てのコマだったワケだ。




 「悲惨な目に合う性奴隷たちを沢山つくることになっちゃった仕事の報告だよね」


 歪んだ笑い顔で俺を見下している同期の頭の上あたりを浮遊しているナオの口撃は容赦無く続く。


 いや、まあ、ナオは事実を述べているだけなんだが、とにかく気分が悪い、もう何度かオエッってきてる。


 そんな中で俺は発狂しそうな自分を抑えていた訳だが、そもそもにおいて俺のやってきた仕事は狂気の沙汰で、既に充分に俺は狂っていたと言える。


 若手のエース笑の直近の仕事なんかまさにそれだ。



 「はっきり言って国が売春を管理する仕事ってことだよね」


 ナオの言う通りそれはすなわち権力階級に性奴隷を優先的安定的に供給するといった試みで、正式名は国民総アイドルプロジェクトだが、俺はリサイクルギャルキャンペーンと呼んでいた。


 そのシステムでは12歳になると男女ともにアイドル登録と言うものが出来るようになるのだが、これはアイドルでも何でもなくただ単にその若い身体を合法的に売春に使う為の管理登録に他ならない。


 政府はその登録者のネットでの自己アピール活動を認可するだけでなく、テレビ出演及びステマチューバーとして人気があるものに高額の報酬と社会貢献値を与えて積極的に支援する。


 これは平民が権力者階級に近づくことが出来る数少ない機会となる。



 「ネットでの自己アピールが出来る唯一の手段、魅力的なエサだよね」


 ナオは女の子の顔で笑う。


 しかしテレビ出演と言っても、こちらの企画での扱いは見世物小屋だ。


 彼氏彼女たちのチキンランは面白おかしく演出され、それは同時に大衆に数少ない娯楽コンテンツとして供給される。


 ちなみにアニメと漫画とゲームは政府公認のもの以外すべて非合法化されそれらの文化は死んでいる。


 当然大多数の彼氏彼女たちはひとにぎりのトップアイドルの予備軍として政府の監視下にあるネットでの活動が主になる訳だが、そこで広告代理店がステルスマーケティングによって人気の管理調整を行うことになっている。


 結局民主主義と同様にインターネットもまた、大衆にとっては分不相応の贅沢だったのだ。


 そういえば選挙権もネットアクセス権も免許制にするべきだってボツネタあったな。


 アイドル活動という名のセクシャルコンテンツ販売が滞ると大半のものは使い捨てられる訳だが、希望者はリサイクルされるシステムになっている。


 その際にはそれらの人権はもれなくはく奪され死体と同じ扱いになる。


 使い捨てられたものの末路など―――



 「アカル、そろそろ動こうか」


 ナオが俺を正気に引き戻す。


 俺は立ち上がり同期と野次馬を一瞥する。


 あと少し、気をしっかり持て、俺。



 「体調が悪いので今日は帰宅する、だが明日の朝礼の報告プレゼンは予定通り俺が行う、よろしくな」


 俺は深呼吸をひとつして、胸と虚勢を張って会社を出た。


 そして俺はタクシーに乗込むと同時に声を上げて泣いた。


 ドライブレコーダーにこの様子が記録され、然るべき各部署により分析されて、通常なら近く俺は社会に使い捨てられることになるところだ、俺は明日で一抜けするけど。


 新橋から新宿まで、俺は俺の人生の無意味さやインチキさ、そして仕事という名のもとに犯してきた罪の深さに涙を流し続けた。


 ナオの眼差しはここにきて優し気なものに変わり、俺を慰めるように見つめてくれていた。




 「なんで地獄行くのか解らないのは可哀想かなって思って」



 「それであんなこと仕掛けたのかよ、悪魔かよ」



 「悪魔だよ」


 新宿西口の思い出横丁で最後の晩餐、午前中だけど。



 「アカルにはそれが必要だって、私なりの思いやりなんだけどな」



 「俺はさ、知らないふりして、見ないふりして、自分自身を洗脳して、上手いことやってけると思ってたんだけどなあー」



 「人生そんなに甘くなかったね」


 カウンター奥のおじさん客がブツブツ独り言、彼もまた悪魔のツレがいるのだろうか。



 「ナオは俺専属の悪魔なんだよな、俺専属の天使はいないの?」


 「いるよ?髪が長くてお嬢様って感じの嫌なやつだけど、アカルが生まれてからずっとその子とペアで見守ってたんだよ」


 今は人間の少女サイズになっているナオは俺の隣でビールを飲んでいる、悪魔も酔っぱらったりするのかな。



 「生まれてからずっと?俺今夜初恋のひとに会いに行こうかと思ってるんだけど知ってる?」



 「昔アカルが書いたラブレター破って送り返してきたあの子ね」


 ビールを吹き出す俺。あった、あったよそんなこと、泣ける。



 「自殺すんなよとか書かれてる、手首切ってる絵がそえられてたね」



 「思い出させるな、悪魔かよ」



 「悪魔だよ」


 そういえばあの日は…って今日はクリスマスイブだったんだな、だよな、明日が今年最後の金曜日で仕事納めだから朝礼があって俺の報告プレゼンがあるんだから。




 「アカル、なんか悪いこと考えてる?」


 酔ったのか頬を朱に染めイタズラっぽく微笑むナオ。



 「I got some bad ideas in my head. ちょっとね、俺が生きてきた証ってのをさ、残してみたくなったんだよね」


 残り数時間でもかまわない、今この瞬間に俺がいる幸運に乾杯だ。


 ちなみにグラスをカチンと合わせるのは悪魔祓いの効果があるそうなのでやめてとナオに言われた。


 なんか可笑しいね。



 「その試みが上手くいかなくてさ、惨めに傷ついたらナオは俺を慰めてくれるかい?」


 もう外は暗い、大分飲んだのか。



 「うん!いいよ…」


 よし!ヤル気出た。


 店を出ると厚化粧と金メッキの街に雪が降っていた。


 虚栄を纏った消費単位たちが見せつけるように往来を忙しく行き交っていた。


 そんな中でナオと手をつないだ俺は、俺の人生をゆっくりと歩き始めた、もう一度。










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